第59話  拉致被害者救出

6月3日 

夕焼けの中を舞鶴の港から出て行く。以前乗っていたのは海上保安庁の船だったが今回は海上自衛隊の主力イージス艦であるミサイル護衛艦『あたご』だ。

艦橋には二階堂、ジェーンと共に海上自衛隊幕僚長となった河野も乗っている。

乗員300人がキビキビと動く。格納庫には白に塗られた『箱』が収められている。

北西に進路を取る。全速力の30ノット(約54km)で6時間移動し、そこから北朝鮮に向けて飛び立つ。『あたご』はさらに北西に移動し、決められた合流地点で箱を待つ。

港から出るとすぐに夕食の時間だ。食堂で座る俺とジェーンを隊員は好奇の目で見る。ジジイといい女。分かっている。黙々と食べる。河野が食堂に顔を出した。食堂内の全員が立ち上がり敬礼をする。河野は隊員をリラックスさせ座らせる。

俺の隣りに座る。周囲の隊員の態度が一気に緊張したものになる。仕方ない。

河野が俺に言う。

「勝算は?」

「負けると分かってる戦いはしないんでね」

河野がニヤッと笑う。

「負けるわけ無いですね・・・分かってますよ」

成功は勝ち。失敗は負けだ。

隊員が河野に食事をたずね、彼は頷く。すぐに隊員が俺達と同じ、カニクリームコロッケ、ご飯、みそ汁を持ってくる。コロッケが旨い。

ジェーンは河野と面識があるようだが多くは話さない。河野は竹島の件の詳細を聞きたいようで、小声での話が続く。

食事も終わり、眠くなってきた。俺には個室があてがわれていた。

食堂のコックに出発前の深夜の食事と、携帯できるオニギリを頼んだ。水も忘れない。

俺の部屋の隣りがジェーンの個室だ。通訳として一緒に北朝鮮に行くので特別扱いだ。当然、俺の部屋に引っ張り込む。食堂で大勢の男に目で犯されていたジェーンの身体が本物を求めている・・・・我ながら、いい解釈だ。

個室と言ってもベットが狭い。2人では尚更だ。頭やヒジをぶつけながら1時間抱き合った、そして眠る。ジェーンが部屋から出て行ったのを俺は知らない。


甲板上に白く塗られた箱が寝かされている。北朝鮮で目立たない服装のジェーンが箱の中に入り、ベルトを締める。俺の食料と水を入れてもらう。俺はいつもの革のジャケットに革パンツ。酸素タンクの残圧を確認し、ドアを閉める。箱を起こして背負う。横に二階堂と河野。それ以外は露払いされて誰もいない。酸素の供給を毎分10Lに設定した。

2人に軽く手を上げる。『そんじゃ』・・・離陸。

ここから目的地まで900km弱。イージス艦『あたご』はさらに200km北上した位置で待つ。


上空3000メートル。ジェーンにマイクで話しかける。

「ハニー・・・大丈夫か?」

「フフフ・・・ハニーは大丈夫です。集中して飛んでね」

分かってるって。箱の中に一緒に入りたいけど。


上空10000メートル。一度だけ高度を下げて深呼吸。30分で朝鮮半島が眼下に見える。高度を5000メートルに下げて飛ぶ、3000まで下げて深呼吸したいが我慢だ。韓国領土だが、どこでも俺には関係ない。さらに15分後、平壌が近い。高度を下げる。小型のGPSで位置を確認する。拉致被害者の1人の家の近くに、資材置き場の様な場所が有る。着陸。

そのまま動かずに様子を見る。5分。何も起こらない。酸素の供給を止め、箱を寝かし、ドアを開ける。ジェーンが元気で出てきた。彼女のバックには拉致被害者のリストと銃が入っている。

深夜2時。通りに出るが誰もいない。GPS頼りにひとつの家の前にたどり着く。アパートだ。ここの3階。階段を上りドアを確かめる。ドアに書いてある名前とリストの名前を照合する。間違いない。次の家も近くのアパートだった。被害者の4件のアパートが近くにある。一般の人から見れば高級住宅地なのかも知れない。残りの2件は多少離れていたが、ジェーンを抱えて飛び、確認が取れた。問題の1軒には銃を持ったセキュリティーが2人いる。ここは最後だ。

全部の住居を確かめ終わったのは朝の5時になっていた。箱を置いてある資材置き場に戻り、中に置いてあったオミギリを食べる。タクアンがオニギリの横に入っている。嬉しい。

ジェーンが俺の顔を見る。

「よく、こんな時に食べられるよね」

「腹が減ってはHは出来ぬ」

ジェーンに抱き着こうとするがビンタをもらう。


6時になりジェーンは最初の家に向かう。俺は無線機を持って待つ。

6時半。拉致されていた男性と奥さん。子供二人をジェーンが連れて来る。

箱に入るのを奥さんが怖がり、4人が横になるまでに20分が過ぎる。

ジェーンが優しく4人にベルトを締めてやる。ドアがロックされる。箱を立てると箱の中が騒がしい。ジェーンが俺の横に来て、マイクで中に話しかける。少し落ち着く。

すぐに離陸だ。酸素を40Lに設定して離陸する。

ジェーンは次の家に1人で向かう。


高度5000メートル。無駄かと思ったが箱の中に話しかける。

「アー ユー オーケィ?」

「・・・オーケィ」

大丈夫なようだ。

高度を10000メートルまで上げながら飛ぶ。イージス艦『あたご』の甲板に着艦するまでに3回高度を下げて深呼吸した。所要時間は平壌より50分だ。

立てたままの箱から4人が下りて来る。河野と二階堂が迎える。通訳も一人付いている。

彼らは怯えながら艦内に入っていく。酸素の残量を確認する。70気圧・・・満タンに充填された物に替えさせる。その間に二階堂が持ってきてくれていたオニギリを食べる。2時間後にかつ丼を食べたいとリクエストする。

残圧チェック。200気圧だ。

休んでいる暇はない。ジェーンが心配だ。

すぐにロケットの様に飛び立つ。一気に高度10000メートル。箱は空だ。

飛ばす・・・静かになる・・・多分マッハ1を超えている。時速1600kmから1700km位か。箱を背負っているとこれが限界だ。一度、3000メートルまで高度を下げただけで、平壌の上空に着く。所要時間約30分。

朝の資材置き場に猛スピードで降下する。着地の寸前でスピードを落とす。

誰の眼にもとまらない。犬が吠えただけだ。

無線機のスイッチを入れて、通話ボタンを3度押す。これが平壌到着の合図だ。

待つ。3分・・・5分。ひたすら待つ。ジェーンの笑顔が浮かぶ。10分。

資材置き場を出ようとした時に3人を連れたジェーンが、何気ない素振りで歩いてくる。

女1人子供2人。拉致された女性とその子供達。

離陸までに30分掛かる。言い聞かせ安心させるのが大変だ。


『あたご』に着艦。ここを離陸してから丁度2時間と言うところだ。

4人を降ろし、ボンベを交換している間に、かつ丼を食べる。緑茶が一緒に用意されていた。温まる。これをあと4回繰り返さなければならない。

二階堂が次のリクエストを聞く。考える・・・天丼。


平壌の資材置き場でジェーンを待つ。通話ボタンを押してから10分が経っている。

無線機からいきなりジェーンの声。無線機を落としそうになる。

「3組目は日本に帰れないそうで、今4組目の説得中。ちょっと待ってて」

15分後、夫婦と子供2人。男が拉致被害者だ。


『あたご』の甲板で天丼を食べる。3人の拉致被害者と家族8人は連れ帰った。

あと2往復だ・・・ガンバレ、俺! リクエストは『うな重だ』。


平壌の資材置き場から、無線機でジェーンに連絡をする。5分後にジェーンが3人を連れてきた。夫婦と老婆1人。老婆が被害者でその息子と嫁だった。

資材置き場から距離があったので、俺からの連絡の前に家を出て資材置き場に向かっていたらしい。3人とも意外と素直に箱に乗ってくれた。事前のジェーンの説明が良かったのだろう。ジェーンは最後の難関に向かう。俺も急いで帰ってこなくては。


うな重を食べながら飛行の事を考える。

高度10000メートルでの飛行を20分は楽に続けられるようになっていた。

無理すれば25分近く高度を維持できる。


平壌まで高度を下げることなく到着した。片道の飛行時間が30分、うち高度10000メートルが25分だ。上昇と下降で5分。平均速度、時速約1600km。

資材置き場からジェーンに連絡。5分後に返答。拉致被害者の家まで来て欲しいと言う。1人が足が悪く、歩けないらしい。セキュリティの警護する家から逃げ出すのは大変だろう。

革のジャケットを脱いでTシャツになるが、革パンツはそのままだ。目立つが仕方ない。飛ばずに走る。10kmの道のりを10分ちょっとで走ってしまった。時速50キロ以上で走るジジイは世界広しといえどもいないだろう。ジェーンの事が心配で急ぎ過ぎた。

家の前にたどり着く。道路の反対側から様子を伺う。何か匂う。セキュリティーの人間に替わって兵士が立っている。家を見つめて集中する。透視。家の中には大勢の警官と銃を持った兵士。リビングに寄り添う家族3人。ジェーンの姿が見えない。


無線機に向かって話す。

「あと10分で到着」

「・・・待ってるわよ」

おかしい。こういう状況で『待ってる』に『わよ』をジェーンが付けるわけがない。

無線機のアンテナに集中。

「そっちは大丈夫か?」

「大丈夫だわ」

電波が見える・・・ジェーンの声は家の方からは来ていない。

飛び立つ。高度1000メートル。

「何人だ?」

「5人。一度で帰れるわね」

ハッキリ見えた。斜め前方1500メートルを走る黒の旧型メルセデスSクラスから。

車に向けて急降下。後ろの席にジェーンの姿を確認。

後ろのバンパーを掴んで車を止める。男達2人が出て来る。手には銃。光の玉。

ジェーンの横にいた男が、銃をジェーンに突き付けて車から降りる。念力・・・銃を握る男の手を開く。銃が落ちる。ジェーンが男の腹に強烈なパンチ。彼女は男の銃を拾う。

男にメルセデスを運転させ、拉致被害者の家に戻る。俺達は姿勢を低くして隠れる。

入口の兵士は運転している男を見て門を開ける。建物に入る。銃を持っている男達を全員宙に浮かし、銃を引き寄せテーブルの上に集める。

集まった銃はライフルと拳銃で14丁。天井に張り付いていた男達を床に落とす。殆どが気絶する。意識のある者はもう一度浮き上がらせ、勢いをつけて床に叩きつけた。

救出する被害者は3人だ。被害者の男性と奥さんと子供。銃をテーブルクロスで包む。

3人とジェーン、包んだ銃をテーブルに乗せた。テーブルの下に潜り、持ち上げる。光の玉で窓を破壊し、外に飛び出た。すぐに上昇する。

門の兵士が銃を撃つが当たらない。

資材置き場に4人を乗せたテーブルが着陸する。銃はお土産で、持って帰ってやる。

その位のスペースは有るだろう。


1時間半後、俺とジェーンは船室の狭いベットで抱き合っていた。危険から脱出できた興奮でジェーンは激しい・・・ダメだ。腹が減ってきた。



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