第93話 沖縄・普天間基地

6月26日 午後7時 ユカを浅草のマンションに送って自宅に帰る。

娘達と、冷凍チャーハンに冷凍餃子の食事。娘達は沖縄で撮った写真を俺に見せて喜んでいる。ソファーに座る俺に、何気なく寄り添ってくるが、短パンにノーブラのTシャツが気になる。ちょっとした時にオッパイが膝や肘にあたる。

電話だ。束の間の幸せが。

立ち上がって携帯を手にする。二階堂。

「何かありましたか?」

「又、沖縄の米軍です。ひき逃げで基地に逃走です。被害者は女子中学生と弟の小学生で、弟の方は意識不明の重体。姉は骨折です。多分、飲酒でひき逃げです」

「容疑者の手掛かりになる物はないですか?」

「この前、中本さんをホテルに訪ねた刑事、覚えてますか?県知事と同じ名前で玉城さんと言います。彼の元に一般の方が撮影したビデオが有るそうです」

「許せませんね」

「中本さん・・・動きますか?」

「警察に身柄は引き渡されないんですか?」

「多分、明日には事情聴取でしょうけど・・・酒は抜けてますからね」

「玉城さんに連絡を入れておいて貰えますか?2時間以内には、そっちに行くからと」

「分かりました」


娘達が俺を見ている。綾香が聞く。

「仕事?」

「そうなんだ。チョコレートくれないか?」


黒の飛行服。いつもの準備。チョコレートとカロリーメイトを脇のポケットに。念の為に財布も持つ。

再び二階堂氏より電話。玉城さんの電話番号を教えてくれる。着いたら電話すると言う。

ベランダから飛び立つ俺を娘達が見送る。


途中で2回休み沖縄に到着する。那覇警察の近く。午後10時。所要時間1時間半だ。ツナギになっている飛行服の上半身を脱ぎ、腰に巻きつける。上半身はTシャツを着ている。那覇警察前から玉城氏に電話。すぐに会議室に案内される。

問題のビデオを見る。事故の瞬間は映っていないが、事故後すぐからの映像だ。トヨタ・ハイラックスの運転席から白人が降りて後ろを見るが、すぐに運転席に戻り走り出す。40代後半といった感じだ。ビデオをもう一度再生してみる。スローで確認する。赤っぽいトヨタ・ハイラックス。荷台部分後ろ側にウッドペッカーのステッカーが貼ってある。荷台にはロールゲージが付き、その上にライトが4灯。荷台下部にはヒッチメンバーが付いている。ボートか何かをけん引するのに使っているようだ。もう一度再生。運転手が降りた時に助手席にも誰かが乗っていたようだ。車内に人影が見える。

被害者の男の子が来ていた白いシャツを見せてくれる。赤い塗料の跡が擦れたように付いている。


玉城氏に事故現場に連れて行ってもらう。被害者のシャツを現場に持っていく。泊港近くの裏通り。狭い道ではない。近くには何軒かの飲み屋も有る。警察の聞き込みで、一軒の店に白人2人が来ていた裏付けが取れている。玉城氏の合図で捜査用のライトが点けられる。現場には血痕がある。タイヤのスリップマークは無い。ライトを消してもらう。血痕の場所に意識を集中する。被害者のシャツを握りしめる・・・赤いラインが現れた。事故現場から先の交差点を右に曲がっている。玉城氏にシャツを返し言う。

「見つかったら電話します」

走る・・・赤いラインを辿って走る。曲がり角を曲がって飛び上がる。警官たちからは見えない。飛行服の上着を着る。真っ黒だ。地上からは見えないだろう。赤いラインをトレースする。58号線を北上している。ラインは蛇行している。他の車を避けて走ったのか、酒に酔っての蛇行か。ラインは普天間基地に入って行く。

広大な敷地。兵舎が立ち並ぶ中をラインは伸びている。赤いラインの終点。赤のハイラックス。間違いない。荷台のロールゲージにライトが4個。一軒家の前だ。高度を下げて見る。家に人の出入りが激しい。若い男達2人が車の前部をタオルの様な布で拭いている。しばらく様子を見る。5分程して中年の男が出て来る。若い男達を押しのけて何かの液体を車にかけて拭いている。あの男だ。

俺の頭に血が昇る。男の横に降り立つ。若い男2人は眼中にない。

「何やってんだ・・・血を拭きとってるのか?」

「誰だ、お前は!」

男が叫び、若い2人が俺に掴みかかって来る。遠慮ないパンチ。2人共3メートル位飛ぶ。

家の中から銃を持った男が3人。俺に叫ぶ。

「動くな」

光の玉。3人の銃と共に腕がもぎ取れて飛んで行く。一丁の銃が暴発。弾丸は空へ。運転していた男の腹を殴り、ハイラックスの車内に放り込む。玉城刑事に電話する。

「捕まえましたよ。連れて行きましょうか?」

「捕まえたって・・・今、どこですか?」

「普天間基地の中です」

「基地の中!・・・基地の中にいるんですか?」

「詳しい事は後で。事故現場にいて下さい」

電話を切った。人の気配が後ろに。振り返るとHK416アサルトライフルを構えた4人の米兵。

「動くな・・・何をしてる!」

「こいつが事故を起こして逃げたから、これから警察に連れて行くところだよ。何か文句あるか?」

1人がニヤニヤ笑って近づいてくる。

「ここは基地の中で、アメリカなんだよ。ジャップの来る所じゃないぜ」

「お前こそ、アイダホの田舎に帰ってイモでも作ってろよ。バーカ」

念力・・・俺に声を掛けた男の銃を、他の3人に向ける・・・撃つ。弾倉の30発を撃ち終わるのに3秒も掛からない。撃たれた3人の男達は信じられないといった顔のまま倒れる。

ハイラックスの下に入り持ち上げる。そのまま高度1000メートルまで一気に上がる。事故現場の泊港に向けて飛ぶ。現場に直接は行けないので、泊高校の前にハイラックスを降ろす。飛行服の上着を脱ぐ。玉城刑事に電話。

車内に放り込んだ男を起こして引きずり出し、荷台で押さえつける。玉城刑事を先頭に警察官が大勢走って来る。玉城刑事が叫ぶ。

「中本さん!・・・この車ですよ」

俺が言う。

「こいつがビデオに映ってた男ですね」

顔を向けさせる。玉城刑事が男の顔を覗き込む。

「間違いない・・・こいつだ。でも中本さん。こいつをどうやって基地から・・・」

「いいじゃないですか・・・自供を取るのが先なんじゃないですか?」

容疑者を荷台に乗せたまま、警察官がハイラックスを運転して事故現場に戻る。玉城刑事は俺と一緒に荷台に乗った。現場に到着する。男に血痕を見せ俺が聞く。

「Did you do this? お前がやったな?」

男が首を縦に振る。玉城刑事に言う。

「認めましたね」

「被害者の弟の方は亡くなりました・・・こんな奴は許せない」

玉城刑事が男の腹を殴る。他の警察官は見て見ぬ振りだ。

「日本の刑務所にぶち込んでください」


腹が減ったので、警察所でオニギリと「そーきそば」をご馳走になる。玉城刑事が奢ってくれた。豚肉がのっていて旨い。オミギリには『油みそ』が入っている。

食べ終わったところで二階堂氏から電話だ。『普天間基地内で銃の乱射事件がありましたね』

と言う。当然、俺は知っているだろうと言う口ぶりだ。

30分後、MPが駆けつけて来たが、本人が自供しているので、身柄はMPには渡さない。

MPを追い返した後、玉城氏が出てきて俺に言う。

「今日は家に泊って行きませんか」

「ありがとう。でも、家で娘達が待っているので帰ります。あいつは、警察が追いかけて逮捕したことにしておいて下さい。基地の中で騒ぎが有りましたが、警察は全く知らないと」

「何がどうなってるのか、私にはさっぱり分かりません。でも・・・そうしておきましょう。有難う、中本さん」


東京へと飛ぶ。全速力で飛ぶと腹の減り方が激しいので少し押さえて飛ぶ。それでも2回の休憩を入れて2時間で自宅に戻る。確実に飛行できる距離が伸びている。高度1万メートルで20分以上は飛び続けられる。

マンションのベランダに着陸。フードを脱いで部屋に入る。午前3時。娘達は寝ていた。



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