第63話 金正恩と弓香
6月6日午後5時
JIA赤坂事務所。
入ってすぐの3台の事務机には2人の男とジェーンが座っている。ヘッドセットを着けて誰かと真剣に話をしている。ジェーンは通話が終わったようでヘッドセットを外し、部屋に入ってきた俺を見てにっこり笑う。秋葉原で4人の女を犯した事は知られたくない。
俺は二階堂と奥の部屋に入りソファーに座る。
テーブルには朝鮮半島の地図が広げられている。ソウルと平壌の位置には赤いマークが付けられている。 北か南。どっちにしろ朝鮮半島だ。
二階堂が正面に座り言う。
「北朝鮮の拉致被害者を全員解放させます。金正恩の指示で」
思わず二階堂の眼を見る。冗談ではなさそうだ。
「王様(金正恩)を誘拐でもしますか?」
「それも考えましたが、彼が外に出てしまうと、クーデターが発生し、他の誰かが金正恩のポジションに座ってしまう危険性があります。虐げられている金一族の誰もが金日成の血を引いている訳ですから。それと、金正恩の家族を誘拐しても、こちらの要求を呑むかも分かりません。愛人を選ぶと言う選択肢もあります」
頷きながら次を待つ。
「金正恩を権力の中心に置いたまま拉致被害者解放の指示を出させます」
「核爆弾でも平壌にセットしますか?」
「もっと直接的にやる考えです。金正恩の喉元にナイフを突きつけて指示を出させる」
「・・・うろ覚えなんですが、被害者の数は日本政府が認定した17人から、政府交渉で帰国済みだった5人と、前回連れ帰った5人と帰国の意思のない1人を引くと、残り6人ですよね。しかし、警察白書には数百人の被害者がいると書いてあったと思いますが、もし、金正恩が全員を解放するとなると、その人数をどうやって日本に連れて帰りますか?」
「最近、話題になりませんが『万景峰号』覚えてますか?」
「マンギョンボン号ですか。覚えてますよ。確か新しい万景峰号は『万景峰92』で新潟港に出入りしてた船ですよね。拉致被害者の何名かは古い方の万景峰で連れていかれたとも言われている」
「そうです。あの船を使うか飛行機を使うかです。古い方の万景峰は改装されて、しばらくは北朝鮮の北の国境の街『ラソン』からロシアのウラジオストクへの定期便として使われていました。考えているのは新しい方です」
「西の平壌から東側の港までの移動も大変そうですね・・船だと」
「そうです。有力なのは平壌からの航空便です。JALはいつでも使えますから」
JALは倒産時に政府の力により再建されているので政府には逆らえない。また、拉致被害者を連れ帰ると言う宣伝にもなる
二階堂が続ける。
「ただ、殆どの被害者は平壌近郊にいますが、朝鮮半島の東側に住まわされている被害者も何人かいます。上手く平壌まで連れて来れるかが問題ですね」
俺無くしては成り立たない計画。
金正恩の元に忍び込み脅す。それだけだ。
CIAの協力も必要だ。NSAの衛星で金正恩の居場所を見つける必要がある。
北朝鮮の片田舎で会った母子の姿が目に浮かぶ。
赤坂のJIAのマンションを出る。何となく銀座に向かう。西銀座地下駐車場にG63を入れる。
午後7時過ぎ。クラブに行くには時間が早すぎる。地下に長い駐車場の有楽町側に停める。
地上に出た。数寄屋橋交差点が目の前だ。
三越の店員、『弓香』に電話する。
母親が若い頃、弓道をやっていて『弓』の字を付けたらしい。
丁度、早番の勤務が終わって更衣室で着替えているところだった。
俺が立っている数寄屋橋交差点の、はす向かいのロッテリアで待ち合わせる。
アイスコーヒーを買い地下に降りるが若者で混みあっている。階段を上がり道路に出る。
並びにNIKONの看板を出したカメラ屋が有る。ウィンドウを覗くと中古カメラやレンズが並んでいる。殆ど全部がデジタルカメラだ。フィルムの時代はとっくに終わっている。
昔、持っていたニコンF2やニコマートを思い出す。85ミリF2のレンズが好きだった。女性のポートレートに最高のレンズだ。
肩を叩かれる。振り向くと弓香。白いシンプルなワンピースに紺のカーディガン。笑うと見える八重歯が可愛い。元気に挨拶する。
「こんばんは。電話くれないかと思ってた」
「銀座に来たら君に会おうと思ってた。今日は丁度近くまで来たから」
「買い物ですか?」
「いや・・・人に会ってただけだよ」
「だれかな~。美人さんでしょ・・・それとも聞き込み。警察の仕事かな」
「ただのヤボ用だよ」
「ヤボ用って、刑事ドラマでよく聞く」
「ヤボな用事。どうでもいいような用事だな。お腹空いてるか?」
「少しだけ。今日は昼の休憩が遅かったから」
「じゃあ少し歩くか」
2人で歩く。娘とオヤジだな。
何となくウィンドウショッピングだ。綺麗な服を見るたびに弓香は立ち止まる。
裏通りにも小さな洒落た店が多い。
一軒のブティックの前で止まる。ジックリとウィンドウを見ている。
「素敵。ああいうの着て、高級なレストランとか行ったら素敵ですね」
薄いイエローのタイトスカートとジャケット。マネキンの首には真珠のネックレス。
「着てみる?」
弓香が驚いたように俺を見る。
「・・・・」
彼女の背中を押して店に入る。40歳位の女性店員が腰を屈めて出て来る。
「この子にショウウィンドウのイエローの着せて見たいんだが」
店員が弓香を数秒見て言う。
「ウィンドウのは少し大きいようなので、こちらのをご試着下さい」
壁際のハンガーに掛かった一着を手に取る。同じ服だ。弓香を更衣室に案内する。
マネキンが来ているインナーの白いシャツを俺に見せる。シルクだ。
弓香が更衣室から俺を呼ぶ。
ウィンドウの中と同じ服を着た弓香がいる・・・セクシーで品が有る。
「ピッタリ」
「いいじゃないか」
弓香が声を潜める。
「中本さん、これ値段見ましたか?高すぎ。私、一桁間違えて値段見てた」
小さく控えめに付いている値札を見る。38万円。
「シャツもあるよ」
俺の声を聞き店員がシャツを持ってくる。弓香に渡して引き下がる。
彼女が値札を見る。32000円。首を振る。
「無理。私には似合わないです」
「いいから着て見ろ」
弓香はカーテンを閉じる。次にカーテンが開くと、白いシルクのシャツとイエローの上下に包まれた弓香が俺を見て遠慮勝ちに微笑む。
「いいな。これにしよう」
店員が揉み手で近寄る。
「もし宜しければですけれど、ウィンドウと同じ真珠のネックレスも有りますが、ご覧になりますか?」
弓香は手を横に振ったが俺は頷いた。店員が2つの真珠のネックレスを持ってくる。
両方とも本物の真珠だが、片方は真珠の粒が完全な球体ではなく、少しいびつな為に安いと言う。ウィンドウと同じ物だ。18000円。 もう片方は完全な高級真珠だ。ケースに『ミキモト』と書いてある、グレー系のアコヤ真珠だ。38万円を30万円にすると言う。これは安いと店員が勧める。どうやらこの店のオーナーのようだ。
グレー系の真珠のネックレスを弓香に渡す。
「これも着けて見て」
恐る恐る弓香が首にネックレスを廻す。店員が装着を手伝う。
完璧だ。更衣室から出させて歩かせる。さっきのワンピースも清楚で良かったが、これはセクシーなお嬢様だ。履いてきた白のパンプスは、どうにかミスマッチでは無い。弓香に聞く。
「どうだ?」
「どうだって言われたって、何にも言えません!」
店員に言う。
「コレ着て行くから、彼女の来てた服を袋に入れて」
「はい・・・真珠はどうなさいますか?」
上目使いで俺を見る。
「今してるやつで」
店員は全ての値札を手早く切り取り、更衣室の床に脱ぎ棄てられた彼女の服を丁寧に袋に入れる。
「全部で712000円になります」
カードで払う。財布には10万円しか入っていなかった。
弓香は店内の鏡の前に立ち、ネックレスを触っている。
「ネックレスの保証書とケースも一緒に入れておきますので」
店員が弓香に言う。
そんな事は聞いていない。ただ鏡に映った自分を見つめている。
店名の入った大きな袋を持ち、駐車場へ歩いた。
「もう、お腹空いただろ?」
「なんだか、よく分からない・・・なんでこんな高い服買ってくれるんですか?」
「似合ってたから」
「ネックレスまで・・・・」
西銀座駐車場に降りる。助手席のドアを開ける。
「これってベンツ?」
「そう、メルセデスのGって車」
「私、外車に乗るの初めて」
シートにちょこんと収まった弓香の顔は子供のようだ。車内を見回す。
帝国ホテル。フランス料理『ラ・ブラッセリー』
ディナーコースを注文する。
*グリーンアスパラガスのサラダ 生ハム添え
*春野菜を浮かべたコンソメスープ
*カンパチのグリルと小烏賊のソテー ポテトのエクラゼとレモンバターソース
*鴨のロースト 赤ワインとチェリーのソース
*好きなケーキ
*コーヒー
アルコールはやめておく。彼女も酒は弱いらしい。
弓香は帝国ホテルに来たのも初めてだったが、カンパチのグリルに手を出す頃には落ち着いてくる・・・笑顔が戻る。
雰囲気に服装も負けていない。
フランス料理のマナーを気にしていたようなので、俺はわざとワイルドに食べて見せる。
バターソースに千切ったパンを付けて食べる。
弓香はケーキを追加して2個食べた。満腹だ。
会計・・・28000円。カード払い。味と雰囲気を考えるとリーズナブルだ。
駐車所には戻らずにフロントに向かう。顔見知りのフロントマン。部屋を取る。
弓香は後ろのソファーで休んでいる。
キーを受け取り弓香を立たせる。
「ちょっと休んでいこう」
キーを見せる。弓香が小さく頷く。
経験は少ない・・・男のだ。ベッドの上では緊張で固くなっていた。
俺のジュニアはもっと固くなっていた。
俺の胸の上で、初めてでなかった事を恥じる。高校生の時に付き合っていた男と数回の経験があると言う。俺はそんな事には全く拘らない。ベッドの上で楽しめればいい。
恥じらう20歳のカラダと表情を存分に楽しんだ。
夜12時。部屋の電話が鳴る。弓香は寝ている。
受話器を見て、金正恩のヘアスタイルを思い出した。1人で笑いながら電話に出る。
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