第82話 ニョンビョン核開発施設

6月19日午前3時

イージス艦『あたご』の食堂でかつ丼を食べる。7時には竹島が目視出来ると言う。

『箱』を担ぐのとヘリを担ぐのでは腹の減り具合が違う。追加でオニギリとみそ汁も食べる。深夜のオニギリは、いつものように、カゴに3種類用意されている。

二階堂が横に座る。かつ丼の後でオニギリを食べているのを驚きの目で見る。状況報告に来てくれたのだ。

「竹島付近の韓国艦船は、今現在15隻に増えました。自衛隊艦船に最も近い艦で3海里です。15隻全ての艦が5海里以内に集まって圧力を掛けています」

3カイリ・・・×1.8だったかな。5、4キロ。5カイリで9キロか。もっと集まっててくれれば攻撃が楽だな。

「今は大人しくしていてくれればいいですね」

オニギリをみそ汁で流し込む。

「まったくです。こちらが動かなければ現状維持だと思いますが油断はできません。更に数は増えるかも知れませんが」

「その時はその時ですよ。取りあえず、私は北朝鮮で仕事を済ましてきますから」

二階堂が顔を寄せ、静かな声で言う。

「JIAに入って10年になりますが、こういう局面に立ち会えるのを感謝しています。中本さん抜きには出来ない事ばかりですが、中本さんと行動を共に出来る事を誇りに思います・・・」

涙目で見られると困るな。

「日本の為になるなら、力は惜しみませんよ。思いは二階堂さんと一緒です」

手を両手で握られる・・・ちょっとジーンと来るじゃないか。オニギリ食べながら、ユカの事を考えていたのに。


甲板に出て伸びをする。30ノットのスピードで海上を進む『あたご』の甲板は強風だ。

少し歩く。ミサイル発射装置MK41がある。四角い蓋の様な物が沢山並んでいる。ここからミサイルが飛び出る訳だ。感心していると後ろから声を掛けられる。

「動くな」

振り向くと乗組員が銃を構えている。俺の後ろを見るが誰もいない・・・俺に言ってるのか。

「ひざまずけ!」

下は濡れてるのに嫌だな。

「俺だよ、俺!中本だよ・・・」

隊員は銃を構えたまま近づいてくる。俺の顔にライトを当てる。

「失礼しました!不審者と思いまして」

「いいよいいよ。確かに不審者だよな。悪かったね。コレ、無かったことにしといて」

隊員の肩を叩いて自分の船室に向かった。少し横になろう。腹もイッパイだし。


遠くで何か音がする。何かを叩く音がする。

目を開ける・・・見慣れない部屋。『あたご』の船室だ。左腕のオメガを見ると午前6時。

ドアが開き、SBU隊員の加島の顔が覗く。

「おはようございます!」

元気な奴だ。確か35歳だったかな・・・。今日は北朝鮮攻撃の日だ。

「おはよう。今起きた・・・食堂に行くよ」

「食堂では無くて、ブリッジにお連れするように言われました」

「分かった」

のそのそと置き上げる。今日は船が揺れている。ベッドから立ち上がった時に大きく揺れ、反対側の壁まで身体を持っていかれる。次の揺れでベッドまで戻り尻もちをつく。

枕元に置いてあった短パンを手に取る。立っていたら履けない。ベッドに横になって短パンを履く。壁に付けられている手すりを掴まり立ち上がる。

加島が心配そうに聞く。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。食堂に行って俺のメシを用意させてくれないか・・・かつ丼でも親子丼でもいいから、腹に溜まる物」

加島が後ろを通り過ぎようとした男に言う。

「おい。食堂に行って、何かドンブリ物を作って貰って、ブリッジに持ってきてくれ。かつ丼がいいな。中本さん用だ」

隊員は『ドンブリ物をブリッジに』と復唱して速足で消えた。加島の部下の様だ。

加島と艦橋に向かう。全長165メートル、幅21メートルの『あたご』はゆっくりと前後左右に揺れる。進行方向が下がると速足になる。上がると後ろに戻されそうになる。手すりに捕まって耐える。


艦橋に来ると加島が大声で叫ぶ。

「中本様、お連れしました!」

作戦用のデスクに集まっていた全員が振り向く。皆が俺に挨拶する。敬礼している者もいる。挨拶を返し、デスクまでよろけながら歩く。自分で酔っ払いの様だと思うと笑いが出る。

デスクの上には竹島を中心とした拡大した海図が広げられ、小さな船の模型が配置されている。

艦長の小坂が説明する。

「赤が韓国船、青が自衛隊艦船です」

竹島を中心に半円、扇形に、2重に囲むように赤い模型が置いてある。その内側に竹島を中心に青い模型が扇形に置いてある。竹島に接岸されているらしい青の模型もある。

河野が言う。

「韓国船が18隻。こっちは12隻です」

海図には黒に赤ラインの葉巻型の模型が赤の模型の少し後ろに2つ有る。青の模型が並ぶ両側には黒に青ラインの模型が2つ。

「この黒いのは?」

「潜水艦です。2隻ずつ向かい合ってます」

配置されている自衛隊側の艦船の名前を教えてくれるが覚えられない。

加島の部下が、かつ丼を持ってくる。皆の目が集まるが受け取る。

全員が見て見ぬ振りをし、会議を続ける。もし、俺が帰ってくる前に戦闘が開始された場合の艦船の配置などを話し合っている。無線での交信も混ざる。


俺はひたすら、かつ丼を食べる。俺用と言ってくれたのだろう。大盛りご飯にカツが2枚のっている。ちょっと甘めのツユが旨い。ドンブリの端にのせられたタクアン3切れが嬉しい。

食べ終わったのを見計らって加島が麦茶を渡してくれる。麦茶を飲む俺を見て、河野が俺に声を掛ける。

「中本さんは、北朝鮮から戻って戦闘が始まっていないようなら『あたご』に着艦して下さい。もし、戦闘が始まっている様なら、すぐに攻撃に移って下さい」

「分かりました。潜水艦も合わせて20ですね」

「そうです。日章旗の船は攻撃しないで下さいね」

笑いが起こる。全員が自分を奮い立たせて笑っている。


約1時間後、竹島に着く。小型のボートに乗り移りSBUの隊員20人が竹島に向かう。畳んだ、特大の日章旗を持っていく。女島と呼ばれる東側の島だ。韓国が整備した桟橋や建物がある。男島のどこに防空壕代わりの穴があるのかは分からない。

加島達と入れ替わったSBU隊員20人が、加島達が乗って行った小型ボートで『あたご』に戻って来る。銃だけでなく、削岩機等も持って戻って来る。

隊員の入れ替えが済み『あたご』は後方に下がる。他の艦船とは竹島を挟んで反対側に位置を取る。

午前9時

船室で準備をする。水色の飛行服だ。身体の横側に収納が有る。脇の下から腰骨にかけて2段に分かれたポケットが両脇についている。GPS、衛星携帯等を入れる。カロリーメイトも忘れない。フードを被って鏡を見たが、やはりマヌケだ。フードは飛んでから被ろう。

午前9時半。恥ずかしいので飛行服の上に何か着て甲板に出ようかと思ったが、面倒なので、そのまま出た。誰も笑わなかった。

数人の幹部に、敬礼で見送られ甲板から離陸する。高度を上げながらフードを被る。薄くなりかけている髪の毛を保護できる。1万メートルまで高度を上げる。北西のトンチャンニに向けて飛行する。600km位の筈だったが、飛び立ってから、わずか20分で上空に着いてしまった。最高速度は軽くマッハ2を上回りそうだ。飛行スーツのお蔭で、疲れが格段に少ない。


高度を1000メートルまで下げて観察する。ミサイル発射施設が見える。さらに高度を下げる。移動式の発射装置が並んでいる。その横に格納庫。ミサイルが運び出されている。

東側の『ムスダンリ』よりも大規模な発射場だ。ロケットの発射台の様な設備まで見える。

大きな建物には何基ものアンテナ。大体の配置は掴んだ。

高度を1000メートルまで戻す。手に気を集中する。両手がオレンジ色に光り始める・・・肘までオレンジ色になる。両手は黄色から白に近い色に光る。基地の中心、一点を注視して光の玉を放つ。基地の周りに丸いホコリのような輪が沸き上がる。次の瞬間、爆発の炎が上がる。少し遅れて爆音が聞こえる。その場で待つ。下の状況が少しずつ見えて来る。

前回の『ムスダンリ』のミサイル基地の時と同じだ。すり鉢状に大きなクレーターが出来ている。基地の跡形も無い。


『ニョンビョン』の核施設に移動だ。それほど高度を上げずに飛ぶ。5分で『ニョンビョン』上空に到着する。高度700メートルから観察する。核開発施設が何ヶ所かに分散している。二階堂に見せられた航空写真と頭の中で照らし合わせる。原子炉は最後だ。

高度を500メートルまで下げる。透視する。無人の施設に光の玉を放つ。建物を破壊するだけだ。他の建物の屋上にある通信施設を小さな光の玉で破壊する。建物から逃げ出す人たちを待ってやる。沢山の小さな光の玉を無人の所に撃ち、避難を誘う。

数か所から俺を狙った砲弾が飛んでくる。高射砲だ。躊躇せずに破壊してやる。

左腕のオメガを見て20分待つ。20分でどれだけ避難できるか分からないが、情けだ。

依頼は核施設を破壊する事で、人を殺す事では無い。ここには北朝鮮以外の科学者も大勢いると聞いている。中には拉致されてきた科学者もいるそうだ。

2000メートルに高度を上げて原子炉に大きな光の玉を放つ。

ミサイル基地の時と同じ光景が眼下に広がる。核による何か特別な爆発が起こるかと思ったが何もない。

アメリカからの仕事は終わりだ。竹島に戻ろう。


高度1000メートル。眼下に竹島と沢山の艦船が見える。まだ睨み合いの状態だ。

竹島を挟んで、他の艦船とは反対側に位置どる『あたご』に着艦する。

フードを後ろにずらし、ブリッジに行く。

モニターに張り付いていた河野が俺に気づき言う。

「トンチャンニは壊滅状態です・・・核施設も消えたと連絡が入りました・・・大丈夫ですか?」

河野が俺の身体を見ている。右腕の肩の近くが、高射砲の砲弾がかすった為に焼け焦げている。言われて気が付いた。

「大丈夫ですよ。ここはどうですか?」

「幸い、動きは有りません。そろそろ始めますか」

河野が艦長の小坂に合図を出す。無線で連絡を始める。竹島に近い高速艇1隻を除いて引き揚げさせる。レーダーに、その様子が映し出される。

11隻の艦艇と2隻の潜水艦が韓国艇から離れ、竹島の後ろ側まで下がる。

竹島の後ろで控えていた『あたご』の窓から、11隻の艦船が通り過ぎるのを見る。

河野が次の合図を小坂に出す。小坂に命令された無線員がSBU隊員に指示を出す。

隊員が男島、女島両島の頂上部に日章旗を立てる合図だ。

5分・・・10分。時間が過ぎる。

「日章旗設置完了!」

スピーカーから、竹島に居る隊員の無線の声が響く。小坂がマイクを掴み取る。

「了解! 総員、避難準備。射手は銃座に着け」

女島に設置された銃座に隊員が着いたわけか・・・戦車に小銃で向かっているようなものだが。


レーダーに映る韓国船が竹島に近づいてくる。

竹島に残っている、自衛隊のはやぶさ型小型艇が無線とマイクの両方で韓国語で警告する。無線の声が聞こえる。

「警告します。ここは日本の領海です。直ちに出て行きなさい。繰り返します・・・」

二階堂が俺を見る。俺は再び甲板から飛び立った。

上空1000メートル。竹島の真上から状況を見る。

韓国艇が、竹島まであと1kmという所で、1番近い韓国艇への威嚇射撃が始まる。海に着弾。1分後、韓国艇からの反撃。艦砲射撃・・・竹島に着弾。3発目で竹島の銃座は吹き飛ばされるのが、上空から見える。

SBU隊員は威嚇射撃の後、すぐに逃げている筈だが。

日本領土への砲撃が確認された・・・男島、女島の数か所から隊員がビデオを撮っている。

俺の出番だ。高度を500メートルに下げて、砲撃をした船に真上から光の玉を撃つ。船首甲板、ブリッジ近くに穴が開く。直後に爆発。他の韓国船からの俺への攻撃が始まるが、砲弾が俺の高度に届くころには他の場所に移動している。誘導式や追尾型ミサイルも瞬時に移動する俺を追いきれない。10分で18隻を撃沈するが、海中から飛び出すミサイルがしつこい。ミサイルが出て来る場所を目がけて海中に飛び込む。敵は浅かった。水深20メートルにデカイ潜水艦を見つけ、しがみつく。船体に手を当てて気を集中して光の玉を放つ。光の玉は船体を通り抜ける・・・貫通だ。

盛大に泡を吹きだしながら爆発する。

一度浮上して他の1隻を探す。船体はすぐに見つかった。同様に破壊する。

浮上して竹島の女島に飛ぶ。銃撃戦が起こっていた。韓国の特殊部隊が上陸しているようだ。SBUの加島を男島に見つける。防空壕の中から銃を撃っている。女島の韓国兵3人を光の玉で撃ちながら男島に飛び移る。負傷したSBU隊員が穴の奥に四人居る。加島が言う。

「敵は約30人です。残りは約20人。10人は倒しました。こっちにも被害が出てます・・・」

加島の横の隊員が叫ぶ。

「RPG!」

RPGの砲弾が飛んでくる。光の弾で撃ち落とす。俺は叫ぶ。

「みんな奥に入ってろ!」

穴から飛び出し、女島を見る。日章旗が無い。敵の残りは17人。

女島の最高部は98メートルだ。高度100メートルから敵を探す。向こうから撃ってくるので簡単に見つけることが出来る。数発の銃弾が俺に当たったが、始末は簡単に終わった。女島の高速艇にSBUの隊員を移動させる。抱えて飛んだ。人数を数える。負傷者を入れて18人。加島が言う。

「2人は撃たれて落水しました」

海面を見る。加島が言う。

「装備が重いので沈んでいると思います・・・自分が回収に行きます」

加島も腕を撃たれている。

「傷の手当てをしろ。俺が行って来る」

返事を待たずに飛び込んだ。1人は水深20メートルの岩棚に。もう1人は一段下の水深約25メートルの岩棚にうつ伏せで倒れている。臭いを嗅ぎつけてサメが来ている。タイガーシャークだ。血の臭いで凶暴になっている。2人目の隊員を抱えようとした時にサメが襲撃してくる。鼻ずらにパンチを入れると逃げて行く。

2人を抱えて浮上すると、すぐ近くに『あたご』が来ていた。

『あたご』の甲板まで2人を抱えて飛び上がる。加島が見ている。

はやぶさ型高速艇が『あたご』に接舷する。負傷者4人と加島が乗り移る。

甲板に寝かせられた2人の遺体を見下ろしている加島。無言の涙。

彼の腕からも血が流れて落ちている。


見ていられない。船室へと引き上げて着替える。


上空を航空自衛隊のF35が2機通り過ぎる。

韓国空軍への抑止だろう。



着替え終わりブリッジに行く。

河野・二階堂・小坂、全員が笑顔で俺を迎える。艦内が沸き立っている。

2人の若いSBU隊員が死んだのを見て、俺は笑う気にはなれなかった。

もっとマシな作戦があるだろうに。


二階堂がそばに来る。

「お疲れ様でした。20隻撃沈、確認させて貰いました」

「2人亡くなったけど、彼らの遺族への補償はあるの?」

河野もそばに来る。

「ご心配なく。殉死ですから」

殉死・・・それで片付いてしまうんだ。自衛隊とは言え、兵士とはそんな物か。



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