第110話 政治家・中本トオル?

7月9日

朝6時に起きる。セブ8時5分発の成田行きに乗らなくてはならない。


昨日の事を思い出す・・・。

イザベルとエビの昼食を食べた後、ベッドで愛し合い、昼寝をした。午後4時に兄弟が訪ねてきて、何かをイザベルに訴える。

彼らは隣町にある日本企業の『チュニシ』に勤めていると言う。知らないかと言われるが、チュニシなんて会社は聞いたことも無い。

 そのチュニシから、いきなり解雇命令を出されたと言う。本人たちはマジメに2年も務めているのに、これは違法だと口々に言う。俺に、日本人の上司に掛け合って欲しいと言う。仕方ないので2人のそれぞれのバイクの後ろに俺とイザベルが乗ってチュニシに向かった。彼らの頼みでスーツを着て行った。南に向かって2キロも走らずに右に逸れる。会社のゲートが有る。『TSUNEISHI』と、漢字で『常石』と書いてある。彼らの発音では『チュニシ』になってしまう訳だ。ちなみに『津波』は『チュナミ』になる。彼らは常石造船で働いていたのだ。ゲートの警備員に彼らが返納していない社員証を見せ、俺を日本から来た政治家だと紹介する。


彼らの上司である日本人の工場長が言うには、彼らの勤務状態が悪いらしい。俺が兄弟に問いただすと、週に2・3回しか遅刻をしていないし、欠勤も月に2回くらいしかしていないと言う。欠勤の時は会社に連絡しているのかと聞くと、覚えていないと言う。


ホテルに戻り、彼らに説教する。来るか来ないか分からない人間は会社では必要とされないのだと分からせるのに苦労した。まして日本の企業だ。電車が2分遅れたら、乗客に謝罪するような国の会社なんだと言うと驚く。


イザベルに、家を建て替える計画を、すぐにスタートするように話させる。彼らは大工として毎日働くのだ。

彼らの家に移動し、オヤジを交えて、新しい家の計画で盛り上がる。酒盛りと共に深夜まで続いた。



飲み過ぎの頭が痛い。コーヒーでパンを流し込む。目玉焼きを口に入れると戻しそうになるが、セブの空港まで飛んで行くのでエネルギーが必要だ。2杯目のコーヒーを飲み終わる頃には、幾分スッキリしてきた。


イザベルが荷物をまとめてくれる。山を越えるだけなのでスーツで飛んで行く。飛行服はバッグに入れる。イザベルに1000ペソ貰う。空港で何か買うことが出来る。財布をチェックすると、95万円と1300ドルが入っていた。5万円を残して全部イザベルに渡し、『いい家を建てろよ。俺達の部屋も忘れるな』と言った。

ボストンバッグを持って部屋から出て行く俺の背中にイザベルがしがみつく。

「いつ、戻って来る?」

「仕事が終わったら戻って来るよ。半月位は、いろいろ忙しいから」

「電話でもメールでもいいから連絡してね」

 建物の裏から飛び立った。

上空1000メートルから地上を見下ろして、場所を覚える。

空港まで東南東に40キロだ。高度2000メートルで山の上を飛ぶ。手つかずの自然の森が広がる。10分も掛からずに山越えが終わり、セブの街が広がる。セブシティ隣りのマンダウェイから橋を越えるとマクタン島。セブ国際空港のある島だ。ターミナルに隣接している『ウォーターフロントホテル・マクタン』の敷地に着陸する。国際線のターミナルが新しくなっていた。そう言えば、フィリピンに入国する時には、出国のチケットを持っている必要があったが、今回は何も言われなかった。二階堂が何か特別な事をしていたのか・・・。


ビジネスクラスのカウンターでチェックインを済ませ、イミグレーションを過ぎてラウンジに行く。サンドウィッチとラザニアにビールで落ち着く。2本目のビールが終わる頃に搭乗の案内があった。

8時10分発。5分の遅れだけだ。成田には午後1時40分着だ。1時間の時差を差し引いても4時間眠れる。機内食も食べずに、ひたすら眠った。


成田には黒スーツの男2人が出迎えに来ていた。二階堂は忙しいのだろう。クラウンの後ろの席で再び眠る。電動でシートがリクライニングするが、アルファード程は倒れない。しかし走り出すとクラウンの方が快適だ。ミニバンに付き物の横揺れや微振動が無い。


熟睡から目覚めると総理官邸だった。オメガを確認すると午後3時半。

小さな会議室に通される。執事のような男が、何か必要かと聞くので『ラーメン』と答えた。二階堂がすぐに現れる。

「南沙での戦闘、お疲れ様でした。人命救助までされたようで米軍からも感謝の声が届いています・・・給料の振り込みも有難うございます」

最後の部分は声を潜めた。二階堂は続ける。

「大事な話があります・・・」

二階堂の説明によると、アメリカは、フィリピンのスービックに海軍基地を、クラークに空軍基地を、パラワン西部に小規模な海軍基地を決定していると言う。スービックとクラークは元に戻る訳だ。スービックに伸びてきていた中国の資本は引き上げに向かっていると言う。日本の利益が少ないのがJIAの不満だが、日本政府としては南沙の安全が保障された事で満足しなければと考えているらしい。

 JIAの最大の不満が、自衛隊F2戦闘機に替わる次期戦闘機の納入の件だと言う。アメリカの貿易赤字解消の為に押し売りされる戦闘機、F35だ。105機の納入を決定し。その予算は1兆2000億円に上る。しかも組み立てもアメリカ側で行う完成機として購入する。

 F35の納入が決まった初期には、組み立ては日本国内で行う事になり、組み立て工場を、国の金で、つまり税金で三菱重工に作らせていた。その額は1800億円以上。それを無駄にして、高い完成機をアメリカから押し付けられる事になったのだ。JIAの試算では工場に投じた代金も含めると、少なくとも約5000億円が無駄になると言う。しかもアメリカ国内ではF35ではなく、古いF15の改良型のF15EXを軍に導入する事が決定している。価格は少し安い程度で、それほど差が無いが、ステルス性能以外では、整備費、耐久性、スピード全てにおいてF15EXが優れている。

 F35のロッキード・マーチンとF15のボーイングの両社のバランスを取ったと言う噂も有るが、バランスだけで戦闘機の機種を決定するなどあり得ないと二階堂は言い切る。

 黙って聞いていた。俺の中でもアメリカに対する怒りがこみあげて来る。

「F35を買わない、もしくは国内で組み立てる事にするとどうなるの?」

「自動車の輸入関税を大幅に引き上げると言っています」

「税金が上がって、車の値段が上がっても日本の車は売れるんじゃないの?」

「もし、車の価格が20%上がったら、小型車では韓国車に勝てません。現状では韓国車よりも少し高い程度なので売れていますが。価格差が20%大きくなると、韓国車を選ぶ人も多くなると思います。アメリカの車が日本で売れていないのも一因ですけど」

「全てアメリカのいいなりだね。日本に合った車も作らないで、買えってのが無理だよな」

「全くです・・・トランプ大統領と話して貰えませんか」

「総理と一緒に?」

「いや、その前にお願いします」

午後8時。ワシントン時間で午前7時に電話する事になった。

 ラーメンが届いた。湯気が出ている。スープを味わう。昔からの醤油味。麺をスープによく馴染ませ箸で掴み口に運ぶ。滑らかに口に吸い込まれる。細いが弾力を感じさせる麺・・・旨い。チャーシュー。口の中でとろける。ドンブリに集中する。

 二階堂が見ているのに気が付いた。

「総理官邸の会議室で、ラーメンを食べる人を初めて見ました」

「餃子も食べたいな」

「トランプ氏との電話まで4時間ありますから、要求をまとめましょう」

「餃子とご飯を食べると、いいアイデアが浮かぶと思う」

「分かりました!いますぐ出前を注文しますから」

「きみも一緒に食べよう。2人で食べたほうが旨いから。ラーメンも追加で頼んで」

トイレに行って帰ってくると空のドンブリは片づけられ、机にはノートとペンが置かれていた。二階堂が腕組みして俺を待っている。

「出前、頼んだ?」

「頼みました・・・」

「『腹が減っては戦はできぬ』って言うだろ。トイレで考えてたんだ。アメリカの国益になる事ってなんだ?」

「一番は戦争です。アメリカがシリアにトマホークミサイルを打ち込みましたよね。70発。一発あたり約1億円です」

「わずか70発で70億円か」

「先日の南沙には何発撃ち込んでると思いますか。トマホークやサイドワインダーを。サイドワインダーでも弾頭によって、2000万円から高い物だと7000万円します」

「花火大会と同じくらい続いてたから、100発や200発じゃきかないな」

「NSAから届いている映像だけでも280発です。映っていない部分も入れれば、全基地の破壊された状況から分析して、700発以上です」

「平均5000万としても350億円か。戦闘機も1機やられてるな。砲弾や燃料を入れれば軽く500億円か・・・凄い売り上げだ。誰が金出してるの?」

「NATO加盟の西側諸国です」

「って言う事は日本も出すのか?」

「日本はNATOの加盟国ではありません。軍隊は無いと言う事になっていますから。あくまでも協力国と言う事で、今まで他の加盟国よりも大きな金額を出してきましたが、今回は出さないことが条件でしたから・・・その代わりに中本さんが出て行った」

「何か、アメリカの利益になる提案をして、日本にも有利な条件に持って行かなきゃね」

「中本さんの頭も政治家になってきましたね」

「それほど落ちぶれちゃいないよ」

2人で笑った。


ラーメンと餃子、ご飯が2人前ずつ届いた。



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