第111話 ジョーカー
7月9日午後6時
総理官邸会議室でテレビを見ている。
CNN。南沙諸島での戦闘で米軍の攻撃を非難する在米中国人団体。中国共産党の発表では南沙諸島での中国側の死者の数は約12000人。その中には最低700人の民間人が含まれると言う。米軍側が奇襲攻撃で南沙諸島気象台と灯台を破壊し、占領したと訴える。
対して米軍側の発表による被害は、戦闘機が1機と負傷者が1人のみ。
中国軍は米軍の圧倒的な戦力と布陣に驚き、本土の基地からは全く手を出せなかったのが事実だ。開戦から1時間経たずに停戦申し込みをしている。CIAが、中国からの停戦申し込みを予想していなかったら、北京の街は瓦礫の山になっていただろう。もっとも、そうなっていたら米軍にもかなりの被害が出ていた筈だ。
二階堂が笑う。
「知ってますか。米軍側の負傷者1名っていうのは尻を撃たれた人の事なんです」
「・・・俺?」
「中本さんが乗っていた艦のコックがCNNにリークしたそうです。英雄が尻を撃たれたって」
笑った。俺が唯一の負傷者か。
二階堂は北朝鮮と韓国の動きを俺に説明する。アメリカに見限られた韓国は、北に擦り寄っている。次の戦争は日本も確実に巻き込まれると言う。
午後8時。通訳の女性が来た。よく見るとジェーン。奥田ジェーンだ。北朝鮮で拉致被害者を一緒に救ったジェーン。金正恩の金塊はどうしただろう。まだ、1ヶ月少し前の事だが何年も昔の事のような気がする。
「久しぶり」
「お久しぶりです。中本さん」
抱きしめたいが我慢する。
二階堂がモニターのスイッチを入れる。スピーカーから声が聞こえる。俺がトランプ大統領に電話した。
「グッ モーニング ドナルド・・・ディス イズ トール」
「ハーイ グッ モーニング トール」
「ソーリー フォー アーリー モーニング・・・アイ ウォナ トーク アバウト サム インポータント シングス・・・マイ トランスレイトァーズ ゴナ ジョインナス ナウ・・・OK?」
「OK、トール」
通訳が入って重要な話をする了解を取れた。
「F35の事なんだけど、契約を変更して欲しい」
「トールはソルジャーだろ?いつから政治家になったんだ?」
「政治家も国を守るソルジャーだろ。同じだよ」
「・・・それで、何を言いたいんだ?」
「戦闘機の事だよ・・・F35を完成機体で105機は取り消しだ。55機にして組み立ては日本国内で。残りの50機はF15EXに変更して欲しい」
全て二階堂のアイデアだ。
「それはプライムミニスター安倍からの頼みか?」
「日本政府からの要求と受け取って貰っていい」
「聞いてると思うが、貿易の不均衡を是正する為の処置なんだよ。これは極めて政治的な話なんだ」
「政治的に日本にはF35を売って、米軍には金のかからないF15EXなのか?」
「主力戦闘機は米軍もF35になるさ」
「こっちでもいろいろ調べた結果なんだ。半数はF15EXでいきたい。F35の組み立ては日本で行う。工場も出来てるのは知ってるだろう」
「そうなると、自動車の輸入関税を上げないと、こっちが持たない」
「車の値段が一気に上がったら、困るのはアメリカの消費者じゃないか?販売店だって困るだろ。NTR(ノーマル・トレード・リレイション。正常貿易関係国)の税率アップは止めて、韓国をNTRから外して25%まで上げればいいよ。それに今は中国に物を売りつけるチャンスじゃないか?」
「トール。大胆な事を言うね」
「ドナルドに大胆って言われるなんて光栄だよ。ロッキードの株は早速手放した方がいいよ。沢山買い込んでるんだろ?」
「トールは何でもお見通しか・・・これの見返りは?」
「何をしたい?」
「アメリカにいる中国人と韓国人の大掃除をしたいんだ。報酬は払う」
「協力するよ。ミスタープレジデントが、今の話し通りの約束をしたと安倍総理には伝えておくよ。韓国の車はどうする?」
「NTRから外すようになるな・・・日本にトールみたいな政治家が沢山出てきたら困るな」
「誉め言葉と受け取っておくよ。・・・今度、ホワイトハウスに招待してくれないか?友人として」
「日程さえ合えば、いつでも歓迎するよ」
電話を切った。会話を聞いていた二階堂の顔が興奮で赤くなっている。俺の手を握る。
「中本さん・・・並みの政治家よりも政治家だ」
「俺の事を馬鹿だって言ってるのか?・・・ジェーン。政治家を英語に翻訳すると?」
「スチューピットです」
3人で大笑いした。
午後10時からの安倍総理とトランプ大統領の電話会談は予定通り上手くいったようだ。二階堂が、俺がトランプ氏から取り付けた約束を安倍総理に告げて、総理は、それを確認したに過ぎなかった。オフィシャルな会談なので、会話は全て記録された。銀座のクラブで飲んでいる俺に、二階堂が報告の電話をしてきたのだ。
アンが水割りを作りながら俺に聞く。薄いピンクのドレスが柔らかな雰囲気だ。
「トランプがどうしたの?」
「トランプにはジョーカーが入ってるだろ。ゲームによってはジョーカーが最強だろ」
「ババ抜きでは、最後に持ってた人が負けだけどね」
負けないように頑張ろう。
「シャンパン飲みたいな。今日はアンのドレスと同じピンクがいいな」
「そんなに景気いいの?」
「トランプに勝ったから機嫌がいいんだよ」
俺のシャンパンと言う声を聞きつけたのかママが来る。
「中本さん、いつもご機嫌ね」
「こんな美人が一緒なんだよ。機嫌が悪くなるわけないだろ。ママも綺麗だし」
アンが『クスッ』と笑う。
クリュグのピンクが運ばれてくる。ママがヘルプの子を呼ぶ。昨日からの新人だと言う。
シャンパンが注がれ乾杯する。新人の子が『オイシーイ』と言う。
ママが新人に言う。
「当たり前でしょ。クリュグのピンクよ。あなたが今飲んだ分だけで2万円」
新人の子が自分のグラスを見つめる。目が丸くなっている。可愛い顔だ。
飲み物の値段を言うのも無粋な感じだ。アンも同じだろう。ママを無視している。
シャンパンのボトルが空になり、ママとヘルプの子は席を立った。
アンに焼酎『魔王』でお湯割りを作ってもらう。この後を考えて薄めに作らせた。
アンが言う。
「明日、お店見に来て。だいぶ手を入れたの」
「おう。行こう。人は十分に集まった?」
「今のところ女の子が5人。男のスタッフはOKなの。あと3人は女の子を入れないと。どうしても女の子が必要な時は派遣のホステスもいるから大丈夫」
「派遣・・・その日だけ来るのか?」
「そう。5時くらいまでに紹介所に言っておけば。8時前には来るから」
「ふーん。上手くできてるな」
閉店の時間がすぐに来た。会計は32万円。カードで払う。
帝国ホテル。アンが湯船にお湯を溜める。久々の特注ステーキサンドをアンと食べる。食べる姿も美しい。2人で風呂に浸かる。4日間シャワーだけだったので毛穴が開いていくのが分かる。気持ちいい。アンが俺の背中を優しくさする。この女と一緒に暮らしたら・・・イザベルと比較してしまう。ストレスは日本でアンと暮らす方が無いだろうが、精神的に裸になって暮らせるのはイザベルとだろう。 ユカは?・・・完全に依存されるという安心感が有る。 綾香・マキ・・・・自分の娘のような感覚と恋人のような感覚とが混ざり合っている。ジジイにとっては危ない感じだ。三越の弓香を思い出す。久々に弓香とも寝たい。
ベッドでアンと愛し合う。アンの俺に対しての本当の気持ちは分からない。でも俺は愛している。彼女に取って、俺はただのスポンサーかも知れないが、俺は愛している。
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