第99話 NOと言えるか日本

7月3日 午後10時

久々に銀座に来た気がする。ポルシェビルが、やたら煌びやかに見える。

 一階のショールームに展示してあるランボルギーニが宇宙船のようだ。


 店に入る。いつものボーイが俺を案内する。席に着くと俺のキープボトル『響17年』と芋焼酎の『魔王』が、氷・ミネラルウォーターと共に運ばれてくる。

 アンが歩いてくる。薄紫のドレス。身体の線がハッキリと分かる。

 俺の横に座り腿をつねる。

「もう。心配したんだから。どこ行ってたの?」

「ただの仕事だよ」

「身の回りに気を付けてなんて言ってたから、トオルの身にも何かあったらと思って・・・本当に心配したんだから」

「悪かったな。水割り作って、ウィスキー」

 アンが水割りを作る。横顔に見とれる。ステアするグラスから聞こえる氷の音が涼しげだ。

 一口飲む・・・旨い。体中に血液が流れていく気がする。俺の血はアルコールかな。

「店の準備はどう?」

「順調。前の店で一緒だった女の子が2人来るのが決まって、ほっとしてるの」

「いい女なのか?」

「ふふ・・。顔見たら、トオルは『えっ』って言ったまま、何も言えないと思う。歳も30近いし、顔やスタイルもね。でもお客さん持ってるの」

「何か魅力が有るんだろうな」

「そうね。2人とも話が上手いし、頭がいい。マナーも完璧だから、よくパーティーなんかにも呼ばれてる」

「そうか。いい子を捕まえたんだ」

「そうね。でも、その子達に、スポンサーは誰だって何回も聞かれた・・・・その内分かるって言っておいたけど。彼女達も、先々は自分の店を持つのが夢だからね」

「いつ頃オープン出来るんだ?」

「8月初めには風俗営業の許可が下りるの。警察関係のお客さんにちょっと頼んだら、手続きがスイスイで笑っちゃった。だからお盆前に開けようと思ってるの。プレオープン。それでお盆後にグランドオープン」

 アンは興奮気味に話す。目が輝いている。見ているだけでジュニアが反応する。

 ママが俺の姿を見つけて来る。満面の笑顔。

「中本さん、いらっしゃいませ。今日は何処かお出かけでしたか?」

 俺の横に置いてあるバッグを見ている。ボーイが預かると言ったが断わっていた。

「ちょっと地方にね。貧乏暇なしだから」

「あら、貧乏なんて何処にいるのかしら。アッ・・・いた。この子、新人なんです。宜しくお願いしますね」

 新しいヘルプの子を呼ぶ。若い。化粧の派手さから見て、キャバクラ上がりか。

 アンに言う。

「1本空けるか」

 いつものシャンパン、ベル・エポックだ。4人で乾杯する。

 ヘルプの子とママは、更にウィスキーの水割りを1杯飲んでいなくなった。

 アンが他の女の子を呼ぶ。他の席にヘルプで座っていたようだ。

「この子、麻美ちゃん。内緒だけど、私の店に来ることになってるの・・・可愛いでしょ?」

「麻美です。アンさんにはいつも良くしてもらってます。宜しくお願いします」

 華奢な西洋人形の様な顔をしている。この手の顔が好きな人には、たまらないだろう。


 二階堂が現れる。

「中本さん、突然済みません。急ぎで話したいことが有って・・・電話したのですが、お出にならなかったもので」

 二階堂がアン達をチラッと見る。アンは麻美を促して席を立つ。

 正面に座った二階堂が顔を寄せて言う。

「7月6日、土曜日に作戦が開始されます。5日の夜には、マニラかパラワン島で待機してもらうようになります」

「明日しか日本には居られないって事か・・・・。二階堂さんの率直な意見を聞きたいんだけど、俺が日米地位協定をひっくり返したのは良かったのかね?」

「当然です。日本政府と国民の悲願ともいえる事を成し遂げたんです。そのせいで、日本の軍事化が進んだとしても、日本が本当の意味で独立国になる為の第一歩です」

「俺は何をすればいいんだ?」

「中国への攻撃は基本的にアメリカが行います。中本さんには中国の攻撃から日本を守る事をお願いします。後は、出来れば米軍に向けてのミサイルの撃墜です。各地からミサイルが発射されると思うので全部の撃墜は無理でしょう。自衛隊と協力してもらう事になります」

「戦争は、どうやって始まるんですか?」

「南沙諸島の、中国が領海だと主張している海域にアメリカ艦船が航行の自由を主張して入ります。同時に南沙の中国軍基地の主だったレーダーサイトを破壊します。これが中本さんの最初の仕事です。レーダーサイトへのミサイル等は確認されないまま破壊されるわけです。そしてフィリピン海軍がアメリカ艦船と合流し、何らかの挑発行為を行います。そしてフィリピン軍と米軍への最初の一発を待つのです。その後、佐世保とフィリピンのスービック沖に分散された、アメリカの第7艦隊の空母と、那覇基地からのステルス攻撃で南沙と中国本土の基地を叩きます。もちろん東シナ海と南シナ海の艦船からのドローンとミサイルも使われます」

「俺の仕事は、南沙以後は、蓋を開けて見ないと分からないという感じですね」

「飛び回ってもらうようになります。しかしCIAの分析では、南沙諸島の中国軍が全滅、もしくは壊滅状態になれば、中国政府からの停戦の申し出が有ると言う見通しです。中国本土での戦闘は避けると思われます。アメリカも、犠牲者が多く出る地上戦は避けたいですから」

「南沙の海域がそんなに重要なんですね。ピンと来ないけど」

「特に日本に取って重要な海域なんです。中東方面から来るタンカーや商船はマラッカ・シンガポール海峡から南沙を抜けるのが最適なルートとなっています。20万トンクラスのタンカーがフィリピンの南を通るロンボクルートを使うと、3日間の遠回りになり、燃料代も入れると1000万円以上の損失になります」

「なるほど・・・必要な航路なんですね」

「本当はアメリカにしてみれば市場に供給される油の価格が上がった方がいいんです。今やアメリカはサウジアラビアを抜いて世界一の産油国になっていますから・・・アメリカが南沙にこだわるのは、東アジアの主導権を握っていたいからなんです。ここでフィリピンに恩を売れば、再度フィリピンに基地を置くことが出来るでしょう。フィリピンのデトルテ政権が中国に近づいているのも危険なサインですから」

「やはりアメリカはアッチコッチの揉め事に首を突っ込みたいわけですね」

「軍需産業が利益を上げないとアメリカという国は潰れてしまいますから」

「戦争が無ければやっていけない国か・・・」

「日本もあながち違うとは言えませんが。大企業の三菱重工や川崎重工、IHI等も大きな売り上げを、艦船やミサイル部品などで上げていますから・・・複雑な所です。それに、日米地位協定が改正されたのをきっかけに、アメリカに対する日本の立場が変わってきます。ほとんど押し売りされてきたアメリカ製の戦闘機や装備品も国産化されていく見通しを企業は立てています。アメリカにNOと言える時が、すぐそこに来ている気がします」

「昔、そんな本が有りましたね。『NOと言える日本』」

 古い本を思い出してしまった。翻訳されてアメリカでも話題になった本だ。

「30年も前ですね。やっとNOと言えるんでしょうかね・・・中本さんはトランプ大統領にNOと言わせなかった。それを考えると今でも鳥肌が立ちます。世界一の権力者に指図したんですよ」

 水色の全身タイツで大統領の執務室に居たのを思い出すと情けない。


 閉店の時間になってしまった。

 詳細が決まり次第連絡すると、興奮交じりに言い、二階堂は帰って行った。


 アンとの帝国ホテル。何度ここで、こうしているだろう。何もかも投げうって、この女と何処かに逃げて行くのも面白いか・・・・アンが嫌がるかな。


 今回の報酬を聞いていなかった・・・。


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