第109話 オヤジのエビ
7月8日
イザベルに起こされる。朝8時。階段から落ちて痛めた首に異常は無かった。
食事の後、お父さんの所に行こうと言う。トライシクルが家の近くに着くと、そのまま浜に連れて行かれる。
「もうすぐ帰って来るから・・・たくさん取れてるといいけど」
仕掛けた網を上げて浜に帰ってくるのだ。周りには何人かの地元の人たちが海を見ている。暇なのかな。俺は寄ってきた犬と遊ぶ。イザベルに犬には手を出すなと言われる。予防注射をしていない犬が多いから危険だと。今でも狂犬病で死ぬ人が毎年沢山出ている。
イザベルが俺の肩を叩き海を指差す。
「お父さん・・・網の引揚が終わったから、すぐに帰ってくるよ」
俺も立ち上がって見る。浜から300メートル位の沖に小さなバンカーボートが見える。すぐ近くだ。エンジンの音が近づいてくる。オヤジの笑顔が確認できる。大漁かな。
浜に船が乗り上げる。オヤジが飛び降りて船の横に伸びたアウトリガーを押す。反対側にイザベルが取りついて、オヤジと一緒に押す。俺は船首を掴み引っ張った。ボートが完全に浜に乗り上げた。オヤジは網を端から畳みながら、掛かっている魚を外す。魚の種類ごとに分けて、いくつかのバケツに放り込む。周りにいた人たちが寄って来る。オヤジの獲って来る魚を待っていたのだ。バケツに放り込まれた魚が次から次に売れて行く。イザベルが売っているのだ。秤も何もない。客が持っている魚を見て値段をその場で決める。20分で魚は売り切れた。ボートをさらに浜の奥に押し上げる。浜に座ってイザベルは売り上げを数えている。オヤジは5馬力のホンダ船外機にカバーを掛けて、ガソリンタンクをボートから外す。ガソリンタンクは盗まれ易いので持って帰るのだ。イザベルが今日の売り上げは680ペソだと言う。オヤジは頷くと、自分達で食べる魚を入れたバケツとガソリンタンクを持って家へと歩き出す。
イザベルが俺を呼ぶ。彼女の横に置いてあるバケツを指差す。中を覗くと立派なサイズのエビが10匹程入っている。オヤジは俺達の為に、エビを販売用と別のバケツに放り込んでくれていたのだ。
サンキュー、オヤジ。
エビを持ってホテルに戻る。午前11時。
ソファーに横になってテレビを眺める。イザベルがエビの塩焼きとガーリックバター焼きを作ると言って張り切っている。ご飯が無いので、レストランで買うと言う。ニンニクや調味料はホテルの向かい側のサリサリストア(小さな何でも屋)で買ってきていた。
エビが出来るまでビールは我慢しよう。待てと言われているので。
キッチンに短パンで立つイザベルを見ているとムラムラしてくる。足からお尻に掛けての曲線が芸術的にセクシーだ。
テレビのニュースではフィリピン海軍が南沙から引き揚げて来る映像が流れている。アメリカ軍と協力して中国軍を南沙から排除したと言うニュースだ。フィリピン軍の将軍の1人がインタビューに答えている。英雄気取りだ。
エビのいい臭いがしてくる。この街で、家を買ってイザベルと2人で暮らしたら・・・犬も飼いたいな。ピックアップトラックが一台あれば便利だ。などと考える。
無粋な音。衛星電話が鳴っている。二階堂だ。
どうしても明日、日本に帰って来てくれと言う。夜10時から安倍首相とトランプ大統領の電話会談があるそうで、同席して欲しいと言う。ワシントン時間で朝9時だ。
仕方ない。しぶしぶ引き受ける。セブから成田へのチケットをスマホに送ると言う。
イザベルがエビの塩焼きを5匹のせた皿を持って来る。皿にのせるとエビが余計に大きく見える。25センチはある。俺は立ち上がり冷蔵庫へ。ビールがキンキンに冷えている。1本取って、プルトップを開けながらソファーへ戻る。
一口飲む・・・旨い。海から帰って来てから、水分を我慢していたので余計に旨い。エビに手を伸ばす。まだ熱い殻を剥く。一口かじる。プリプリの食感で最高だ。イザベルの分も殻を剥く。まだキッチンに立っているイザベルの口にエビを持って行く。一口かじる・・・笑顔。
「美味しいでしょ。お父さんのエビ」
確かにお父さんが獲って来たけど、お父さんが作った訳では無いんだけど。
「旨いな。最高だ」
ニンニクのいい匂いがフライパンから立ち上がる。エビのガーリック焼きだ。
俺はソファーに戻ってエビを食い、ビールを飲む。
入口のドアを誰かがノックする。開けると、ホテルのスタッフがビニール袋を持って立っている。袋を見るとご飯が入っている。なるほど。袋を受け取って礼を言う。
イザベルにご飯を皿に移してくれと言われて従う。
エビのガーリック焼きが出来て来る。イザベルが俺の隣りに座る。彼女がフォークでガーリック焼きのエビを突き刺して俺の口に運ぶ・・・旨い! イザベルにキス。そしてビール。
イザベルはご飯を食べる。ガーリック焼きのエビを載せている。俺も真似する。ガーリックオイルがしみ込んだご飯も旨い。合計11匹あった大きなエビを2人で完食した。
スマホがメールを受信している。明日のチケットだ。イザベルが覗き込む。
「明日、日本に帰る事になった・・・安倍総理がトランプ大統領と電話で話をするんで立ち会ってくれって頼まれたんだ」
イザベルが俺の顔を見つめる。
「あなたは凄い事やってるのね・・・酔っぱらってる姿からは想像できないけど」
「人間にはオンとオフが必要だからな」
「・・・ホントに凄い。私は1回だけトランプ大統領に会った事があるけど、凄いパワーを感じた。あなたも実際に会ったら感じると思う」
「会ったよ」
「どこで?」
「ホワイトハウス」
「いつ?」
「7月の・・・1日か。ちょうど1週間前だ」
「招待されたの?」
「いや・・・押しかけた」
無言のイザベル。急に笑い出す。
寝室からカメラを持ってきて、トランプ大統領との2ショット写真を見せる。
「もう、いい・・・あなたと話していると頭がおかしくなりそう。それに何なの、あなたの格好」
笑い転げるイザベル。まあ、大統領と全身タイツの俺だから仕方ないな。
笑っていたかと思うと、急に黙って俺の顔を見る・・・そして、目を逸らして言う。
「いつか・・・トールがリタイヤする時が来たら。静かに一緒に暮らしたいな」
十分にジジイだから、いつでもリタイヤ出来るんだけど・・・日本の生活や女達の顔が浮かぶ。
「そうだね。俺もこういう静かな所で暮らしたいよ。イザベルと」
イザベルが俺に抱き着いてくる。きつく抱いた。離れたくない。
イザベルの肩が揺れる・・・泣くな。こういうのには弱い。泣くな・・・あれっ。笑ってる。テーブル上のカメラの、モニターに映ったままの大統領との2ショットを見て笑っていた。
全身タイツの俺が、小さなモニターの中で笑っている。
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