第112話 覚醒剤
7月10日
11時に帝国ホテルをチェクアウトした。築地の『すしざんまい』で早めの昼食だ。アンは銀座『久兵衛』より美味しいと言う。手の込んだ物は久兵衛には敵わないが、マグロはすしざんまいの方が上だと言う。
食事が終わって、アンの店が入る銀座八番館に来た。昼12時までシャッターが閉まっているのだ。4階に上がり店のドアを開ける。カウンターの正面に酒が綺麗にディスプレイされ、照明も変えられている。カウンターの横に豪華なワインセラーが置いてある。40本位は入りそうだ。店の名前は『夢路』ユメジに決めたと言う。客席正面に額に入った『夢路』の文字がビーズで描かれている。
アンは、花を置く場所は『ココとココ』と指差して喜んでいる。開店の時には胡蝶蘭を送ってやると約束した。
30分程店を点検して、タクシーでアンを本郷のマンションまで送った。アンが降りてすぐに浅草のユカに電話する。
「帰って来たぞ」
「お帰りなさい。早く来て」
今日は英会話は休みだと言う。いつもの肉屋でステーキ用の肉を買って行く。今日は山形牛で100グラム1800円のが一番いい肉だと言うので500グラムを2枚切って貰った。
部屋の前まで来るとドアが開く。ユカはのぞき窓に顔を着けて俺を待っていたのだ。
「いつから自動ドアになったんだ?」
「寂しがり屋のドアなの」
俺に抱き着く。しばらく黙って、ただ抱き合った。そのままベッドにユカを運ぶ。
「待って。シャワー浴びたい」
「そうだな。一緒に浴びよう」
ユカの手が俺の全身を這い、洗う。
ベッドに移り、愛し合う。
ユカが顔を俺の胸に乗せて言う。
「寂しかった・・・でも仕事だもんね」
「英語はどうだ?」
「楽しい。先生も面白いし、凄く実践的。中学で、ワット イズ ジス。なんてやってたら、絶対に喋れるようにはならないね」
「そうだな、発音だって難しいからな」
「日本語には、RとFとTHの音が無いから、今はまだ無理しないでいいって先生が言うの。普通は気を付けてって言うでしょ?細かい事に神経使って話せなくなるより、どんどん話しなさいって」
「いい先生だな。『Light』と『Right』と『Write』。日本語で言うと全部ライトだからな。気にすることは無い。前後の脈絡で分かってくれる」
「頑張ります!・・・アー ユー ハングリー?」
「イェス アイム ソー ハングリー」
午後6時になっていた。ユカはキッチンでステーキを焼く。ご飯は昼に炊いたのが残っているという。昼に5合炊いて、夜になって食べきれない分は、小分けにして冷凍にするそうだ。
好みのレアで焼きあがったステーキが最高に旨い。
食事が終わって一休みして、仕事だと言ってユカのマンションを出て来る。預かっている銃はどうすると聞かれるが、隠しておけと言った。
言問い通りに出るとタクシーはすぐに捕まった。自宅に向かう。綾香に電話する。
「オジサーン! どこに居るの? これからね、お好み焼きやるの。コーラ買ってきて。ゼロね、ゼロだよ」
切れた。笑いが込みあがる。嬉しい。元気だ。
タクシーをコンビニで止めて待っていてもらう。コークゼロの500mlを1ダース買ってタクシーに戻る。
玄関の鍵を開けるのに緊張する。2人の女と寝てきた後ろめたさ・・・いつもだ。
ドアを開けるとマキが飛びついてくる。遅れて綾香。後ろにさえ子とゆうかが並んで立っている。姉のさえ子が言う。
「すみません。また、お邪魔してます」
ゆうかもペコリと頭を下げる。マキが、俺が持っているコンビニ袋を取ってキッチンに戻って行く。さえ子が神妙な顔をしている。
「いろいろ有って大変だな。後で話を聞くよ」
「はい。ごめんなさい。迷惑かけて。ここに置いてもらってる間は何でもしますから」
ちょっと会わなかっただけで大人になったような口を利く。大人か、18歳だからな。
『何でもする』さえ子の胸を見てしまう・・・いやらしい事を考えてしまった。
寝室に行って荷物を置き、着替える。『ブリオーニ』のスーツは、数日でくたびれた感じになっている。明日、クリーニングに出そう。
500グラムのステーキを食べた後では、流石にお好み焼きは少ししか食べられなかった。
食事が終わると娘達はゲームだ。さえ子とゆうかが食器を洗い、洗い終わると、妹のゆうかはゲーム部屋に行く。さえ子とダイニングテーブルで向き合った。お母さんの所に帰ったのはいいが、すぐに苦労が始まったのか。表情が暗い。いきなり切り出す。
「あの男、やくざなんです」
「お母さんの彼氏か?」
「はい。毎日、開店前にも、店がやってる時にも変な人たちが出入りして・・・」
「何をしに来るんだ?」
「店に来て、何かを買って行くんです。2万円とか3万円置いて。お母さんたちが出掛ける時に、何回か私も、開店前に人が来るから2万円受け取ってこれを渡してくれって言われて、小さな封筒を預かって・・・絶対にまともな物じゃないのは分かってるんです」
「毎日、人が来るのか?」
「ほとんど毎日です。多い時は一日に5人も6人も来るし。警察に行こうかと思ったけど、お母さんが捕まったら可哀そうだし」
「ハッキリ言うよ。それは多分、覚醒剤かなにかの違法な物を売ってるね。悪くするとお母さんも中毒になってるかもしれない・・・もし、そうだったら専門の病院で治療しないと命が危ないよ。このまま放っておくと後悔するよ。もしお母さんが警察に捕まる事になっても、それで命を救えるんなら、何年か病院と刑務所に入っても仕方ないでしょ」
頷くさえ子。
「お母さんは今まで、警察に捕まったことはあるの?」
「・・・有ります」
「何で捕まったか知ってる?」
「クスリです」
「2回目だと、刑務所に行くようになるね。前は刑務所には行ったの?」
「1年半・・・」
「このまま普通にしてたら、お母さん死んじゃうよ。今のお母さんを好きじゃないでしょ?」
「はい・・・」
「俺に任せて」
立ち上がり後ろからさえ子の肩を抱いた。
「心配するな」
さえ子が立ち上がり俺に抱き着いてきた。俺が勘違いしそうだ・・・。
娘達がゲーム部屋から出てきて俺達を見ている。
綾香が言う。
「オジサン。助けてあげて」
みんな半泣きになっている。ゆうかは涙を流している。
「心配するな」
全員が俺に抱き着く。暗い暗い・・・しんみりし過ぎだ。俺が叫ぶ。
「みんなでお風呂に入ろう!」
綾香が『バカッ』と言って俺の足を蹴る。
二階堂に相談するか。
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