第117話 茉莉18歳

7月14日 午前10時

勝手知ったる綾瀬駅周辺だ。不動産屋の場所も分かっている。北口のヨーカドー裏辺りに不動産屋が数件ある。店頭の張り紙を見る。

さえ子は予算を5万円と決めているようだが、5万円では古いか狭いか、駅から遠いか。もしくは全部当てはまるかだ。

店内に入る。カウンターの店員に言う。

「駅から10分以内で女の子2人で住める1DKの綺麗な部屋を、いくつか見つけて欲しいんだけど」

「ご予算は?」

「6万から7万円で」

さえ子が俺の手を引いて『オジサン』と言うが気にしない。


結局、綾瀬駅から徒歩5分の東京武道館の裏にある1DKに決まった。築10年だが、よく手入れされている。女性専用アパートで防犯面でも考えられている。2階立ての2階だ。ダイニングが8畳、寝室が6畳。バス・トイレ別でエアコンも付いている。家賃は68000円。礼金は無いと言うが入居する時に掃除代が1ヶ月分必要だと言う。言い方を変えているだけだ。敷金・礼金・不動産手数料・前家賃と今月分が半分で311440円。鍵の交換台が2万円。2年間の保険代が2万円。保証協会の費用が2万円で合計371440円。申し込みの書類を書いて来た。保証人は俺だ。大家の返事が明日来ると言う。

帰りの車で、さえ子は何度も『37万円』と口にした。


娘4人を連れて築地の『すしざんまい』に行く。

昼飯時が過ぎていたので混みあってはいない。5人でテーブル席に着き、綾香とマキが注文票に書き込んでいく。俺が好きな物は分かっている。さえ子とゆうかは『おいしい』を連発した。5人で35000円。


部屋に帰ると同時に二楷堂からの電話だ。

「チケットが取れました。行きが、16日のJAL062便 成田17時20分発でロス着が11時35分です。スカイスイート3名で70万円です。かなり安くなりました。帰りの便は様子を見て取ります。東洋旅行社で中本さんのカード決済で済んでます」

「分かった。一応何が有るか分からないから2人とも防弾ベストは持ってけよ」

「分かりました」

二楷堂が緊張した声になる。更に続ける。

「大久保の件は、ヤクザ同士の抗争でカタがついてます」

「ジェーンから聞いたのか?」

「聞かなくたって中本さんの仕業だって分かりますよ・・・16日は14時にお迎えに上がります」

「助かるよ。ターゲットは決まってるのか?」

「中国人の方はチャイナタウンの中です。韓国人の方も韓国人街なので、周りの被害をそれほど気にしないでも良さそうです」

「さっさと片づけて、ベガスにでも遊びに行きたいな」

「それが、帰って来てからも朝鮮半島で忙しそうです」

「日本の植民地にしてしまえばいいんだよ、半島全部を」

「それも、中本さん次第では、冗談では済まなくなるかも知れません」

「面白いね。アメリカはさっさと片づけて帰ってこよう」

「それから、首相からの車ですが、車種は決まりましたか?」

「前に使ってたAMGのE63Sがいいな。前と全く同じ仕様でいいんだけど」

「分かりました。それで手配しておきます」

電話を切った。娘達はゲームだ。4人の声が聞こえて来る。


午後4時。テレビを点ける。ニュースでは朝鮮半島の動きを報じている。韓国のムンジェインは金正恩と手を結びそうだ。中国が後押ししている・・・と言う事は北朝鮮主導で統一になるのか。テレビニュースでは本当の事は分からない。二階堂に聞こう。


ビールを冷蔵庫から1本出す。40階のベランダの椅子に座って飲む。左斜め前方に東京の街が霞んで見える。 セブ島のバランバン。イザベルのオヤジを思い出す。今日も魚は沢山獲れただろうか。ベランダで景色を見ながら眠ってしまう。


綾香に起こされた。ベランダの椅子で口を開けて寝ていたので、『死んだかと思った』と言われる。7時になっている。目の前に広がる東京の街はライトアップされていた。

出前のピザを5人で食べる。3種類の大きなピザがテーブルに載っている。さえ子とゆうかは2人での暮らしに向けて、不安と喜びでいっぱいだ。


暇だ・・・今日は銀座の店も日曜日で閉まっている。

開いている店はキャバクラか外人パブか。8時になったらフィリピンパブに行こう。

『キートン』のダブルのスーツを着てみる。光沢のあるシルバーがかった黒。これも光沢のある白のシルクのシャツ。顔を除けば完全に遊び人だ。

娘達に仕事の打ち合わせだと言い出掛ける。財布の中には150万円程入っている。韓国人ボスの財布の中身も移したのだ。


マンションから出て、タクシーで上野に向かう。仲町通り。飲み屋街だ。

居酒屋の呼び込み、キャバクラの客引き。呼び込みは禁止されている筈だが関係ないようだ。200メートル程をゆっくり歩き、『マブハイ』という看板を見つけて店に入る。

『マブハイ』とは普通は『乾杯』とか『生きる・生き抜く』の意味だが旅行者には『ようこそ』のような意味にも使われる。

席に着くとボーイが聞いてくる。

「指名はありますか?」

「ないよ。初めてだから。若い子つけて」

「はい・・テーブルに有るウィスキーと焼酎は飲み放題です」

ボーイが去る。すぐにショートヘアの痩せすぎの女が来る。ミニスカートから伸びた足が痛々しいほど細い。

「コンバンワ」

「今晩は・・・痩せてるね」

「チョト マエマデ フトテタ デスヨ」

「ダイエットしたの?」

「ガマン タイヘンネ タベルノ スキデショ チンチン タベルワ ダイジョブ」

売春婦丸出しだ。偽装結婚で日本に来ているのか。

「日本人と結婚してるの?」

「ハハハ・・・ウソ ケコン デス」

 嘘の結婚ね。

「毎月、お金払うの大変だね」

「ヨク シテ マスネ・・・マイツキ 5マンエン タイヘンヨ・・・アナタ ベテランネ」

話をしながら俺がドリンクを出すのを待っている。

手を上げてボーイを呼ぶ。女を変えてくれと言う。舌打ちしながら女が席を立つ。

次に来た女は小さい。背が低いのだ。150センチも無い。ハイヒールを履いているがそれでも小さいのを隠せない。しかし、全体の身体のバランスは良く、お尻から足のラインがセクシーだ。身体にフィットしたミニのワンピースで、大きく空いた胸元から見える谷間が深い。日本人の様な顔をしている。

横に座った女が身の上話を始める。父親が日本人だと言う。日本のフィリピンパブで働いていた母親が日本人と結婚して、妻として再来日し、日本で生活している時に生まれたのが自分で、日本の国籍を持っていると言う。と言う事は日本人だ。父親は亡くなり、元々浪費癖のあった母親は借金を重ね、娘が働くようになったわけだ。まだ18歳。酒は飲めないと言うのでジュースを注文してやる。

「仕事は何ですか?」

実にストレートな質問。銀座では客の仕事や家庭への質問はご法度だ。思い出させてはいけない場合が多いからだ。会話の中で自然と出て来るのを待つのが銀座の女の掟だ。

聞きたいことを聞く女。嘘をつく客。安い酒場のゲーム。

「コンサルタント。困っている人の相談役だな」

「いい仕事ですね。だからお金持ち・・・凄いカッコいい服ですね」

俺のスーツの肩を触る。俺の左側から見上げる顔が可愛い。胸の谷間に目が行く。自然と手が伸びそうになるが我慢する。

 ボーイを呼んで言う

『この子、指名にして』

 女の嬉しそうな顔。

 フィリピンの話などで盛り上がる。ドリンクをどんどん出し、つまみもオーダーさせる。身体にはタッチせずに紳士を装う。

「お店は何時までやってるの?」

「お客さんがいる時は2時か3時まで・・・今日は12時で終わりかな。日曜日は暇だから」

どこも同じだ。

「終わってから食事に行こうよ」

「・・・いいですよ」

店でスケベな客は嫌われる。店では金を遣い、ジュニアは後で使う。


12時に閉店になった。他の客は11時半には引き上げ、客は俺しかいなかった。

女の名前は『茉莉・マリ』父親がつけたらしい。

エントランスフィー・延長料・指名・レディスドリンク・フードで合計35000円。

4万円を支払い、釣りの5000円はマリに渡した。

着替えを済ませたマリと一緒に店を出る。近くの居酒屋で食事する。若いだけあって肉が好きだ。サイコロステーキや焼き鳥を注文する。俺は刺身盛り合わせと日本酒『久保田・萬寿』の1合徳利を注文する。


「フィリピンにはたまに行くの?」

「年に一回は行ってたけど、今年は行かない。お金無いし。フィリピンに行くとお金掛かるの。お母さんが見栄っ張りだから、お土産沢山買って行くし、向こうで親戚や兄弟に、何回もご飯ご馳走するから。去年なんか1週間の内にパーティーが5回。パーティーだけで8万ペソ」

「お母さんは、仕事は?」

「工場で働いてる。お店は無理。もうオバサンだから」

「オバサンか。若い頃は綺麗だったんだろうな。娘が美人だし」

「うん。若い時の写真は凄い綺麗。ダバオのミスコンで優勝したこともあるみたい」

「凄いな」

「お母さん、紹介してあげようか?」

「遠慮しておくよ。娘の方がいい」

 1時間ほどを居酒屋で過ごす。会計は7800円。

「ホテル行くか?」

「・・・・いいよ」


湯島のラブホテル街が近かったが、浅草ビューホテルに連れて行く。スカイツリー側の高層階が空いていた。部屋代は5万円。マリの目の前で現金で払う。


マリは、あまり男を知らなかった。一度だけ店の客とホテルに行った事があったが、その客は店では5万円くれると言っていたのが、湯島のラブホテルに入ると、1万円しかないから、まけてくれと言われ逃げ出したそうだ。高校時代のボーイフレンドしか知らないらしい。

背は低いのにオッパイは見事だ。Eカップ位か。綾香と同等以上に大きく形もいい。ウェストラインは、アンやイザベルの様に鍛えて引き締まったセクシーさは無いが、少女特有の柔らかなラインだ。シャワーを一緒に浴びるのは恥ずかしがり無理だった。

 ベッドではゆっくりと楽しんだ。


7月15日 午前11時。

マリとホテルのエントランスで別れる。電話番号を交換した。妻帯者と言う事にしておいたのでメールしか来ないだろう。ラインは面倒なので教えない。使っていないと言った。

 小遣いを渡すと、抱き着いて喜んだ。


自宅に帰る。娘達はいない。着ていた『キートン』のスーツをクローゼットに仕舞う。『ブリオーニ』のスーツをクリーニングに出すのを忘れていた。明日はこれを着て行こうと思っていたのだ。数か月前まで着ていた、全国チェーンの紳士服店のスーツとは着心地が違う。何よりも、ホテル等での対応が違う。同じものを買いに行こう。


G63に乗り日本橋三越へ向かった。店員は俺の顔を覚えていた。ブリオーニの同じスーツとシルクのシャツを5枚買う。118万円。現金で払った。財布には10万円が残る。エスカレーターに乗っている時にユカを思い出す。両手イッパイの新しい服を持って笑っている顔が浮かんだ。


自宅マンションに着きエレベーターに乗る。エントランスから娘達4人が走って来る。ドアの開放ボタンを押して待ってやる。4人共汗をかいている。マキが言う。

「外、暑い!」

「暑いさ。もう夏だからな。どこ行ってたんだ?」

綾香が答える。

「この周りを散歩しようって歩いて来た・・・又、服買ったの?」

「これは仕事着だ」

「三越の仕事着だって・・・」


部屋に入るとさえ子の携帯に電話。部屋のOKが出たようだ。大喜びのさえ子とゆうか。

クローゼットに買ってきた服を仕舞い、リビングのソファーに座る。さえ子が俺の斜め前に座った。

「オジサン。部屋を借りられる事になりました・・・お金を貸して下さい」

真っすぐに俺の目を見ている。いい目だ。寝室の金庫から100万円を出してくる。

テーブルに100万円の束を置く。息を飲むさえ子。

「100万円ある。必要な物を買って、あとは当面の生活費だ。アルバイトしても、すぐに給料は出ないだろ」

「給料を貰ったら、毎月少しずつでも返します」

「それより、たまに俺が遊びに行ったら入れてくれよ」

「もちろん! 私の保証人だから」

さえ子が立ち上がり俺の頬にキスしようとする。瞬時にさえ子に向いて唇にキスをした。

 見ていた綾香が叫ぶ。

「ああっ!エロジジイ!」

 そんな言葉をどこで覚えて来たんだ・・・。



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