第80話 新生活
6月18日 火曜日
浅草ビューホテル。
朝8時に起きる。ユカは、悪い夢を見たと言う。馬鹿男に掴まった夢だ。
身支度を整えて階下のレストランで朝食を食べる。
部屋に戻って荷物を持ち、浅草のマンションに移動する。簡単な掃除道具を持って行く。
家具などの配達が来る前に、部屋を掃除しておきたい。
ユカは部屋を掃除しながら少しずつ前の生活の話をする。1年半程前から馬鹿男は覚醒剤に手を出し、しまいには覚醒剤を卸して貰い、小分けにして常習者に売るようになった。いわゆる売人になった訳だ。自分の使う分を少しでも浮かす為にだ。ユカにも使うように勧めたが、それだけは断ったと言う。ユカからの収入がなくなると薬を買う金が無くなる。売人として稼いだ金など、自分のクスリ代の半分にしかならない。末端の売人と言う訳だ。彼は必死でユカの行方を追っている筈だと言う。
10時半に松坂屋からの配達が来た。ベッドやダイニングテーブルが入ると、途端に『部屋』という気分になる。ユカは鼻歌を歌いながらカーテンを付けた。
ガスの開栓と東京電力が来て、説明の小冊子を置いて行く。
水道は開栓の知らせがポストに入っていた。
12時近くなり腹が減る。ポストに入っていた、ピザ屋のチラシを見て、ピザを注文する。
配達されたピザを食べ終わる頃にヨドバシカメラからの配達が来た。
電器製品が配置されると、いよいよ生活感が出てくる。冷蔵庫が空っぽなのでスーパーに買い出しに行く。必要な調味料だけで結構な量になる。砂糖、塩、醤油、小麦粉etc。必要な物を揃えて、食材を入れると、買い物カゴ2つ分になった。2人でレジ袋を両手に持って帰ると、オートロックの外で鍵屋が待っていた。
玄関の鍵をしっかりした物に替えてもらう。ディンプルキーが3本手渡された。1本は俺が持つ。交換工賃を入れて3万円だ。外を見ると雨が降っている。午後4時。
ダイニングテーブルの椅子に座って一息つく。キッチンを見ると足りないものが沢山ある。
IH対応の鍋やフライパンも最低2種類は必要だ。ジュリアをコインパーキングから出し、河童橋に行く。必要なものは一通り揃えた。食器類は自分で少しずつ買いたいとユカが言う。ユカにとっては完全な新生活だ。
河童橋から帰ってユカを抱く。細い肩を抱いていると、ユカが泣き始める。ここで一人で暮らしていくのは寂しいから、毎日でも来てくれと言われる。確かに一人は辛いだろう。都合の付く限り、一緒に居ると約束する。
二階堂から電話。至急赤坂で話をしたいと言う。打ち合わせは夜の筈だったが仕方ない。仕事だと言い、ユカを部屋に置いて出る。細かい買い物代も含めて、今月分の生活費と言う事で15万円を置いてきた。
JIA赤坂。午後5時。
二階堂と河野が俺を待っていた。明日は東京から直接、北朝鮮に飛ぶつもりだった。しかし竹島の情勢が緊迫してきていると言う。韓国の軍艦が竹島付近に集まり、自衛隊艦船と睨み合いが続いているようだ。もしもの時に備えて、北朝鮮の前後は、そばに居て欲しいと言う事だ。
今回も舞鶴から『あたご』に乗り、竹島の北の海域まで行き、そこから北朝鮮に飛び立つ事になった。
昨日採寸した飛行服が出来上がって来た。バスルームで着てみる。しっかりとした生地だが柔軟性と伸縮性が有る。頭を覆うフードは折りたたんで首の後ろに収納する事も出来る。ポケット等の装備が無ければ『全身タイツ』だ。鏡に映る姿は情けない。フードも被って見る。自虐的に変なポーズを取る。完全に変態ジジイだ。誰にも見せたくない。元の服に着替えてバスルームを出る。
二階堂と服屋が、どうだったと言う顔で俺を見る。一言『いいですね』と答える。
服屋はすぐに帰って行った。
今夜11時に市ヶ谷に集合して舞鶴にヘリで飛ぶ事になる。
舞鶴から『あたご』に乗船し竹島近海まで行き、韓国軍の様子を探る。日本の海域に入っている様なら警告する。警告に従わない場合は撃沈か?
韓国海軍は、アメリカ、日本、スペイン、ノルウェーに次いで世界で5番目に多くイージス艦を保有している。油断は出来ない。今現在、韓国艦船は竹島から距離を取り、睨み合いの状態だと言う。
午後7時。赤坂を出て自宅に戻る。
娘達が抱き着いてくる。珍しくゲームをしていなかったようだ。と言う事は空腹か。
寿司を食べたいと言う。近くの回転寿司に行こうかと準備していたらしい。
再びジュリアに乗り、築地に向かう。
後席のマキが言う。
「なんかさ。この車、ガタガタしなくなってない?」
綾香が答える。
「そう言えば確かに・・・携帯見れる。この前、携帯見てたら気持ち悪くなったもん」
娘達にも分かる程、乗り心地が変わっている。エンジンも7000回転まで一気に回るようになった。
『すしざんまい』のカウンターは空いておらず、4人掛けの席に着き、注文用の紙に記入して待つ。 大トロ10貫。中トロ8貫、穴子8貫。ブリ6貫。最初の注文からこんな感じだ。食べたいだけ食べてくれ。3人で腹いっぱいで、22000円。
部屋に帰ると9時半になっている。遅くても10時半には出る積りだ。
新しい飛行服。水色と黒、1着ずつをバックに入れる。残りはクローゼットに仕舞う。GPSの端末や衛星携帯等、必要な物をチェックする。
寝室を出る。娘達は満腹でソファーで重なるようにして寝ている。
娘達を手伝わせ、使っていない寝室に新しいテレビとゲームをセットする。
床に座って、ベッドに寄り掛かるのが、ゲームのベストポジションの様だ。32インチが丁度いい。娘達も満足だ。
リビングに出て時計を見ると10時20分。娘達に金はあるかと聞くと、『まだある』と言う。 玄関先で、2日か3日は帰れないと言うと、2人とも俺の方に来て『気を付けてね』と言って抱き着き、キスをする。
市ヶ谷には10時50分到着。前と同様に海上自衛隊、海将の北村が正門まで迎えに来ていた。
会議室には海上自衛隊幕僚長の河野。海将の北村。陸上自衛隊幕僚長の田村。JIAから二階堂と通信係1人。SBUの加島もいる。俺を見て『ニヤッ』と笑う。
河野が立ち上がり話し始める。
「改めて説明します。今回の作戦は、日本側が実効支配している竹島を守り抜く事です。今現在、竹島には海上自衛隊の隊員20名が守備に当たっております。そして韓国艦艇が竹島近海に12隻。 韓国では、日本が竹島を支配してから、更に反日ムードが高まっており、大統領、ムンジェインは人気を取り戻すために多くの艦艇を竹島に差し向けています。緊張状態を作り出すのは、彼にとっては無能を隠すいいチャンスですが、緊張状態ですむかどうか。去年のレーダー照射でも分かるように、韓国軍は兵士の統率が取れておらず士気も低く、上からの指示が正確に伝わらない、又は指示以外の行動をする危険が大きい。緊張状態から、いつ戦闘状態に突入するかも分かりませんが、自衛隊としては、相手の一発を待ってからの攻撃開始になります」
河野は一同の顔を見渡す。加島がツバを飲む。話が続く。
「戦争は竹島から海戦として始まりますが、その場合3日で戦争を終結させる予定です。最終的にソウルを制圧し全面降伏させます。空爆の後は地上戦となりますが、急襲する事で速やかに終結するでしょう。田村さん、習志野の方、お願いしますね」
田村が背もたれから身体を起こし答える。
「第一空挺団ならいつでも動けます」
習志野空挺団は陸上自衛隊の特殊部隊のような物だ。部隊の標語は『精鋭無比』で、ゲリラ戦などに即応できる訓練も受けている。第一空挺団といっているが、第二、第三は存在しない。河野が続ける。
「もう一つ、大きな懸案事項が有ります。もし韓国が日本と戦争状態になったら、北朝鮮も同時に日本の敵となり攻撃をしてきます。金正恩とムンジェインが歩み寄る訳です。38度線で分断されてはいますが、元々は同じ国に住む同じ朝鮮民族です。 アメリカがどう出るかですが、中国が出てこない限りは静観するでしょう。トランプ氏は北朝鮮に歩み寄っていましたが、狙いは『非核化』だけです。又、韓国のムンジェインとは、全く上手くいっていません。すでに在韓米軍は殆どの引き上げを終了しています。日本と戦争が開始されれば、韓国に居る米軍のF35はスクランブル発進して沖縄に着陸するでしょう」
笑いが起こる。河野が更に続ける。
「わが軍は、竹島の実効支配を続け、更に『第三者』が北朝鮮に残されている大きなミサイル基地である『トンチャンニ』と核施設の『ニョンビョン』」を破壊します。第三者はアメリカの・・・いや、トランプ氏の意向で動きます」
全員が俺を見る。第三者ね。まあ、いいか。
俺が船から飛び立つ時、何人かには全身タイツ姿を見られると思うと憂鬱だ。飛び立つ瞬間まで上着を着ていよう。おちゃらけて出て行くのもアリか。どうせ変なジジイには違いない。まあ、いいか。
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