第60話 欲望

6月4日

夕日を右に見ながら舞鶴港に戻る。

北朝鮮からの人達17人には、作戦室で食事を与えられた。簡易ベットも持ち込まれ、横になって休憩する。不安な表情は陸に上がるまで消えないだろう。

今日の作戦全部が終了したのが午後4時だ。彼らには作戦室でジェーンの通訳によるレクチャーを受けてもらう。ボートで脱北した後、護衛艦『あたご』に救助されたという事だ。

当初の記者会見はそれで乗り切れる。あと4時間ほどで若狭湾に入る。

不自然さを出さないために舞鶴に着いたらすぐに記者会見だろう。


俺は甲板で風にあたっていた。夕日が綺麗だ。

今回の報酬は、拉致された本人分が5人で75000万円。家族が12人で24000万円。合計99000万円だ。日本政府にとっては安い物だろう。


二階堂が俺の横に来て言う。

「今回も勝ちですね・・・見事としか言いようがない」

「どうも・・・舞鶴に行ったらいろいろ面倒そうですね」

「心配には及びませんよ。拉致された人が帰って来るわけですからね」

「そうですね。俺はここでお別れって事で先に東京に帰りますから・・・入金の方をヨロシク」

「99000万円ですね。明日の朝には入金されますので」

流石だ。もう計算が済んでいる。手に持っていたジャケットを着る。

「それじゃ、また」

飛び立った。東京に向けて一直線だ。頑張らなくても30分も掛からずに東京上空だ。

軽く音速を超えている。無性にアンに会いたい。まだ午後7時前だ。

革のライダーズジャケットでクラブも無いな。

銀座三越の裏通り、あづま通りに着地する。そのまま三越に入る。

適当に店員任せで買った。スーツジャケットとパンツ、インナーはTシャツ。若い店員だったのでセンスが良かった。丸顔だがハキハキとして丁寧で・・・

「仕事は何時まで?」

自然と聞いていた。

「早番なんで7時までです」

時計を見ると7時20分になっている。

「残業させちゃったね。お詫びに食事でもどう?・・・こんなジジイとじゃ嫌かな?」

ジジイの乱用だ。

「そんな・・・はい。いいです」

「じゃあ、向かいの和光の前で待ってるよ。中に入ってるかもしれないから、慌てないで」

店員は小走りに去って行った。多分まだ20歳かそこらだ。

来ていた革の上下は宅急便で自宅に送った。

わずか20分で娘(店員)が俺の待つ和光に小走りで来た。

汗が浮いている。

「急がなくていいって言ったのに」

「待たせたら悪いから・・・」

「よし。寿司・ステーキ・焼肉・天ぷら。何がいい?」

若い子は、大抵焼肉かステーキだ。

「焼肉・・・いいですか?」

「もちろん」

有楽町駅に向かって歩く。いつもの叙々苑・游玄亭に向かう。

デパートでの仕事の話を聞いた。高校を出て三越に就職できたと言う。

5分も掛からずに有楽町マリオンに着く。

娘は肉の質に驚き、見ていて気持ちいいほどよく食べた。

会計48000円 席で現金で払う。三越では洋服代で22万円払っていた。

娘が俺に聞く。

「中本さんは、仕事なんなんですか?・・・スッゴイお金持ちだから」

「仕事はね・・・正義の味方」

笑ってくれない。

「もしかして・・ヤクザとかじゃ無いですよね?」

こっちが笑ってしまう。

「悪い事はしてないよ。正義の味方だよ」

「分かった。警察の偉い人だ。絶対そう」

革の上下を着てデパートに来る警察官もいるのかな・・・まあ、いいか。

「まあ、そんなもんだな」

電話番号を交換して別れた。


午後9時。アンに会いに行く。

店の準備は着々と進めているようだ。シャンパンを入れようとしたが、今はピンクはダメだと言われ、クリュグの白を飲む。ママが新人だと言う子を連れて来る。シャンパンが空になったので新人が水割りを作ってくれる。グラスに氷。ウィスキーを注ぐ。みずを注ぐ。ここまでは良かった。マドラーをグラスに入れたと思ったら氷の音を立てて、派手にかき廻す。20回は廻しただろうか。アンの顔を見る。軽いため息。アンが優しく新人に言う。

「マドラーで混ぜるのは3・4回でいいよ」

「そうなんですかー。よく混ぜたほうがいいかと思って」

シェイクじゃないんだ。

暫くして、俺のグラスが汗をかく。新人はグラスを掴みオシボリで水滴を拭こうとする。

アンが言う。

「オシボリはグラスに使わないで、ペーパーで拭いて。それとグラスの上の方を持たないでね。口を付けるところでしょ」

30分もすると新人は疲れと酔いでソファーの背もたれに寄り掛かる。

さすがにアンが新人を席から立たせる。

「ごめんなさい。あの子、今日からで、私が今日は同伴だったんで何も教えられてないの」

「でも、水商売は初めてじゃないんだろ?」

「さっき、新宿で働いてたって言ってたでしょ。多分キャバクラだと思う」

「ま、しょうがないな。あれを店に出してしまうのはママの責任だからな」

「いいの。それで。ママの店だから、私は全部完璧にやりたいな。パーフェクト」

「ベッドの上みたいに?」

魅惑の微笑みだ。

「あとで」


帝国ホテル。いつも通り、ルームサービスで腹を満たし、ベッド上で欲望を満たす。

部屋のソファでテレビを見る。拉致被害者5人と家族が帰国を、繰り返し報じている。


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