第114話 亀有

7月12日 午前10時

亀有警察の刑事からの電話で起きる。昨日と同じで、今日も午後8時に亀有のスナックだ。今日は警察が現場に踏み込む事になっている。


ベッドに起き上がる。ユカの姿を探してしまう。リビングに出る。あれだけ優しい気分にさせてくれた部屋が『空っぽ』に感じる。テーブルに置いてある英会話教材を手に取ってみる。初級英会話。『もう少し大きいサイズはありますか?』『他の色は有りますか?』『2列目の左から3つ目を下さい』買い物編。ユカによるアンダーラインや書き込みが有る。

又、涙が出てくる。気持ちが落ち着くまでユカの物はクローゼットに仕舞っておこう。

自分の服を見る。ポロシャツには小さな穴が3つ空いている。撃たれた内の3発は当たっていたのか。穴は小さいので目立たない。浅草に普段着を買いに行こう。出掛けようとすると電話だ。二階堂から。

「火葬は朝一番で済みました。お骨は浅草の方に届けさせましょうか?」

「分かるのか? 住所」

下らない質問だった。

「大丈夫です。12時位には届けられると思います」

「分かった。悪いね・・・こんな事、頼んで」

「葬儀社の人間が行きますので料金はそちらにお願いします」

「ありがとう」


浅草、六区。カジュアルの紳士服屋が沢山ある。チンピラが来そうな服も店頭に飾ってある。ガラの悪い街なので需要が多いのだろう。適当な店に入り、普通のポロシャツとチンピラが着そうな、派手なジャージの上下を買った。連中への復讐を考えていた。首謀者はもうこの世にいないが、残りの連中が手を出してくる可能性が有る。

朝から何も口に入れていない。何か食べなくては。

場外馬券売場の前に『かつ屋』をみつけ、かつ丼を食べる。味がしないが無理やりお茶で流し込む。

マンションに帰るとすぐにチャイムが鳴る。葬儀屋だ。部屋で、お骨の入った箱を受け取る。白い布に包まれている。代金は18万円だと言われその場で払う。火葬の前に簡易葬儀をしてくれたらしい。葬儀屋は『お墓はお決まりですか』と聞いてくる。

そうだ、墓の事まで考えていなかった。ユカが俺に言っていた事を思い出す。

『私が死んでも絶対に親と一緒のお墓には入りたくない。入れてくれないと思うけど』

『私が死んだら、灰を海にまいて欲しいな。それか山の方で見晴らしのいい所のお墓に入るの。毎日景色を眺められる』

『私が死んだら、トオルは泣く?親には連絡しないでいいの。トオルが泣いてくれれば』

今思えば、何で『死んだら』が多かったんだろう。

葬儀屋に言う。

「山の方で景色のいい墓地はないかな?」

葬儀屋は待っていましたとばかりに、いくつかの墓地の名前を上げる。小平・所沢・府中・多摩。

「山の方でしたら多摩にある『西多磨霊園』などはいいかと思いますが。公園墓地で管理も行き届いて、福生駅からの無料巡回バスも出ています」

「見てみたいな」

「ちょっと時間が掛かりますが、今からでもご案内できますが・・・」

「いや、今日は用事があるから・・・明日はどうかな」

明日、午前11時、西多磨霊園で待ち合わせる事になった。


タクシーに乗り、銀行に行く。日本橋だ。自宅に帰る気にならなかったので、口座から1000万円を卸す。口座には定期を合わせて約192億8200万円が残っていた。


缶ビールを1ダース買い、浅草の部屋に戻る。ドアを開けるたびに、ユカがいるのではと期待してしまう。冷蔵庫を開けビールを入れる。ユカが残したヨーグルトドリンクを手に取る。ストローを差し込み、飲む。甘酸っぱい。涙が出て来る。


二階堂から電話だ。

「葬儀屋がきたよ。墓まで紹介するって言ってた」

「みんな商売ですから」

「明日、見に行くことになったよ。多摩まで」

「そうですか・・・・仕事の方ですけど、トランプ大統領は早速、韓国をNTRから外す発表をしました。なんと3日後からで、韓国は大騒ぎです。サムソンも落ち目なのに、これでヒュンダイグループのアメリカでの売り上げが落ちたら韓国経済は終わりですね。 それから三菱重工は凍結していたF35の組み立てラインを稼働できるように調整を開始しました」

「トランプさんは、約束を守ってる訳だな」

「それで、安倍首相の方から、何か中本さんにお礼をと・・・」

「じゃあ、又、車でいいよ。アルファがダメになったから別の車で。決めたら連絡するよ」

「分かりました。それとトランプ氏からで、掃除にはいつ来てくれるかと言われていますが」

「週明け、火曜日位にはこっちを出られるって言っておいてくれよ」

「分かりました。助かります。私も同行した方がいいですか?」

「いいや。英語と中国語と韓国語って言ったらジェーンだよ。きみは要らない」

「ボス・・冷たいですよ」

「行きたかったら止めないけど・・・アメリカのどこに行くんだ?」

「ロスアンジェルスです」

「東側に行くよりは近いな」

「報酬は経費込みで1ミリオンです・・・いいですか?」

「こっちの条件も飲んでるからいいよ。チケットはJALでファーストだぞ」

「3人共ファーストでいいですか?」

「いいよ」

「有難うございます。ウチの方のコネで多少安く取れます」

「JIAの方はいいのか?2人抜けて」

「CIAとの連携した作戦になりますので大丈夫です」

「何日掛かりそうだ?」

「多分現地で丸2日有れば十分だと思います」

「分かった」


今は悲しんでいるよりも仕事に打ち込んだ方がいい。自分に言い聞かせる。

さて今は何をするか。自分を取り戻すには・・・・。

午後2時。ここから吉原は歩いても行ける。銀行から降ろしてきた1000万円は取りあえず部屋に置いて。財布を見る、まだ90万円入っている。吉原だ!


飛び込みで店に入る。高級店だ。サービス料込120分10万円。

写真で選ぶ。目のパッチリした可愛い子。セクシーなドレスで待合室に迎えに来る。目のパッチリは写真を加工してあったようで普通の目だが、可愛い。

 ストレスはジュニアから出て行ったが悲しみは出て行かない。時が解決すると誰かが言ってたな。


マンションに歩いて戻る。又、二階堂から電話だ。

「どうした?チケットが取れたのか?」

「いえ・・・ボスのアルファロメオから外したドライブレコーダーの映像に、相手の車のナンバーが映っています。黒のセルシオですが、どうしますか?」

「ナンバーから持ち主を調べてくれるか?」

「もう調べて有ります」

流石、やる事が早い。住所と名前を控える。


まだ5時だ。亀有に行くまでに時間が有る。

ユカを襲った男の仲間の住所から場所を調べる。新宿区大久保・・・崔という名前からして韓国人だ。アメリカに行く前に新宿で韓国人の掃除だ。


午後7時。亀有南口から、こち亀の両さんの銅像の前を通って、目に前にあるデニーズで食事する。ハンバーグ・サラダ・ライス。味がしない。ただ咀嚼して飲み込む。隣のカップルが旅行ガイドを広げて話をしている。

「1泊12000円は高いでしょ」

「でも、食事が良さそうだよ。これ見て・・・伊勢海老じゃない?」

「そういうのは、どうせ別料金でしょ」

「そうか・・・じゃあヤッパリこっちにするか・・・2食付き10500円」

ユカと旅行に行きたかった。喜んだだろうな・・・。

いかん。涙が出て来る。今の俺は薬を欲しがっているタクシーの運転手だ。


午後8時。胸元に付けたマイクを試す。離れた席に座っている若い刑事が頭を掻く。マイクは正常に機能している。デニーズに着いて、すぐにトイレで装着していた。

コーヒーを飲み干す。デニーズを出て歩く。例のスナックは目と鼻の先だ。

『はなまさ』の裏通りに、前回の反対側から入る。すぐに路地が右側に見える。

スナックのドアを開ける。客はいない。前回、ボックス席に座っていたと思われる男が、カウンターに座っていたが、俺が入って行くとボックス席に移動する。

ママが笑顔で俺を迎える。

「いらっしゃい」

「こんばんは。ビール頂戴」

ママがビールの小瓶とグラス、オツマミを俺の前に置き。ビールをグラスに注ぐ。

「ママにもグラス」

ママのグラスに俺がビールを注ぐ。小瓶は空になる。

「カンパイ!」

一気に飲み干す。

「ママ、今日さ、車チャーターで長距離走ったんだけど、あの薬凄いな。客がトイレ行ってる間に、言われた様に炙ったんだけどね、その後ギンギンよ。全然眠くならないの!」

「凄いでしょ・・・」

「又、売ってくれる?」

「いいわよ。でもね、この前は初めてのお付き合いだったから1000円で良かったけど、普通は2回分で1万円なの」

「1万円か・・・しょうがないな。事故、起こす事考えたら安いもんだ。2回分だよな」

「そう。2回分」

ちょっと待っててねと、ママが奥に消えてすぐに戻って来る。前回と同じに小さなビニール袋に入っている。確かにこの前より量が多いようだ。ママが俺の手に握らせる。

「おぅ、ありがとう。今日はもう行くよ。ママさ、あの人はママのコレ?」

後ろを顎でしゃくって見せ、親指を立てて見せる。

「用心棒みたいな人。変な客も来るでしょ。はい、今日はビールとお通し込みで11500円」

その時男が3人入って来る。

「警察です!動かないで!」

俺が逃げようとすると抑えられる。

「ダメダメ、動かないで」

さらに5人の男達と1人の女性が入って来る。全員警官だ。

裏口からも2人が入って来る。


亀有警察署の取調室を、マジックミラーの裏から覗いている。

さえ子とゆうかの母親は、泣きながら、男に無理強いされて・・・と叫んでいる。

店内からは小分けにされた覚せい剤が、末端価格で200万円分押収されたようだ。

彼女は3年前後の実刑だろうと言う事だ。『後はお任せします』と言って警察を出た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る