第50話 徴用工像と慰安婦像
5月24日昼
綾香に昼ごはんだと言って起こされる。
ゆうべは吉原で釜飯を食べて、帰ってきたのが4時だった。
香水の匂いが気になったのでシャワーを浴び、ビールを1本飲み、ベットに入ったのが、明け方の5時だった。綾香とマキの2人が俺のベットの真ん中で寝ていたので、仕方なく別の寝室で寝た。
綾香がお好み焼きを作っていた。さえ子が作るのを見ていて覚えたのだろう。
少し粉っぽかったが、味はなかなかの物だ。
娘達は、どこかに遊びに連れて行けと言ったが、セブから帰って、まだ1週間も経っていない。何日か待てと言っておいた。
午後3時
銀座の不動産屋。
来客用テーブルに広げた書類にアンがサインをしている。
不動産屋が俺に言う。
「これから大変ですよ」
何の事か。手続きの事か、それともこれから金が掛かるぞと俺に言っているのか。
確かに手続きは大変だ。消防の許可、保健所の許可。一番時間が掛かるのが『風営法』の許可だ。クラブも風俗営業の一種なのだ。
全ての許可が下りるのに短くて2か月が掛かる。
飲食業は『2・8(ニハチ)』と言って、2月と8月は暇なのだ。暇な8月にオープンして自分を含めた従業員に店に慣れさせるのだと言う。賢明な考えだ。
アンが、不動産屋の手数料54万円を含めた約610万円をテーブルに置く。
アンには前もって1000万円を渡しておいた。
店舗の契約が終わり鍵を受け取り、自分の物となった銀座八番館の店に行く。アンの足取りは軽い。店内に入り、俺を振り向き抱き着いて言う。
「本当に有難う。5年間の私の夢だったの。頑張るからね・・・応援してね」
分かってます。ガンバレ。
これからアンは忙しいだろう。保健所で講習を受けたり、手続きに走り回る事になる。
あと1000万円はアンの口座に振り込む事にした。
ビルの外に出て、並木通りの向かい側のうどん屋『木屋』に行く。
大盛りの、冷たいうどんと天ぷらを食べる。
赤坂のJIAのマンションに行く。
二階堂が俺を迎える。
出来立ての銅板のプレートが4枚。ハングル文字で何か書いてある。
『日本のメシは旨かった』と書いてあると二階堂の説明。
4枚と言う事は4か所の銅像を太らせるわけだ。
人民服を渡される。少し大きいが、俺のサイズに近い。帽子もあった。
鏡に映った人民服姿の自分を見る・・・笑えた。
自分の部屋にバックに入れたプレートと人民服を持って帰る。
午後8時。マキが作った『豚肉の生姜焼き』旨かった。
2人には食費を渡してある。近くのスーパーに買い物に行っているようだ。
一息ついて韓国に出発だ。九州あたりで一休みだ。地図を見る。博多あたりがよさそうだ。
徴用工像の場所と日本大使館の場所は、グーグルマップにマークしてある。衛星の電波で使えるスマホを二階堂から受け取っていた。
午後10時
綾香には仕事でベランダから出て行くと伝えた。
マキがシャワーに入った隙に人民服に着替える。オリンパスのカメラのストラップを首に掛け、上着の中に入れる。帽子はポケットに。カロリーメイトとチョコレート、覆面も忘れない。背中に4枚のプレートを背負う。
ベランダから飛び立ち、一気に10000メートルに上昇。太平洋側の海岸線を西へ。
15分は高度を保てるようになった。3000メートルまで下降して深呼吸。再び10000メートルへ。それを2回繰り返すと足摺岬が眼下に見えた。
10000メートル近くまで上昇すると、気圧が0.3気圧を下回る。空気が薄いから抵抗は少なくなるが、身体が必要とする酸素が十分でない。
海に潜る時は海面で大きく息を吸い込んで潜る。深く行くほど周囲の圧力が高くなるので、肺の空気が圧縮される。
10メートル潜る毎に周囲の圧力が1気圧増えるので、水深10メートルでは、水面での気圧である1気圧を加えると2気圧となる。肺の大きさが水面での半分になるわけだ。
しかし、大気圧の低い上空に行くと、どんどん気圧が下がる。陸上で空気を吸い込んで、息を止めたまま上昇すると、肺が膨らんでくる。周囲の圧力が3分の1になると肺の大きさは3倍になってしまう。肺の破裂だ。呼吸をしながら上昇すれば肺の中には周囲の圧力と同じ圧力の空気が取り込まれるので問題は無い・・・しかし、人間の体には最低限必要な酸素の圧力がある。人によっても異なるが、3000メートルを超えるような山に登ると、頭痛などの高山病になる人が多い。3000メートルでの空気の濃度は海抜面の3割ほどが減った程度だ。
ちなみに、空気中の酸素の割合は21%程度で、残りの殆どが窒素だ。
俺の身体が低酸素に対応するようになっている。
進路を少し北に変え、九州上空を横断する。
福岡の上空1000メートル。海沿いに鉄塔が見える。鉄塔の海側に着地する。
『博多ポートタワー』だ。近くにはフェリー乗り場が有る。
座って休憩を取る。背中のプレートが邪魔だが仕方ない。
左腕のオメガを見る。11時を少し過ぎたところ。
約1時間で福岡まで来た。ここから韓国まではすぐだ。ポケットからカロリーメートを取り出して食べる。飲み水を忘れたので、飲み込むのに時間が掛かる。
一気に片づけるか・・・後の反応が楽しみだ。
念力・・・
徴用工像の姿を変える。顔をふくよかにな笑顔にし、手足を筋肉質に変える。
アバラ骨が浮き出ている胸をマッチョにし、腹を膨らませる。
仕上げにプレートを、銅像の足元に光の玉を加減して使い、溶接のように付ける。
『日本のメシは旨かった』と書かれた、笑顔の徴用工像の出来上がりだ。
最初の1体は時間が掛かったが、残りは同じ作業なので簡単だ。
午前3時。徴用工を、すべて太らせ終わった。みんな笑顔だ。
最後の徴用工にはピースサインを出させた。オリンパスで写真を撮る。
カロリーメイトと、安倍首相に貰った森永チョコレートで栄養補給する。
時間があるので、遊覧飛行だ。
日本大使館のある場所を確かめ、北西に飛ぶ。50キロも飛んだだろうか。眼下が暗くなる。北朝鮮だ。街が無い。在るのだろうが明かりが無い。とにかく暗い。適当な場所に着陸する。痩せた土の畑の様だった。物置小屋を見つけ、軒下で横になった。
8時位までは時間をつぶしたい。4時間以上ある。
物音で目が覚めた。目の前に子供が立っている。5歳位の女の子。人民服の俺をじっと見る。ポケットから最後のチョコレートを出し、子供の目の前に差し出す。子供は恐る恐る近づき受け取った。辺りは薄明るい。時計を見ると午前7時だ。
人の気配が近づく。女の子の後ろに女性。母親か・・・俺の人民服を見て何か言っている。
全く分からないが手招きする。俺は立ち上がり、女性に付いて行く。
一間だけの家。壁には隙間があり、朝日が差し込んでいる。部屋の片隅に鍋が湯気をあげている。台所だ。朝食の用意をしていたようだ。その横には薪が積んである。
薪の横には畳んだ薄い毛布。他には何も無い。
木のお椀に、スープの様なものをよそい、スプーンと一緒に俺に渡す。お椀のスープは水っぽいお粥だった。一口すする。子供が俺を見て唾を飲み込む。
味付けは塩だけだ。
カロリーメイトとチョコレートに飽きていた俺には新鮮だったが、彼らは毎日これに違いない。ポケットのカロリーメイトを1箱だけ残して全部渡した。
女性がしきりに何か言っているが分からない。
英語で喋っても通じない。もどかしい。
ソウルの日本大使館に行く時間になった。手を振って立ち上がると子供が俺の足に抱き着く。女性が子供を俺から離す。子供は女性に『オモニ』と言っていた。母親か。
家から出る。彼女らも出てこようとしたが、ドアを閉め、すぐに飛び立った。
上昇しながら涙が出る。
日本大使館上空1000メートルから慰安婦像周辺を見下ろす。
何人かの人が像の近くにいる。
顔を隠すバイク用防火マスクを被り、更に人民服とセットの帽子を被る。
慰安婦像から20メートル程離れて着地する。
ゆっくりと慰安婦像に歩く。人民服を着て顔を隠した俺を人々が興味ぶかく見る。
『ニイハオ』と言いながら歩く。
慰安婦像の前で、少林寺拳法の真似の積りで型を演じる。滅茶苦茶だが。
その後、慰安婦像に両手を差し出し、気合を入れて見せる。念力で銅像を持ち上げる。
そのまま一緒に上空に舞い上がり、西に飛び、海に出た。
すぐに捨てようかと思ったが気が変わった。そのまま海岸線に沿って北西に向かう。
すぐに眼下の様子が変わり、北朝鮮に入ったことが分かる。
小さいながら機関銃を装備した船が見える。北朝鮮の巡視艇だ。上空500メートルの真上に位置取り、慰安婦像を落とした。巡視艇は大破してしまった。
さあ、日本に帰ろう。
プレートが無くなり身軽になったお蔭で、東京まで一気に飛行できた。
朝10時
寝起きのマキは、ベランダから人民服で入って来る俺を見て悲鳴を上げた・・・続けて笑った。綾香も寝室から出てきて座り込んで笑った。俺も笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
沢山の方に読んで頂き感謝致します。楽しんで頂けたら、レビューも宜しくお願いいたします。
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