第90話 日米地位協定2

6月25日午前9時。

朝食を食べ終わり、娘達とプールでくつろぐ。娘達は普通のビキニ。それでも人目を惹く。デッキチェアーに寝そべる俺にウェイターがオリオンビールを持って来る。

「今日は中国人がいなくていいね」

「中国の方は日中は観光に出ている事が多いですから・・・」

ホテルの従業員だって中国人は嫌だろう。ホテルによっては中国人お断りの所もある。

ウェイターの後ろから2人の男が歩いてくる。1人は警察官の制服。もう一人は白のワイシャツ・・・私服の刑事か。警官は昨晩会った男だ。警官が俺に話しかける。

「昨日は大変でしたね・・・ひとつお聞きしたい事が有るんですけど」

「米軍の方は謝罪に応じましたか?」

「それがですねぇ・・・」

私服の男が言う。那覇警察の刑事だと言う。

「ゆうべの被疑者4人が車の中で遺体で発見されました。海の中で」

「車ごと海水浴ですか?アメリカ人のやる事は分からないな」

「昨日の騒ぎの現場から、連中はMPの車と4台で走り去っていますよね。その後、58号線周辺を米軍のヘリが飛び回っているんです。そして、そのすぐ近くの海で、今朝早く遺体を発見」

「米軍が奴らを殺したんならヘリで飛び回らないですね」

「あなた・・・中本さんは、昨日彼らがMPに連れていかれた後で、少しの間いなくなっていますよね。30分位だと思いますが何処に行かれましたか?」

「飲み過ぎて、気持ち悪くなりましてね。暴れたから急に酔いが回ったんでしょう」

ウェイターを呼び、空のジョッキを上げて見せる。もう1杯だ。

「ゆうべは大分飲まれましたか?」

「すぐ先の民謡居酒屋でジョッキを1杯と泡盛を1本空けたんで、結構酔っぱらいましたね」

ゆうべ話したことだ。もう裏は取っているんだろう。

「米軍の方が、あなた方への謝罪と共に、ゆうべの事を聞きたいので普天間基地まで来て欲しいと言ってるんですよ」

「もう全部話したんで、連中にも同じことを言ってください。それに、謝罪したいなら向こうから来るのが礼儀でしょう。アメ公に礼儀を教えてやって下さいよ。私達は今日の昼の便で東京に帰るんでね」

ウェイターがビールのジョッキを持って来る。空のジョッキを下げる。

刑事が言う。

「それが・・・そうもいきませんで」

2人の後ろに軍服の男達。間違いなく俺に向かって歩いてくる。面倒くさいな。

俺が同行を応じないのに備えていたか。米軍MP。

偉そうなのが、プールを背にして俺の前に立つ。その両脇にM16を持った6人。警察の2人は俺の後ろに周る。

せっかくのビールを、冷たいうちに飲む。

偉そうな奴が、軍隊調の英語で俺に言う。

「ゆうべの事を取り調べる。我々と同行してもらう」

「日本人の女をレイプするような、クソ兵隊連中が偉そうに言うねぇ。謝りに来たんじゃないのか?」

偉そうな奴の口が動き何か小声で言う・・・聞こえた。

「くそ日本人が」

両脇の兵隊に合図する・・・兵隊が俺に向かって踏み出す瞬間に念力で全員を押す。押された7人全員がプールの中に背中から落ちる。

「おーい、兵隊さん。汚い服のまま泳ぐなよ」

偉そうな奴がプールから這い出て俺に向かってくる。もう一度強めに押してやる。

プールの中ほどまで飛んで行って背中から着水する。周りの6人の兵士はプールサイドに上がり唖然としている。2人の兵士が俺に向かう。足を押す。押された兵士は足を滑らせ、プールサイドのコンクリートに顔を打ち付け鼻血を流す。残りの4人の兵士の足もさらう。4人とも尻もちをつき、再度プールに落ちる。

娘達は俺の横に来て座っている。

MP連中に俺が日本語で叫ぶ。

「ナニ遊んでるんだよ。お前らコメディアンか?水着に着替えてから泳げって言ってるの」

娘達と大笑いする。後ろにいる警官2人に聞く。

「アメリカ人は服を着たまま銃を持って泳ぐのかい?」

米軍に、いつもやられっぱなしの警察にしてみれば気分がいいのだろう。一緒に笑っている。刑事が言う。

「そのようですね。初めて見ますが」

ホテルの授業員がコードレス電話を持って来る。

「中本様ですか?・・・お電話がはいっています」

電話を受け取る。

「二階堂です。沖縄で暴れましたね?」

「うちの娘達がさらわれそうになったんだよ。米軍のレイプ魔に」

「ちょっと待って下さい」

電話が切り替わる音がする。

「ハロー・・・ジョンです」

CIAのジョンだ。

「中本さん・・何があったかは分かっていますが、米軍相手にはこれ以上何もしないで下さい」

「今も目の前にいるよ。ちょっと遊んでやってるけど」

「電話、代わって下さい」

プールから上がって来た偉そうな奴に代わる。2分もジョンと話しているだろうか。最後の方は『イェス サー』と答えている。

会話が終わったようで俺に電話を返す。憮然として、全員がズブ濡れのまま帰って行く。

ジョンが俺に聞く。

「大丈夫ですか?」

「何ともないよ。ビールを飲んでる」

「ユーじゃなくて米兵は大丈夫ですか?」

「水浴びに来ただけだからな・・・」

「在日米軍と揉め事はこまります」

「おい、ジョン。困ってるのは沖縄の日本人だよ。地位協定を見直せ。基地内でも日本の警察に捜査権を与えろ。日本国内での犯罪には日本人と同じに裁判を受けさせる。俺の要求だ。すぐにトランプ大統領に伝えてくれ」

「トール。いきなり言われても、全く約束できない」

「1960年に決められてから、基本的に変わっていない決め事だろ。米軍関係者が日本で犯罪を犯した時にも、普通の旅行者と同様に裁かれる・・・それだけだ。ごく当たり前の事だろ」

「答えがNOだったら」

「日本にいる米軍は大変な事になる」

電話を切った。どうやって大変な事にするかを考える。20分ほどして二階堂から電話が入る。

「凄い、要求をしましたね」

「政府がやらないから俺がやってやるんだよ・・・要求を取り消せっていうんだね?」

「いいえ。総理も望んでいる事です」

「じゃあ、アメリカ側からの問い合わせが日本政府に有った時には後押しするって事だね」

「そういう事です。県知事の玉城氏にも連絡はしておきます。協定が変更になる時には政府と県知事の両方が立ち会いますので」

電話を切った。すぐにジョンからの電話。

「トール。日本時間で午後6時まで回答を待って下さい」

「大統領からの最終的な回答だね。YESかNOかの」

「そうです。大統領1人だけで決定出来る事では無いので」

「いい回答を待っていますよ」

電話が終わった。あとは待つだけだ。

後ろに警察官が2人いるのを忘れていた。刑事が俺に聞く。

「あなたは、いったい何なんですか?」

「変なオジサンです」

娘達が笑う・・・・



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