第98話 総理の決断

7月3日水曜日

ベッドに寝ている俺を誰かが起こす。目を開けるとJALのCAの制服。バンクーバーを出て食事してから熟睡した。食事中にワインを3杯飲んだのが効いた。途中で一度ウィスキーを貰った事は覚えている。

まるでベッドのようなシートは快適そのものだ。快適な小部屋で過ごす感覚だ。飲み物や軽食も、好きな時に持ってきてもらえる。

成田空港に着陸態勢だと言う。CAがブランケットを持っていき、代わりにジャケットを持って来る。日本時間に合わせてある時計を見る。午後4時丁度。もうすぐだ。


成田空港第2ターミナル。イミグレーションを抜け、そのまま税関を通り抜ける。出口には二階堂が待っている。俺のボストンバッグを受け取ってくれる。通りを2本渡ると黒のアルファードが止まっていた。2列目のシートに二階堂と座る。静かに走り出し高速に乗る。雨が降っている。丁寧な運転だ。

待ちかねていた、という感じで二階堂が聞く。

「どうやって大統領を説得したんですか」

ありのままを全て話した。俺が聞く。

「今日は警察が基地に入る事になってたけど・・・」

「全基地に入りました。2日間の猶予があったんで隠すものは隠して、持ち出すものは持ち出せますからね」

「これからは何かあったら警察は基地の中も捜査出来る訳ですね」

「そうです。任意で入れない場合は捜査令状を取れば一般家庭と同じに捜査できます・・・これは凄い事なんです。沖縄の玉城知事が中本さんに会いたがってます」

「それは嬉しいですね。沖縄は日本の宝って気がしますからね・・・で、今日はどこに行くんですか?」

「総理官邸です」

二階堂の顔が、微妙に暗くなるのが気になった。


総理官邸会議室。俺を席に案内すると、『ちょっとお待ちください』と言って、二階堂は出て行った。広い会議室に一人残される。クッションの良いハイバックの回転イスの背もたれに身体を預けて伸びをする。外は雨でジメジメしていたが、ここは空調が効き、寒い位だ。ホットウィスキーを飲みたい。

話し声が近づいてくる。ドアが開けられ陸上自衛隊幕僚長の田村と側近の2人が入って来る。俺に向かって片手を上げる。Uの字型に椅子が配置されたテーブルの俺は左側、田村達は俺の正面、右側に座る。二階堂も会議室に戻って来る。彼はU字の底辺部に座る。U字の切れ目の部分には長テーブルが有り、そこは総理の席だろう。

田村が俺に言う。

「中本さん、大活躍ですな。やっと陰の存在だった自衛隊が表に出られる」

「どういう事ですか?」

「あなたには感謝してますよ。今までの様に米軍が日本国内の基地で自由に動けなくなった。縮小ですな。と言う事は自前の表立った軍備が必要となる」

田村の側近がたしなめる。

「幕僚長。軍備と言うのはちょっと」

「アメリカの軍に遣ってた金で装備を増やすんだから軍備じゃないか。いつまでも言葉にこだわるな」

内閣官房長官の菅が入って来て、総理が座るであろう席の隣りに座り言う。

「もう、議論が始まってますか?・・・すぐに総理がみえますが、それまでに要件をお話しします」

俺を含めて全員が菅の方に椅子を向ける。菅が続ける。

「日米地位協定が改正され、総理の支持率が70%を越えました。総理は、今こそ国民への軍備の必要性の説明を始める時だと考えています。アメリカにとって、日本の米軍基地は東アジアの覇権を維持するために必要不可欠な物でした。基地の中は日本国民にとって秘密のベールに隠されていた訳ですが、それがオープンになった今、反対運動が激化してきます。その反対運動は米軍だけにとどまらず、自衛隊にも向けられます。中国の脅威を説明し、国民の理解を得るのは今です」

田村が口を挟む。

「確かにそうだ。沖縄の宮古島にウチ(陸上自衛隊)の駐屯地が出来た時も、住民への説明が十分じゃないから騒ぎになった。何の為の警備部隊か・・・対中国なのは分かり切ってるだろう。そこの保管庫にミサイルや砲弾を置くのはけしからん等と言われたら、どうやって警備すればいいのか分からん。しまいには尖閣の魚釣島に基地を作ればいいなんて言われる始末だ。二階堂さん、どう思う」

二階堂が答える。

「ミサイル基地さえあればいいと思うのは一般的な考え方として仕方ないです。しかし、固定基地にミサイルを配備しても、相手が基地にミサイルを撃ち込んだら終わりですからね。移動式の発射装置を持って、随時移動できるような体制を作るには、説明無しに住民を理解させるのは無理です」

安倍総理が部屋に入って来る。全員立ち上がり挨拶をする。

全員が席に着く。安倍総理が全員の顔を見渡す。総理の目が俺で止まる。

「中本さん。帰国して早々お越し頂いて有難うございます・・・今まで、トランプ大統領と電話で話をしていました」

全員が姿勢を正す。総理が続ける。

「在日米軍の規模の縮小を決定しました。その分、自衛隊の守備能力を高めなくてはなりません。その為には国民への説明と理解が必要となります。しかし、更なる税金の防衛費への投入は難しい事です。防衛費は既に5兆円を突破しており、社会保障費へ廻せとの声が野党、国民から年々高まっています」

田村が口を挟む。

「理解させればいいわけですよ。国民に」

「他の道を選びます・・・つい先ほどのトランプ大統領との決断です」

全員が乗り出す。

「中国とアメリカで戦争を起こします」

絶句・・・全員が口々に言いたい事を叫ぶ。総理が一喝する。

「静かに! 中国の脅威を消し去る為に、アメリカは基地縮小の前に、NATO軍として徹底的に中国を叩く。つまり、兵器を大量に使用できる。きっかけは南沙で起こします」

南沙諸島・・・フィリピン・パラワン島の西側。CIAの策か。総理が続ける。

「NATO軍への資金は今までと異なり、日本政府からは一切出しません。我が国から出すのは秘密兵器のみ。自衛隊は防衛に専念します」

秘密兵器・・・俺? 総理が説明する。

「3月に何者かによって破壊された南沙諸島の中国軍基地は修復が完了しており、航空機が配備されています。その数は空母10隻分に相当します。米軍の原子力空母『ロナルドレーガン』を中心とする60隻の第7艦隊が、300機以上の航空機と共に、既にフィリピンと日本に向かっており、一部はフィリピン海域においてフィリピン軍と合流します」

田村が唸る。

「本日、自衛隊代表として出席頂いている田村幕僚長には陸・海・空の隊と協議して、特に沖縄・九州・中国・北陸地方の警備にあたって頂きます。漁民に扮した半軍人が大量に来襲する恐れが有ります。中国の常套手段です」

総理が続ける。

「国民にとっては、あくまでも隣国で起こる戦争でしょう。平和ボケと言われても何とも感じない。幸せな事でしょう。軍備の必要性を説いて、危機感を煽る事もいいでしょうが、70年以上も戦争を起こさずに来た国に住む人たちに、本当の意味での国防を理解させるのには時間が掛かります。日米地位協定が劇的に変わり、米軍が移動する前の、今が最後のチャンスです」

二階堂が引き継いで話す。

「確かに、中国の脅威とは、彼らの頭の中身自体です。尖閣諸島を始め、沖縄も歴史的に中国の領土だと言いだしている政治家もいます。欲しい物は自分の物だと、平気で言い出す。米軍基地が縮小されると、彼らがどう動くかの見当が付きません。すでに陸では『一帯一路』と称して、ヨーロッパに掛けてのシルクロード経済圏を作っており、被害国が出ています。その一帯一路の東側を、日本まで延ばせば彼らの計画は完成でしょう」


戦争・・・・地位協定を変更させて良かったのか悪かったのか分からない。日本政府にとって、在日米軍による住民の被害は、大きな目的の為の小さな被害だったのか・・・・


打ち合わせが始まった。総理と官房長官と田村。二階堂と俺はオブザーバーだが、俺が口を挟む隙も『気持ち』も無い。

国会に議題として持ち込む事はない。突発的に始まってしまった戦争になる。

作戦の細部に渡っての議論が延々と続く。俺は退席を許された。指示は後で来る。


総理官邸から黒のクラウンで送ってもらう。行き先は銀座を指定する。


 

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