第76話 箱根とジュリア
6月16日
11時に起きた。娘達も一緒だ。昼から肉を食べたいと言い、いつもの『マルエツ・プチ』に行く。
マキが同じモールに入っている『フレッシュネスバーガー』も美味しいと言い、急遽、ステーキがハンバーガーに変わる。
俺は『クラシック・ベーコンエッグチーズバーガー』とアイスコーヒー。 娘達は『クラシック・アボカドチーズバーガー』とレモン&クランベリーソーダとオニオンリングを注文する。ハンバーガーの朝食で4000円を超える。初めての『フレッシュネスバーガー』だったが旨かった。
部屋に戻り、しばらくすると『日曜日だから、どこかに行きたい』と言い出す。
『お前らは毎日が日曜日だろ』と言い返す。
結局2人は渋谷に買い物に行くと言う事になった。
気を付けて行ってこいという俺にG63のキーを差し出す。送って行けと言う事だ。
今日は、別に予定もないので送って行ってやる。但し、G63ではなくジュリアでだ。
電車よりはマシだと、車の中での娘達は大人しい。
新橋を抜けて国会前の交差点から青山通りに入る。六本木を過ぎて西麻布で、同じ赤のジュリアを見た。しかしクアドリフォリオでは無い。大人しいジュリアだ。
渋谷駅東口交差点の信号で止まった時に、娘達は車から降りた。『渋谷ヒカリエ』に行って、そのあと公園通りに行くのだと言う。
『渋谷ヒカリエ』。行ったことが無い。昔は映画館で『渋谷パンテオン』だった所だろう
そのまま直進し、首都高速3号線に乗る。まっすぐ行って用賀を過ぎれば東名高速だ。1人でドライブもいいだろう。
日曜日の東名で飛ばす気にはならない。パトカーと追いかけっこはしたくない。クルーズコントロールを制限速度プラス10キロに合わせて走る。G63と同じように、前に遅い車が居るとスピードを落とし、居なくなると設定したスピードまで自動で戻してくれる。お転婆娘の癖になかなか賢い。しかし車線の真ん中を走るのは嫌いなようで、かなり左寄りを走る。保守派ではないと言う事だ・・・まあ、いいか。
厚木から『小田原厚木道路』に入る。最も覆面パトが多い道だ。
ジュリアのエンジンは『ドロドロドロ』とアメ車の様な音を響かせる。
箱根新道には入らずに『箱根ターンパイク』に入る。箱根新道よりもカーブが緩い高速コーナーの上り坂が続く道だ。
料金所を過ぎてジュリアのアクセルを踏み込む。『マテ』と言われていた大型犬が解き放たれた様に加速する。
登り坂?・・・・関係ない。
8段のオートマチックだが、ハンドルの裏側に付いているシフトパドルで自由に操れる。パドルが長いので9時15分の位置に手を置かなくてもパドルを操作できるのがいい。
いくつかのコーナーを抜けると笑いが出て来る。ハンドルの切り始めはシャープに反応する(ピーキーと言った方がいい位)が、曲がり始めてからが扱いやすい。ハンドルの切り足しや戻しにも素早く素直に答えてくれる。お転婆イタリア女ジュリア。やっぱり飛ばしてナンボの車だ。2.9LのV6ツインターボ、510馬力が吠えると、他の車は止まっているように見える。しばらくジュリアとダンスを楽しんでいると、後ろから丸目(丸いライト)の車が付いてくる、まだ距離は離れているが、カーブを抜ける毎に少しずつ近づいてくる。
『追いつかれてたまるか』
ジュリアのピレリPゼロ・コルサというタイヤがかすかな悲鳴を上げて頑張る。前245、後ろ285というファットなタイヤだ。このタイヤが路面のグリップを失ったら、俺の腕では対処できない。車はカーブの外側に飛び出て行くだろう。
『大観山展望台』の標識が見えて来る。追いつかれて、あおられる前に駐車場に入って休憩しよう。
大観山駐車場だ。さっきの丸目の車も駐車場に入って来る。
俺が適当な所にジュリアを停めると、丸目が横を通り過ぎる。ドライバーが片手を俺にあげて挨拶する。俺も手をあげて挨拶を返す。いい歳の男だ。40前後だろうか。
丸目はポルシェ911だった。後姿を見るとTURBOの文字が有る。最新型のポルシェ911ターボ。速い筈だ。ポルシェは俺が停めたスペースのすぐ先、30メートル程離れて停める。周りにはポルシェが更に3台。写真を撮っている。ポルシェオーナーの集まりか・・・
外に出て伸びをする・・・景色を眺める。ジュリアのエンジンが『チンチンチン』と冷えて行く音を立てる。風が涼しい。ジュリアを振り返る。車の周りを一周回って見る。赤いボディに雲が映っている。
「こんにちは」
突然声を掛けられる。振り向くとカメラを持った30過ぎの男。後ろにさっきのポルシェの男か・・・挨拶を返す。
「こんにちは。気持ちいいですね」
ポルシェの男が話しかけてくる。
「ジュリアのクアドリフォリオですね・・・」
「お宅はさっきのポルシェの?」
「はい。車雑誌の撮影で来てます・・・いいペースで走ってましたね」
「ははは・・・お恥ずかしい。すぐに追いつかれちゃいましたね」
「いやあ、ポルシェターボでもなかなか追いつきませんでしたよ」
冷や汗・・・・ポルシェ氏が言う。
「実は、ジュリアのクアドリフォリオを峠道で走らせた事が無くて、もし、宜しければ少し運転させて頂けないかと・・・厚かましいお願いですが」
「いいですよ。好きなだけ乗って下さい。但し、横に乗りますよ」
厚かましく頼んで来るからには、運転には相当自信があるのだろう。プロならば運転技術を見るいい機会だ。
別の編集者が、ポルシェ氏はツーリングカーレースにも数年前まで出ていたドライバーだと言う。
走り始めてすぐに、ポルシェと比べても、ステアリングの切り始めが、相当にシャープだと彼は驚く。
速い。隣に乗ると、ジュリアは、オーナーの俺が運転しているよりも頑張る。加速が良く感じる。最初のコーナーは確かめるようにユックリと走る。
4つ目あたりのコーナーから横Gが凄い・・・ジュリア、踏ん張れ。次の左コーナーの途中からジュリアのテールが右に流れる。ドリフト状態でコーナーを立ち上がる。次の右コーナーに入る時にはすでにテールが左に流れている。ドド・・・ドリフト。このグリップの良いタイヤでこんな走りをするのか。
「本当は完全にグリップさせた方がタイムは速い場合が多いんですけど・・・こんな風に遊ばせてくれるのは、さすがアルファですね」
ドリフトしながら普通に喋るな・・・モードセレクターは『レース』になっている。
峠を下ってUターンし、また登って行く。
大観山駐車場に着くころには背中が汗でビッショリになる。ドライバーは平然としている。
俺だってジジイだけど、力では負けないぞ・・・腹が減って無ければ。
止まってドライバーが一言。
「こんな4ドアセダンはメルセデスのAMGかBMWのM3,M5位しかないですね・・・素晴らしい。欲を言えばブレーキですね。ブレーキはAMGの方が優れています。だけど・・・ちょっと飛ばしている位の時の刺激はジュリアですね。楽しい」
後ろの席に乗っていた編集者が、車から降りながら言う。
「普段からこれに乗ってるんですか?」
「人を乗せたり、リラックスしてどこかに行きたい時は『G』ですね」
「新型のGですか?」
「そうです。真四角の実用車って感じでいいですからね」
「あのディーゼルはパワー有りますからね」
「ディーゼルは嫌いなんで・・・」
編集者が言う。
「もしかしてAMGとか・・・」
「そうです。G63です」
さらに近寄って来た彼らの仲間もそろって『オーッ』と声を上げる。
1人が言う。
「G63とジュリア・クワドリフォリオなんて最高の組み合わせですね」
それと15歳の美女2人も組み合わせてる・・・
「写真撮らせて頂いていいですか?・・・別枠で、箱根でジュリア・クワドリフォリオに試乗って感じで使いたいんで」
「ああ、いいですよ」
俺はポーズを取る。下がっていたカメラマン氏が近寄って来る。
「済みません・・・車だけ・・・いいですか?」
俺は要らない・・・確かにこんなジジイの写真を雑誌に載せてもしょうがないな。
ニガ笑いして車から離れる。雑誌が発売になったら送ると言って住所を聞かれた。
ポーズを取ってしまった自分が、やたら恥ずかしい。
大観山からの下りは箱根新道を使う。ターンパイクの下りの高速コーナーで、さっきの調子で走ったら谷底へ落ちそうな気がしたのだ。
箱根新道のカーブは総じて急だ。即ち速度が低くなる。
ちょっと色気を出してダイナミックモードに切り替える。飛ばし気味に、アクセルを踏み込みながらコーナーを脱出しようとすると、後輪がスムースに外側に流れる。ドリフトだ。普通はそこで、アクセルペダルの踏み込みを緩めて流れを調整するが踏みっぱなしでも丁度いい流れ方と、前へ進もうとする駆動力を調整してくれる。踏み込み過ぎてスピンする事が無い。峠を降りきって駐車場に停める。背中に汗。
ジュリア・・・お前はスポーツだ。
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