第104話 イザベルとの再会

午後8時。部屋に戻っていた俺に電話が掛かって来る。二階堂だ。荷物を持って部屋から出る。


ホテルロビー奥の日本料理レストラン『有楽園』で食事する事になった。和牛懐石を2人で注文する。二階堂は仕事中だからと言い、ビールを飲まない。俺は飲む。俺にとっては仕事前だ。日本人の料理人がいるらしく、料理の味はいいが値段も高い。和牛懐石が一人前、日本円で約2万円だ。ビールから焼酎に代える。麦焼酎の『吉四六』をお湯割りで飲む・・・旨い! 安い酒だが、フィリピンで飲めるのがいい。

作戦に関しては、その場での対応が主になり、今のところ予定の変更は無いようだ。

午後9時半になりレストランを出る。ビール2本とお湯割り焼酎を3杯。ちょうどいい気分だ。俺が、着物姿のフィリピン人ウェイトレスとふざけている間に、二階堂がチェックアウトを済ましていた。

 店を出る。ホテル出口で床のマットにつまずき転びそうになる。ドアマンが慌てて支えてくれる。二階堂が聞いてくる。

「酔ってますか? 結構飲んでたから」

「酔ってない!」

 酔っ払いは大抵こう言う。

 目の前に停まっている巨大なシボレーサバーバンに押し込まれる。車高が高いので、足は掛かるが身体が持ち上がらない。二階堂に尻を押された。3列目には、空港からと同じ兵士が2名。1人が顔を背ける。酒臭い? 口を手で覆って息を吐き、匂ってみる。確かに酒だ。酒臭い。それがどうした・・・眠ってしまおう。

 すぐに起こされる。ここは何処だ?二階堂が車から降りる。もっと寝ていたいが、二階堂が俺に降りるように促す。車から降り、伸びをする。立派な建物が目の前にある。二階堂に背中を押されて中に入る。太った男が出てきて握手をする。マニラ・アメリカ大使館の大使だという。二階堂が俺を紹介する。握手が長い。手が湿っていて気持ち悪い。部屋に案内される。スーツ姿と迷彩服が数人。

 ソファーに座ると眠りそうになる。誰かが冷たい水を持ってきてくれる。一気に飲む。多少目が覚めて顔を上げる。見た事のある、美しい顔がそこに・・・

「イザベル?・・・イザベルじゃないか!」

マニラの中国大使館で起こった事が頭の中を駆け巡る。立ち上がり抱き着く。足がふらつくが、イザベルが支えてくれる。彼女が耳元で言う。

「久しぶりです。トール」

涙が出て来る。どれだけ会いたかったか。ただ抱きしめる。言葉が出ない。

 二階堂が言う。

「お知り合いですよね・・・私はこれで失礼します。あとは彼女がCIAの連絡役として中本さんに同行します」

 二階堂を見て頷く。涙が流れっぱなしだが気にもならない。二階堂が一礼して出て行く。

 改めてイザベルに抱き着く。イザベルが俺の両肩に手を置き、押し離して顔を見る。

「トール・・・あなたが今回の作戦のキーマンなのです。中国から世界を救うんです。しっかりして」

「会いたかったよ・・・イザベル」

「私も同じ。トールに会いたかった。でも、会えなかった理由もあるの。私はCIAのエージェント・・・分かるでしょ?」

 頷く事しか出来ない。

「お水、もう一杯飲む?」

「ビールがいい」

「バカ」

 周りの人間が、呆れ顔で俺を見ていたのを知らなかった。


30分後、ヘリの中でイザベルの隣りに座っている。爆音を上げて離陸し、すぐに海上に出る。マニラのビル群が遠くなる。イザベルの膝に手を置くと戻される。3回繰り返すとイザベルに言われた。

『コロンに着くまで大人しくしてて』・・・と言う事はコロンでは・・・考えるとジュニアが反応する。

 大きな振動で目が覚める。イザベルの膝マクラで寝てしまったか・・・マクラになっている足を触ると感触が違う。目を開けるとイザベルの顔が少し遠い。

「トール。着きましたよ」

何でイザベルが前にいる? 起き上がる。俺がマクラにしていたのは米軍兵士の足だった。

 ヘリを降りる。船の上だ。酔いはスッカリ覚めている。甲板には襟や肩に、ワッペンを沢山付けている人達が並んでいる。コロンに停泊している3隻の船のキャプテンや、お偉方が、俺を出迎えに来てくれていたのだ。自己紹介してくれるが、全く覚えられない。

 船の作戦室に移動する。大きなホワイトボードに描かれた、コロン島・パワラン島・南沙諸島。3隻の磁石の船を動かして作戦を説明する。フィリピン海軍はパラワン島西側から出て来て合流する。南沙近海のみの作戦会議だ。イザベルも聞いている。


 会議が終わり、若い兵士に船室に案内される。イザベルは来ないのか・・・・10分待ったが来ない。外に出て見よう。既に出港の時間だ。甲板を水兵達が慌ただしく動く。甲板で、ぼおっと見ている俺の肩をイザベルが叩く。手を引いて俺の船室に向かう。

狭いベッドで抱き合った。イザベルも激しく求めて来る。俺達が動きを止めたのは午前2時過ぎだった。荒い息を鎮めながら抱き合った。


午前3時。イザベルが自分の船室に戻る。俺は食堂に行ってみる。自衛隊艦と違ってオニギリは無い。厨房からコックが声を掛けて来る。

「何か食べますか?」

「何が出来る?」

「ハンバーガーかホットドック。スパゲティも有るけど時間が経ってるからおすすめしないな」

「じゃあ、ハンバーガーもらおうかな」

「フレンチフライは?」

「頼むよ」

ハンバーガーとフライドポテトにコーラ・・・アメリカだ。

なんでアメリカの事を『米』と書くようになったんだ。米が無いじゃないか!ブツブツ言いながらハンバーガーを食べる。これが旨い。ちゃんとしたハンバーグがサンドしてある。これはジャンクフードでは無い。

 俺は朝6時にブリッジに上がる事になっている。ひと眠りしよう。



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