第116話 ユカの魂

7月13日

午前8時。目覚まし時計で起きる。ゆうべは2時に帰って来たので寝足りない。

リビングに出ると、ソファーにゆうかが座っている。

「ゆうか、おはよう」

「おはよう、オジサン」

「早いな」

「昨日、お母さん、捕まったんですか?」

寝不足の涙目で俺を真っすぐに見る。ありのままを言おう。

「捕まったよ、覚醒剤で。今回は3年位は刑務所だと思うよ。男はもっと長いな」

「そう・・・良かった。娘にクスリを売らせるなんて普通じゃない。ずっと刑務所に入ってればいいのに」

 本心は分からない・・・

「オジサン、どっか行くの?」

「うん。知り合いが亡くなって、お墓を探しに行くんだ」

 キッチンに立つ。腹が減っている。

「朝ゴハンでしょ。私が用意する・・・お墓探しに行くの、一緒に行っちゃダメ?」

一緒に行って困る事は・・・無いか。

「別に、いいよ。来たかったら」

ゆうかは3人の娘達を起こしに行く。『オジサンと出掛けるよ』と叫ぶ。

さえ子がパンケーキ。綾香がベーコンと目玉焼き。ゆうかがコーヒーを俺に用意する。娘達は牛乳だ。マキがソファーに寝転がる俺の腰を揉む。

賑やかな朝食。さえ子達の母親に起こった事を忘れようとする様にはしゃぐ。


首都高速4号線から八王子方面に向かう。G63の助手席には綾香。後ろに3人が並んで座っている。助手席の綾香も含めて調布を過ぎるころから寝ている。八王子ジャンクションから圏央道に入り日の出料金所で高速を降りる。県道411号、通称、滝山街道を走ると、すぐに『西多磨霊園』入口だ。10時50分。

中に車を乗り入れると、すでに昨日の葬儀屋が左側に立っている。助手席の窓を開けて挨拶する。娘達も起きる。葬儀屋の車について走る。園内をくまなく道路が巡り、そこを巡回するバスとすれ違う。広い霊園だ。丘を登り、そして下る。更に登ったところで葬儀屋の車が止まる。後ろにG63を止めて降りる。娘達も降りて来る。葬儀屋には娘と友達だと紹介する。

左側の植え込みに囲まれている場所を指差す。第30区画と札が立っている。区画の中に入ると墓が並んでいる。ここだけでもかなりの数だ、数百。入口から3列目の一番端が空いていると言う。目測で1.6×2メートル位か。その場所に立ってみる。植え込みを越えて、下り坂になり公園のような景色が広がる。あちこちに花が咲いている。園内は清掃が行き届きゴミも落ちていない。葬儀屋が言う。

「となりの区画には松田優作さんのお墓があります。上の区画にはヒデとロザンナの出門英さんのお墓もあります。綺麗な墓地なので芸能人の方に人気の場所です」

奇麗に掃除されて景色もいい。葬儀屋が続ける。

「こちらの区画ですと永代使用料が400万円で、あとは墓石次第ですが、後ろに見える洋風のタイプで、周りの囲いの部分も含めて、大体250万円位です。昔からの和風の物も同じ位ですが、塔婆立てですとか名刺入れ等で変わってきます」

「景色のいいのはここだけ?」

「あとは、今通り過ぎて来た山の途中の場所にも有りますが、景色はこちらの方がよろしいかと・・・」

「全部で650万円か・・・」

値段はどうでも良かった。ユカはこれからここで眠るのかと考える。

眠る・・骨が眠る? 魂、霊魂・・・深く考えるのはよそう。お墓に来ればユカに会えると思えばいい。『景色のいい場所』に眠りたいと言ったのはユカだ。


「コラッ・・・ダイスケ!」

振り返ると、ジャーマンシェパードが走って来る。後ろから追いかけて来る飼い主の夫婦。

シェパードのダイスケが俺の前に来た。俺の顔をまっすぐに見て座る。

『ここにしなよ』と言っている。間違いない。ダイスケの前に座る。俺の胸に頭を押し付けてくる。飼い主が来た。

「済みません・・・いきなり走り出して」

ダイスケは俺の胸から頭を離し、俺の顔をひと舐めして飼い主の方に歩いて行った。

葬儀屋に言う。

「ここにしますよ」

霊園の事務所で手続きと支払い。その隣の石屋に行き、洋風で申し込み。デザインが出来たらメールで送ると言う。墓石の正面に掘る文字は『愛』一文字だ。横にユカの名前と亡くなった日にちが掘られる。令和元年七月十一日。その横に墓を建てた俺の名前。

手付金で100万円を置いてくる。石屋から出て来ると、娘達がアイスクリームを舐めながら待っていた。


埋葬許可証等の手続きも葬儀屋がやってくれると言う。全部頼んだ。10万円を渡すと深々と礼をする。


西多摩霊園を出て多摩川橋を渡り、多摩川に沿って少し下流に走る。河川敷に降りた。

羽村の堰と言う桜の名所だ。春には観光客が押し寄せる。カナダ・オタワの女子大生が桜並木の下を歩きたいと言っていたのを思い出す。CADを使いこなせているだろうか。


河原に降りる。真夏の様な日差しの中で膝まで川に浸かって遊ぶ。苔で滑って転ぶ。俺の全身がずぶぬれだ。腹が減っているとバランスも悪い。娘達が俺の服を脱がせ、河原に並べる。すぐに乾くだろう。パンツ一枚でヤケになって娘達と水を掛け合う。


生乾きの服でG63を運転する。近くに『ステーキのどん』があると綾香がスマホで見つける。『熟成リブロインステーキ300G』を5人で食べる。ライスやパンが食べ放題だ。

しっかりと噛みしめる肉の味も悪くない。和牛と比べてはいけない。デザートも食べ、2万円でお釣りがくる。

元の道を戻り自宅へと帰る。娘達は満腹でお休みだ。


午後4時。自宅に到着。熟睡して帰って来た娘達は元気だ。

さえ子が話があると言う。ダイニングテーブルに全員で着く。アルバイトをして自立したいと言う。葛飾区と足立区に友達が多いので、そのあたりに住みたいらしい。アパートを借りるのに20万円は最低必要なので、取りあえず、この近くでアルバイトをしてお金を溜めたいと言う。親に頼らずに自立するのはさえ子たちにとっては必要な事だろう。

「分かった。手頃なアパートを見つけたら、必要なお金はオジサンが出してやろう。余裕が出来たら返せばいい」

さえ子とゆうかの顔が明るくなる。

「明日、探しに行くか?」

 2人の返事がハモる。

「ハイ!」


2人はネットでアパートを検索している。常磐線の綾瀬駅、金町駅。亀有は飛ばしているようだ。俺が前に住んでいたアパートも綾瀬という偶然だ。北千住まで行くと高くなるらしい。金町の先になると家賃は下がるが、アルバイトの賃金が東京都と千葉県では大きな差が有るらしい。

一瞬、浅草のマンションを考えたが、口に出さなかった。あそこはユカと俺の場所だ。



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