第119話 ロスアンジェルスへ

7月16日

朝8時に起こされる。テーブルに用意された朝食を食べ、9時にマンションを出て綾瀬に向かう。さえ子とゆうかの、少ない荷物を積んでいる。アパートに着き、全員で荷物を運ぶと、1回で引っ越しは終了した。電気。ガス・水道は不動産屋が連絡してくれている。ガスは昼頃に係りが来て開栓していくようだ。さえ子とゆうかに別れを言う。

2人は車まで来て、俺に礼を言う。

「おじさん・・・本当に有難うございます。1週間で落ち着けると思うんで、いつでも遊びに来てください。綾香ちゃんとマキちゃんも遊びに来てね」

「お前らも、いつでも遊びに来いよ。困ったことが有ったら遠慮しないで何でも言うんだぞ」

2人は涙ぐんでいる。綾香とマキまで半泣きだ。


マンションに戻る。11時だ。午後2時には迎えが来る。ボストンバッグに荷物を詰め込む。ステルスではない飛行服の水色と黒。GPSや衛星携帯。シルクのシャツ2枚。短パン、Tシャツと下着数枚。ジーパンにスニーカー。洗面用具。


用意が終わってビールだ。今日は運転しなくてもいい。気楽だ。飛行機でも食事が終わる頃までは飲んでいても大丈夫だろう。


綾香が昼飯に焼きそばを作ろうかと言う。焼きそば・・・ユカが最後に俺に作ってくれようとしたのが焼きそばだった。最後の食事はすき焼きになったが。ユカの事を思い出しているとスマホにメールが届く。石屋からの墓石のデザインが添付されていた。墓石の正面に『愛』の文字が大きく記されている。OKの返事を送る。20日には、外構を含めて出来上がると言う。21日に納骨できるように葬儀屋にもメールを送る。

綾香が『出来た』と、俺を呼ぶ。キャベツと豚肉がしっかりと入っている上等の焼きそばだった。ビールとよく合う。

気が付けば1時半だ。綾香に留守の間の食費等として5万円を渡す。

自分の財布には金庫から1万ドルを入れる。まだ4万ドルと28000万円が金庫にある。ついでに口座の残高を調べる。約192億7900万円。


午後2時。『ブリオーニ』のスーツを着てマンションから出る。一瞬ムッと暑いが、エントランスの前で待っているクラウンの後部座席に乗り込み、エアコンでほっとする。運転席にジェーンが座っている。助手席には誰もいない。

「二階堂は?」

「空港に先に行ってます。銚子港に怪しいパナマ船籍の船が入港して、朝から調査に行ってるんです」

俺は助手席に移動する。

「まあ、二階堂がいなくても俺たち2人で仲良くできるからいいんだけど」

キスしようとするが、顔を押し戻される。しょうがない。手をジェーンのスカートの太腿に置き我慢する。車が走り出す。俺の手がジェーンのスカートの中に入ろうとすると手首を掴まれ戻される。

「運転の邪魔です!それに、お酒臭いです。仕事の時は少し控えて下さい」

「まだ仕事は始まってないでしょ・・・ロスに着いてからが仕事だから大丈夫」

「まったく・・・」

怒るジェーンはセクシーだ。横顔に見とれる。

「見ないで下さい!」

いい匂いだ。ジェーンに近づき臭いを嗅ぐ。石鹸の臭い?

「臭わないで下さい!犬じゃないんだから」

「ジェーンの犬になりたい・・・」

ジェーンの肩に頭を載せる。

「いいスーツが泣きますよ。そうしてると只の変態です!」

「そんなに褒めないでよ。まだ只のスケベなんだから」


 湾岸道路に出て快適に走る。

いきなり後ろからの衝撃。振り返るとデカイ車が見える。『ハマー』だ。又、迫って来る。

ジェーンがクラウンのアクセルを踏みつける。2500ccのハイブリッド・エンジンが唸るが、なかなかハマーを引き離せない。どんどん近づいてくる。再び衝撃。

「いきなり後ろからは失礼だよね・・・ねえ、ジェーン。どう思う?」

「どうにかして!」

「どうにかしたら、俺にどうにかしてくれる?」

「わかったから早く」

再度の衝撃。窓を開けて上体を乗り出す。すでに速度は150キロに達している。俺の髪の毛が滅茶苦茶に乱れる。ハマーが近づいてくる。運転手の顔が見える・・・中国人?

ハマーの左前輪に光の玉を放つ。光の玉が吸い込まれたタイヤが破裂する。右側の車線を走っていたハマーは急激に左の車線に向いたかと思うと横転した。そのまま横に回転する。一回転しタイヤが道路に着いたところで大きく跳ね、10メートル程宙に浮く。ハマーから2人が投げ出されるのが見える。1人は後ろから来たトラックにはねられ、1人は踏み潰される。ハマーは着地し再び転がる。一番左の車線に向かって転がり、側壁に衝突して止まる。ハマーが止まった30メートル先にジェーンがクラウンを止める。車を降りてハマーに向かって走る。俺もジェーンに付いて行く。

 運転手はシートベルトに固定されて呻いていた。頭から血が出ている。ジェーンが中国語で話しかける。答えも中国語だ。おもむろにナイフを出したジェーンは、呻いている運転手の胸に、深々とナイフを刺して抉る。ナイフを抜き運転手の服で拭うと俺に言う。

「行きましょう」

 俺達はクラウンに戻り走り出した。

「さっき、何を話してたんだ?」

「あなたを狙ったのかって聞いたの・・・」

「それで?」

「日本語で言うと・・・『クソ野郎』って言ってた」

 いきなりジェーンの唇にキスした。

「続きは後でね。どうにかしてくれるって約束しただろ?」

 ジェーンが小さな声で言う。

「エロジジイ・・・」

「そっちの方がいいよ。『クソ野郎』は汚いけど、『エロジジイ』は誉め言葉だ」

 ジェーンが大きなため息をつき首を振る。

「髪の毛を何とかして下さい」

ミラーを覗き込む。見事に髪の毛が立っている。エンマ大王のようだ。手で押さえつける。

 髪の毛を撫でつけ、もう一度ジェーンにキスする。

成田の駐車場に車を入れ、JALのカウンターへ歩く。途中でジェーンに唇を拭かれた。口紅が付いていたようだ。カウンターでは二階堂が待っていた。


定刻通り17時20分に離陸した。10時間15分のフライトだ。スカイスイートの座席は完全な個室だ。入口の開口部を塞いでしまえば密室になる。ワインを飲み、食事が終わり、座席を、ジェーンと寝る為にベッドにし、ジェーンのスイートに呼びに行く。ジェーンも座席をベッドにして横になった所だった。ジェーンの横に滑り込む。

「トオル!ダメでしょ・・・誰が来るか分からない」

「文句言う人はいないよ・・・」

ジェーンのスカートに手を掛ける。タイト気味のスカートなのでまくり上げる事が出来ない。脱がそうとするとジェーンが言う。

「待って。向こうに着いてから」


自分のベッドに戻る。CAにワインをもう一杯頼んだが、ワインが来る前に寝てしまった。目が覚めた時にワインを見つけた。寝起きに飲むと思ったのか、グラスではなく小さなワインボトルが置いてあった。


ビバリーウィルシャー・フォーシーズンズホテルと言う長い名前のホテルにチェックインした。外観は古く見えるが内装は素晴らしく、俺の入った部屋はウィルシャースイートと言うらしく、130平米以上の広さの部屋で、ここに住んでもいいと思うくらいだ。1泊1600ドルらしい。2人の部屋もそれぞれ40平米近くあり、プールに面したバルコニーが有り、快適だと言う。狭いわりに1泊1000ドルだ。しかし、内装や備品は充実しているらしい。JIAの経費では、とても泊まれないホテルだと言う。3部屋を3泊なので10800ドルの支払いになる。カードでデポジット代わりの清算をするが、正式な清算はチェックアウト時だと言われる。


ここからチャイナタウンはそう遠くない。14キロ位だ。ターゲットのマフィアのボスはビバリーヒルズに自宅が有るそうだが、チャイナタウンのレストラン兼事務所の方が警備が手薄だと言う。


ホテルのレストランで昼食がてら打ち合わせをする。オーダーはジェーンに任せる。俺は冷えたビールさえ出てくれば文句ない。アメリカなので取りあえずバドワイザーを頼む。

 目指す建物は3階建てで、2階までがレストラン。3階がチャイニーズマフィアの事務所になっている。1階は一般のレストランで2階には大小の個室が並ぶ。ルーフトップは物干しに使われているそうだ。店の名前は『紅竜房』。屋上に赤いネオンサインの看板が有るらしい。今晩の夕飯はそこだ。今晩、掃除できるようなら、すぐに実行だ。


プールサイドのチェアで周りを眺める。水着姿の女達を眺めるだけでも価値が有る。いかにも金持ちそうな太った白人のジジイが、とんでもないセクシーな美女を3人も連れているのが気になる。隣の二階堂も見ている所は同じだろう。サングラスを掛けて目線を隠しているが男同士、気持ちは分かる。ジェーンは俺の隣りでアイスクリームを食べながら涼しい顔をしている。俺のチェアの横のテーブルにも溶けかかったアイスクリームが載っている。仕事が終わるまでビールを禁止されたのだ。


ビバリーヒルズのターゲットの家を歩いて見に行く。ロデオドライブに面した豪邸だ。ホテルから1キロも無い。周囲は高い塀と木に囲まれ、監視カメラが、目についただけでも5台有った。内部にも数台のカメラが有るだろう。正面の入り口には鉄格子のゲートが有り、内側の左に警備小屋がある。中国人らしき門番の男が2人でテレビを見ていた。確かに厳重な警備の様だ。ガイドブックを見ている振りをして、道路の反対側で時間を潰すと警察のパトカーが来て、入り口の門番と話をして行く。二階堂が俺に言う。

「連中は警察にかなりの金額を寄付しています。表立っている金額で、去年だけで20万ドルです。たまに警官が様子を見に来るらしいです」

「なるほど、厳重な警備だな。何をしてる奴らなんだ。裏の商売は?」

「臓器売買です。中国で貧しい家庭から子供を買って来ています。養子斡旋だと偽って。中には北朝鮮から中国に逃げてきた、いわゆる脱北の人達も被害にあってます」

言葉が出ない。子供の臓器・・・・。

俺達はホテルに向かって歩いた。

現地時間午後4時。部屋で一休みだ。7時にジェーンに起こしてもらう。冷蔵庫からビールを出そうとして唖然とする。アルコール類が一切無くなっている。ジェーンの仕業だ。

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