第128話 新居と犬

8月3日午後8時。

娘達と寿司を食べて帰って来た。寝室で金庫の中身を調べる。26500万円と4万ドル。財布に97万円。口座には全部で193億7800万円。


綾香が突然言う。

「オジサン。おっきい犬飼いたい!」

テレビを見るとセントバーナードの親子が映っている。 

犬・・・子供の頃欲しかった。父親にダメだと言われ実現しなかった。

「ここじゃ飼えないよ。禁止なんだ」


8月4日

西麻布の不動産屋。高額な物件を扱っている事で有名だ。G63で出かけた。駐車場の高さを確認したい。3軒目に案内されたのが築5年の渋谷区松濤の物件。敷地面積が480平米。建物の延べ床面積が360平米で寝室が5つ。リビングは35畳程で15畳程の応接室もある。車庫は4台分あり高さは220センチと十分な高さだ。車庫の奥には小部屋がある。運転手の休むスペースらしい。車庫の上が庭になっている。建物の玄関は二階にあり、一階は物置やトレーニングジムに使える様な広い空間になっていて8畳ほどの部屋が一つと小さなキッチンがある。浴室は3つ。主寝室用・共用・1階のシャワー室だ。寝室がある3階の上は屋上になっている。庭の広さは300平米近くある。大型犬が走り回るのに十分だ。

 14億円。値引き交渉の余地が有るという。不動産手数料・登記・税金等を全部含んで14億にしてくれれば、すぐに現金で払うと言った。


 午後3時。渋谷で娘達と別れ、吉原に向かう。高級店。外れる事が無い。23歳の少しポッチャリ型の美人。

 

 マンションに帰ると6時半になっていた。ビールを持ってベランダに出る。風が気持ちいい。


8月5日。不動産屋より交渉成立との連絡が有る。日本橋の取引銀行の部屋で14億円を支払う。口座残高が179億7700万円になる。


二階堂に電話する。警察犬の訓練所で生まれた、ジャーマンシェパードの子犬が手に入らないかと聞いた。出来ればメス。憧れの犬だった。娘達には相談しない。

 1時間後、二階堂からの返事が有る。生後50日のシェパードのオスとメスが居ると言う。両方とも警察犬の適正から外れているらしいが血統はいいと言う。メスを頼んだ。

 娘達にシェパードの子犬が来ると告げる。大喜びだ。3人で風呂。明日は引っ越しだ。このマンションで最後の風呂になる。3人で浴槽でふざけ合う。


 8月6日。朝9時。引っ越し屋が7人で来る。総勢で荷物のパッキングを始める。ハンガーに掛かっている服は、そのままハンガーを掛けられる箱に入れる。皿は専用の箱に立てて入れる。クッション材で保護されている。3台有るテレビも手際よく外し終わる。金庫屋が10時に来る。金庫を床から外すのに1時間掛かり、引っ越し屋と、ほぼ同時に作業が終わる。 松濤の家に荷物の搬入や電気製品のセッティングが終わったのは午後2時になっていた。引っ越し代28万円。金庫移設7万円。家が広いので俺が持っていた家具だけだと寂しい。かと言ってインテリアを考えるセンスも無い。

 三越に電話した。『インテリアの相談で』と言うと、専門の人が居るらしい。家の中全部のインテリアを相談したいと言うと、5階のコーナーでと言われるが、住所を聞かれ、渋谷区松濤と言うと、これから担当者が来るらしい。住所によって差別するのだ。足立区と言ったら来てくれないだろう。

 2時間後にインテリアデザイナーという人を伴って担当者が来た。リビングルーム・寝室2か所・キッチン・応接間・和室・玄関・庭。全部を写真を撮っていく。インテリアの雰囲気を聞かれたので落ち着いた中にも現代的な要素を入れてと答えた。予算を聞かれたが、想像がつかない。デザイナーが言うには、家具は、ある程度の高級品で揃えて、壁紙や照明に凝れば、いい雰囲気になり、庭以外の総予算で700万円位からだと言い、こっちの反応を待っている。2倍の1500万円を目安で、庭までいい雰囲気にしてくれと頼んだ。85インチのテレビの前にはリクライニング出来て3人が寛げるソファーか椅子を注文する。


 午後9時。久々の銀座に行く。銀座八番館のアンの店。着物を着たアンが俺を迎える。あまりの妖艶さにため息が出る。

 客は4人組が、店の壁に沿って配置されたU字型のソファーの右側にいるだけだ。俺は左側に座る。前の店に置いてあった2本のボトルが出て来る。 

 焼酎の魔王は四分の一しか残っていない。男の従業員は店長として40代の男。黒服のボーイが30代前半で落ち着いている。アンが向かいの席から俺の横に来る。

「前に一緒に働いてた子のお客さんなの。良かった、お客さん呼んでくれて」

「先週はどうだったの?」

「オープン当日から3日間は一時的に満席になる事もあったけど・・・まあまあかな。お盆明けが勝負だな」

「そうか。景気づけに一本いくか、ピンク色の」

「ベルエポックのピンクでいい?」


ボーイの栓の抜き方も注ぎ方も一人前だ。女の子が3人来て乾杯する。向かいの席には女の子が4人いるから心配ない。シャンパンの後、魔王の水割りをみんなで飲む。ボトルが空いた。新しいのを入れる。響はまだ半分弱ある。アンがしっかりと教育をしているのが分かる。新人の子でも銀座のマナーから逸脱しない。10時半になり4人組の客が帰る。アンと女の子達は下の道路まで送りに出る。残った3人の女の子と話をする。

「ママはどう? 厳しいでしょ」

 一番若い20歳の子が答える。

「厳しかったけど、それは知らないことを教えてくれた訳だから、ありがたいです」

「お客さんも厳しい人がいるからね。でも、みんな池袋や上野に飲みに来てる訳じゃないからな。ここに銀座を求めて来てる訳だから」

みんなが頷いている時にアンが帰って来た。俺の横に座る。着物のうなじに、うっすらと汗が光る。セクシーだ。一緒に送りに出ていた女の子達も戻ってきて化粧を直し、空いている席に着く。アンに全員呼べと言う。

 女の子7人が俺を囲みアンが隣。アンが言う。

「中本さん、お花畑の中で幸せでしょ?」

「幸せだよ~」

アンとは反対側の、俺の隣りの子の膝に手を置いてさする。アンが言う。

「みんな揃ったからピンク色、もう1本いきましょう」

「1本と言わずに2本持ってこい!」

ベルエポックとドンペリが出て来た。両方ともピンクだ。

グラスが2種類、18個出て来る。両手にシャンパンで乾杯だ。それが終わるとウィスキーの水割りになる。9人で飲むとボトルはすぐに空になる。俺が言う。

「新しい店だから、新しいボトルを入れなきゃな」

 新しい『響17年』が運ばれてくる。11時半になり会計を頼む。68万円。数えるのが面倒なので、アンに帯封のままの1万円札を渡し、68枚を数えさせる。残った32枚の1万円札から、全員にご祝儀だと言って1万円ずつのチップをアンに渡させる。店長とボーイにも渡させる。残った23枚の1万円札を財布に入れる。


 帝国ホテルでアンを待つ。イザベルの事を考える。沖縄の美香とオバアの顔も頭に浮かぶ。ドアをノックする音。着物姿のアンが来た。抱きしめキス。

「何か食べるか?」

「食べたい。お腹空いた・・でもコレ脱ぐのが先」

着物を脱ぎ始める。着物用のハンガーが無いと言うので、フロントに電話して持ってきてもらった。着物を脱いだアンはバスローブでリラックスした顔だ。

いつものステーキサンドを食べながら店の話を聞く。楽しそうに苦労話をする。

2時間を掛けて愛し合った。アンは熟睡する。疲れているのだろう。


8月7日

午前11時。松濤の自宅に帰る。ホテルを出て元の晴海方面に行ってしまい、Uターンした。


 昼12時に二楷堂が犬を連れて来た。生後53日のジャーマンシェパード。思ったより大きい。真っ黒な熊のヌイグルミのようで娘達は大喜びだ。 

 綾香が『パオ』と名前を付けた。パオは初めての場所に怯え部屋の隅に座るが、1時間もすると娘達と遊びだす。

 犬の代金20万円と今月の給料50万円を二階堂に渡す。

 出張で注射等をしてくれる獣医の連絡先を教えてくれた。二階堂が家の中を見て歩きため息をつく。

「凄い家ですね・・・使用人を雇わないと大変ですよ。身元の確かな人を見つけましょうか?夫婦で働けるような人がいいですね。庭の手入れも大変そうだし」

 確かに娘達の手に負える家ではない。通いで来れる夫婦者と言う事で頼んだ。

 出前の寿司を4人で食べる。1人前5000円の特上を6人前注文しておいた。味は悪くなかった。

 午後3時になり、獣医が来た。狂犬病と何種類かのワクチンをパオに撃っていく。3万円。出張料金が入っているとはいえ犬にも金が掛かる。

 獣医が帰ったと思ったら、インテリアデザイナーが来た。撮って行った写真を元に、デザインされた部屋がパソコンに表示される。壁と天井の色と照明が変わると、別の空間のように見える。リビングの大きなガラス窓はリモコンで透明から擦りガラス、濃い色のガラスへと変わる。素晴らしい。85インチのテレビは普段は壁に収納され見えないが、リモコンで壁がスライドしテレビが出る。照明は日中は白色の照明で夜は電球色の色に変えられる。全て間接照明だ。階段部分の照明は各段に照明が隠され足元を照らす。3人掛けの革張りの電動リクライニングソファーは特注品で280万円だと言う。車の電動シートの様に細かな調整が、3人それぞれに出来るようになるらしい。一番小さな8畳の洋室はウォークインクローゼットに変えられている。20畳の主寝室にも元々ウォークインクローゼットが有るが、内部は使いやすいように変えられている。金庫の位置は変わらないが、扉で隠されるようになっている。庭には明るい照明と夜通し点灯させる常夜灯がLEDライトで配置される。キッチンは初めから使いやすい配置になっていたので、壁紙と収納の扉の色と。照明に手が入れられている。全てを行うと1700万になってしまうと言う。2000万円掛かって構わないので、10人が座れる豪華なダイニングテーブルと椅子を加えてくれと言った。

 工事は明日から1週間の予定だ。俺は居なくなるので、横で見ていた二階堂に現場監督を頼む。毎日、一度でいいから現場を見に来るように言い、合い鍵を渡す。

「見に来ますけど、ボスはどこに行くんですか?」

小指を立てて見せる。娘達に聞こえないように小声で言う。

「フィリピンだよ。結婚する事になった。その内紹介するよ」

「もしかしてセブの・・・GPSで中本さんの居場所がセブになっている事が多いからおかしいと思ったんですよ。いつ行くんですか?」

「明日だよ。多分、結婚式は10日の土曜日かな・・・ジェーンには内緒だぞ」

「分かってますよ・・・アアッ」

 二階堂の足に、パオがオシッコを掛けていた。

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