第54話 北朝鮮へ

5月29日

マニラの国際空港、NAIA(ニノイ・アキノ・インターナショナル・エアポート)の第1ターミナル駐車場に着陸する。午後1時だ。ヘルメットと長袖を脱ぎ、出発フロアへ歩く。


ついさっきまで、ボラカイの夢の様なホテルに居たのが嘘のようだ。

チェックアウト時に宿泊費と合わせて16万ペソ近くを払った。

手持ちのペソが足りなかったので、日本円で3万円を足す。念の為に、少しはペソも残しておきたい。


空港ターミナルに入るだけでもセキュリティーで行列だ。飛行機に乗るまでに、セキュリティーチェックが3回ある。

JALカウンターは実に愛想がいい。数人の日本人以外はフィリピン人のスタッフだが、全て日本語で対応する。

ビジネスクラスのラウンジで軽く食事。ボラカイのシャングリラで早めのランチを食べてきていたが、飛行の後は腹が減っている。


電話・・・二階堂からだ。

「きょう、お帰りですよね」

彼らにしてみれば当然なんだろうが、行動を全部知られているようで、少し気分が悪い。

「夜8時位には成田ですよ」

「お帰りになってから、少し時間を下さい」

承知した。今度は何だろう。


機内では食事の後、熟睡した。

綾香とマキも良く寝ていた。朝からプールで遊んでいたのだ。そしてヘルメットを被って1時間の飛行。疲れる筈だ。


成田到着は30分の遅れ。マニラ空港からの離陸に時間が取られた。

空港には二階堂が迎えに来ていた。

目立たない黒のレクサスLS。飛ばす。

最新型のレクサスではない。最新型は後部座席が狭く、JIAの様な連中には実用性に欠けるだろう。

娘達を俺のマンションで降ろし、そのまま赤坂に向かう。

途中、新橋の手前で二階堂に電話が入り、総理官邸に向かうとこになった。

安倍総理も富ヶ谷の自宅から官邸に向かっている。

きょうは、体調不良と言う事で午前中に官邸から引きあげたらしいが、ゆっくり休んではいられないだろう。


総理官邸内、応接室。

二階堂とソファーに座って総理を待つ。

10分ほどして、2人のSPと共に安倍総理が来る。

一通りの挨拶をして、すぐに本題に入る。


北朝鮮による拉致被害者を連れ戻して欲しいと言う依頼だ。

JIAの職員が同行すると言う。JIAが行くと言う事は、政府関係者が政治的な交渉で連れ帰るのではないと言う事だ。

アメリカ大統領であるトランプ氏とは、拉致被害者に関しての話は進まなかったようだ。


韓国語が堪能なJIA職員が拉致被害者のリストに従って訪問し、日本への帰国の希望を聞き、帰りたいと言う事なら連れ帰る。盆踊りに誘うような気軽さで北朝鮮から連れ帰ると言う計画だ。自衛隊も政府も動かずに行うからこそ成功の確率が高いと言う。

きっと二階堂の計画に総理が乗ったに違いない。


官邸を引き上げ、赤坂のJIAの部屋に二階堂と移る。女性職員がコーヒーを持ってくる。

タイトスカートが艶めかしい20代後半。美人だ。

彼女の姿に気を取られていると、二階堂が紹介する。

「今回の作戦で中本さんのパートナーの奥田ジェーンさんです」

オクダ・・・ジェーン。

手を差し出され握手に応じる。

「彼女はフランス人とのハーフです。母親が日本人で、英語、日本語、フランス語、中国語、韓国語、スペイン語を自由に扱います」

ジェーンがソファーの向かいに座る。スカートのスリットから覗⦅のぞ⦆く足が綺麗だ。


彼女に気を取られながらも打ち合わせは続いた。

JIAの持っているリストでは拉致された直接の人数は6人。家族も入れると21人になる。6人を訪問して帰国の意思を聞かなくてはならない。

帰国の場合は船や飛行機は使えない。俺が飛んで連れ帰るのだ。

幸いにも、リストの6人全員が平壌近郊に住んでいる。

飛ぶ装備を考える。セブで使ったボートを進化させた物が必要だ。

二階堂に提案した。

全長250cm幅200cm高さ60cm位で流線形。中に4人が横になれる飛行機の様なジュラルミン製の箱を作る。箱の底部には、全体のバランスの中心に、俺が背負えるように、バックパックに付いているような、ショルダーベルトとウェストベルトを付ける。ベルトの材質は4人が乗って高速で飛行しても可能なように丈夫なもの。箱の中は密閉構造で気圧を保てること。オーバープレッシャーバルブを付け1気圧を超えた機体は排出されるようにする。中には酸素タンクを設置するスペースを設ける。


二階堂が、一度で飛べる距離とスピードを聞いてくる。

大きな荷物を背負うとなると、距離は最大で1000km、スピードは時速800km平均と答える。

一日で何往復もの輸送を前提とすると、日本本土まで飛ぶのではなく、日本海上に船を用意し、船から北朝鮮の往復をする方法がいいと二階堂。人目にもつかない。

横で聞いているジェーンが箱のデッサンをしている。進行方向をもっと薄くと指示する。

箱の厚みに関してはアサルトライフルに耐えられる程度の強度は欲しいと言った。

二階堂が言う。

「日本海上でギリギリに船を待機させるとして、平壌までの距離を800kmとすると1時間ですね」

俺が答える。

「箱のデザイン次第で、多少の時間短縮も可能かも知れません・・・ところで報酬は?」

「今、手元に有るリストの6人については1人1億円。その家族については1人あたり2000万円でどうでしょうか?」

「・・・5割り増しでお願いします。本当は倍と言いたいけど。これだけ長く尾を引いてる問題ですからね」

別に金額は問題では無かったが、全て言いなりではないというポーズだ。

「分かりました。本人の分に関しては大丈夫ですが、家族の分に関しては2000万でお願いできないですか?」

「いいでしょう。経費はそちら持ちですよ・・・箱を作ったりとか船の用意とかは」

「もちろんです」


箱については細かく指示を出した。

箱の内容量が約3000リットルだが人が乗った時の空気の容量は異なって来る。4人が乗った時の酸素濃度の低下を考慮する。

最近ダイビングでも実用化されてきているリブリーザー式も考えるが、高気圧下に行くわけではないので、純酸素をフローさせればいいという結論だ。

毎分40Lの酸素を60分フローさせるとなると2400L。

片道はスタッフが一人乗るとなると10Lを60分で600L。

3000Lの酸素を200気圧でタンクに詰めると15L。

4Lの酸素タンクを4本だ。船に交換用のタンクを用意する必要もある。酸素ボンベの交換を簡単に交換できるように設置。いざとなったらスピードが落ちるが高度を落とせばいい。その時の為に、開閉できる空気穴も必要だ。箱の中と会話できるような装置も欲しい。


3時間に渡って、箱の設計と作戦の打ち合わせをする。

赤坂のマンションを出たのは深夜の1時だ。



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