第101話 大統領との交渉

7月4日 午後5時

二階堂とソファーで向き合う。チケットを渡される。フィリピン航空PR431便。9時30分成田発。13時35分マニラ着。

「第7艦隊は早朝に南大東島を通り過ぎています。沖縄の各基地でも準備万端です。陸上自衛隊は奄美と宮古島で可動式のミサイルの準備を整え、習志野空挺は与那国に控えています。又、日本海側の警備も厳重にし、混乱に乗じて朝鮮半島からの侵入にも備えています。海上自衛隊艦船は五島列島東に、潜水艦は東シナ海に潜行しており、中国各地にいつでもミサイルを打ち込める体制を取ります。航空自衛隊は久米島と宮古島で待機です」

「総動員だね」

二階堂が持ってきたバッグから大きなビニール袋を出す。袋にはTDKのロゴ。グレーの飛行服を出す。5着。

「今回はこれを着て下さい。TDKが開発したステルス塗料を特殊加工して作ってあります」

「ステルスおじさんになる訳か」

笑いが出てしまう。誰にも見つからなければ女風呂を覗きに行きたい・・・TDKに申し訳ないな。

「作戦は、今のところ6日の午前7時開始を予定しています。7時に米軍艦船が南沙の中国軍基地の近くを通過します」

「その船に乗ろうか?」

「それをお願いしたいとトランプ大統領も言っていました」

二階堂が電話を掛ける・・英語・・・アメリカ?

電話機を俺に寄越す。

「ヘロー」

トランプ大統領の声?

「ヘロー・・・ディス イズ トール スピーキング・・・ドナルド?」

「イェス イッツミー。 ハウ アユー ドゥーイング?」

「アイム OK・・・ウィア ゴナ ドゥー グレイト シングス・・・」

俺が大統領をドナルドと呼んだ瞬間に二階堂は目を剥いて驚く。

トランプ大統領が続ける。

「中国の脅威を潰すチャンスなんだ。トール・・・頼りにしてるよ。ニカイドーが報酬の話はトールに直接してくれって言ってるけど、テン・ミリオンでどうだ?」

テンミリオン・・・1000万ドル。10億円。

「良く聞こえなかった。船を一沈められるだけでも、損害はハンドレット・ミリオンじゃ足りないよね」

「・・・間違えたよ。補佐官のメモを読み違えた。ハンドレットミリオンで、どうだろう?」

1億ドル・・・100億円以上。

「タックス・フリーで頼むよ、ドナルド」

「それは心配ない・・・トール」

 唖然としている二階堂に電話機を渡し、俺は冷蔵庫にビールを取りに行く。

ビールを2缶持って、ソファーに戻ると二階堂の電話は終わっていた。放心状態だ。

 プルトップを開けて二階堂にビールを渡す。目の前に出されたビールを二階堂は無意識に受け取る。

「カンパーイ」

 二階堂の手のビール缶に俺の缶をぶつける。喉を通るビールが旨い。二階堂も無意識にビールを飲んで我に返る。

「何ですか・・・今のは。相手はアメリカ大統領ですよ」

「アメリカを代表する公僕だよコウボク」

「世界一の権力者に、あんな口をきく人を初めて見ました」

「何にでも初めてはあるよ」

 二階堂は手に持つビールを見つめながら言う。

「日本の立ち位置が変わってきますね」

「立ち位置?」

「アメリカに脅され、裏からも操作されてきた今までとは全く違ってくると思います。少なくても同等の立場になる」

「いい事じゃないか」

「問題は政治家です。昔から言われているように経済は一流、政治は二流です。今は経済も一流からは落ちていますが。特に政治家の対外的なネゴ(駆け引き)に掛けての力は、全くの素人です。今まではアメリカに従っていれば良かったのですが、これからは、そうは行かない」

「安倍総理に漢字の勉強から始めさせるか?」

「それは総理には絶対に言わないで下さいよ」

「分かってるよ・・・でも、国政に立候補する人には最低限の試験だけでも受けさせるべきじゃないか?基本的な国際情勢や歴史は特に。それに、野党は与党に反対するために有るんじゃないだろう。『恥』と言う言葉の意味を書き出しなさい、なんて言う問題があってもいいな」

「中本さんのおっしゃる通りです。あまりにも無知な議員が多すぎます。考える事は、ポケットに入る金と次の選挙ですから」

「俺も偉そうなことは言えないけどね。やってる事が、はたして・・・いい事なのかどうかが分からなくなる事があるよ」

「でも、中本さんは日本の為になると思っている事をやっている訳ですから」

「結果がどう出るかは分からないよ。今回だって地位協定の改正が戦争に結び付くなんて考えてもいなかった・・・二階堂さんさ・・・JIAで働きながら、俺の秘書みたいな事をやってくれないかな。ニュースやネットで集められる以外の重要な情報を沢山持ってるでしょ? インフォメーションではなくてインテリジェンスを。多くを知った上で判断して行動したいんだ」

「喜んで。私からお願いしたいくらいです」

二階堂は俺の手を握った。俺も握り返す。強く握りしめ過ぎて顔をしかめる。


 二階堂を食事に誘った。帝国ホテルの和食『なだ万』。明日から日本を離れるので和食だ。

 二階堂は、この後も仕事が有るというので飲まなかったが、食欲は旺盛で冷緑茶を飲みながら料理を平らげた。 

 会計84000円。二階堂が言う。

「ご馳走様でした。一介のサラリーマンには豪勢過ぎる食事でした。有難うございます」

「給料いくら貰ってる?」

「恥ずかしながら、年棒で800万円です」

「もう40過ぎだよね」

「47です。明日が誕生日で48になります」

 俺と一回り違いだ。

「俺の秘書の給料として月50万円出します。普段はJIA職員として動いて、重要なことは全て俺に報告。どうでしょう?」

「給料なんて要らない位です。自分が生きている間に、こんなダイナミズムの中に自分の身を置けるのが今でも信じられませんから」

「金は邪魔にはならないし、我慢から解放される。今回の仕事が終わったら今月分を渡しますよ」

 

 2人で店を出る。二階堂は、気を付けの姿勢から深々と礼をして帰って行った。これから赤坂の事務所で、CIAと電話での打ち合わせがあるらしい。


 午後9時。浅草のマンションに行く。

ユカが三越で買ってきた服を着てファッションショーをする。新しい服はどれも綺麗だがユカの顔を見ているのが一番楽しかった。最後の服を脱いでいる時に、そのままベッドに押し倒した。数日間はユカを抱けない。万が一の事があったらこれが最後だ。時間をかけてユカと抱き合う。


 ダイニングテーブルで向かい合って、お茶漬を食べる。

三越の支払いが約205万円。授業料が1月分で約20万円で合計225万円。生活費の15万円を足して240万円。お釣りだと言って60万円を差し出す。貯金しておけと言った。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る