第49話 総理の悪戯

夜のテレビニュースを見る。韓国エージェントとの争いに関しての報道は全く無かった。

NHK、民放、ケーブル局ともに無しだ。唯一、昭和通りを暴走する外車3台を、一般の通行人がスマホで撮ったらしい映像が3秒ほど映し出された。交通事故に関するニュースの中でだ。 『今日のプリウス』なんて言う面白いタイトルで、事故を起こしたトヨタ・プリウスの画像がネットにはアップされていると、ニュースキャスターは言った。もの凄い台数が売れた車だけに、高齢者によるプリウスでの事故も多い。高齢者の免許返納についてと、交通事故の特集の中での外車の暴走シーンだった。発砲シーンは無かった。


韓国に関する特集が始まる。徴用工、慰安婦像、そして竹島。

綾香が聞いてくる。

「チョーヨーコーって何?」

「何でそんな事を聞く?」

「テレビで毎日言ってるからさ・・・」

「韓国は戦争中は日本が統治してたんだ。国を治めてたって事だな。その時に現地の日本企業が、向こうの人を募集したり引っ張って来て働かせてたんだ。労働力が足りなかったから。そこで働いてた人達が、奴隷のように扱われたって言って、訴えてるんだよ。」

「奴隷は可哀そうだね」

「そうだね。でもね、戦争が終わってから20年も後になってからだけど、韓国と日本の政府が話し合って、日本側は賠償金を韓国側に払ってるんだ。もちろん、その当時に日本企業で働いてた人は、韓国政府から賠償金を貰った。日本側が払った全額が労働者に行ったかどうかは分からないけど。 それが今になって、政府同士では解決した話だけど、働いてた人、個人が請求する権利はまだ残っているって、裁判所が判決を出したんだよ」

マキが言う。

「政府って、みんなの代表でしょ?代表同士が話し合って決めたのにね・・・変なの。昔は1人1人が訴える事が難しかったから、代わりに国が話をして決めた事だよね」

綾香も言う。

「裁判所も変な感じ」

「鋭いな。韓国の裁判所は法律に従って判決が出るんじゃなくて、周りの、世間のムードで判決が出るんだよ。法律は有って無いような物。みんなが喜びそうな形で判決が出るんだ」

マキがのけぞる。

「信じられな~い」

「そうだよな。信じられない国が韓国だ・・・ケーキ食べろよ」

さっき、銀座で買ってきたケーキの箱を指差す。

綾香がケーキの箱を開けて中を見る。

「美味しそう!・・・でも寝る前に食べたら太っちゃう・・・でも、いいか」

2人はどれから食べるか真剣な顔で話している。『チョーヨーコー』は頭に残っているだろうか。


銀座の店舗をアンと見てから、アンが働いている店で飲んで帰ってきた。

店のボーイにケーキを見繕って買ってきて貰っていた。


安倍総理に買ってもらうG63の事を考えた。午後11時。


スマホが鳴る・・・二階堂。JIA。

彼らは深夜まで仕事か・・と思いながら電話に出る。

娘達と話していた韓国の件だ。至急話をしたいと言う。

場所を尋ねると、マンションの下で迎えが待っているらしい・・・強引だ。

仕方なくスーツに着替え部屋を出る。


赤坂のマンションの一室。総理官邸にも近い。リビングルームには事務机が3台並び、1台の机には通信機器が並んでいる。本来は寝室になる筈の部屋に置かれたソファーに座っている。向かい側には総理の秘書とJIAの二階堂。

秘書が言う。

「総理も今はストレスの溜まる事が多くて参ってます。対外的には、立場もあるので皆さんがテレビで見るように冷静に振舞っていますが、本来は何というか・・・ヤンチャな方です。韓国のやる事、言う事が我慢の限界に来ています」

俺はただ頷く・

「そこでひとつ、イタズラをしたいと私に申しまして」

イタズラね・・・総理が。

「どんなイタズラですか?」

「韓国の日本大使館前の慰安婦像を秘密裏にどうにか出来ないかと・・・」

考えた。慰安婦像を破壊したり、どこかに持ち去るのは簡単だ。俺から提案する。

「慰安婦像を撤去する事は出来ます、秘密裏に・・・こんなのはどうでしょう。日中、人目が有る時に、人民服を着た何者かが慰安婦像を持ち去る」

秘書が驚いた顔で俺の目を見る。俺は続けた。

「韓国に行くなら徴用工像にも何かしたいですね」

二階堂が乗り出す。

「人民服とは中国の人民服ですよね・・・面白いですね。韓国と中国の関係も日本に取っては他人ごとではないですから。徴用工像も撤去しますか?」

「これはイタズラですよね。徴用工像にはガリガリに痩せた労働者がモデルになっていますね。その労働者を太らせてしまったらどうでしょう?」

数秒の沈黙。2人が笑い出す。 秘書が言う。

「太った徴用工像ですか・・・面白い。実際に徴用工として働いていた人達の写真には、ふっくらとした顔の人が沢山写っています」

二階堂が言う。

「像の下に『日本のメシは旨かった』なんてプレートを付けられればウケますね」

秘書が乗って来る。

「すぐに総理に話してみます」


秘書は総理の携帯に電話した。総理は驚き、そして賛成した。秘書が俺達に伝える。

「是非、お願いしたいそうです。しかし太った像を作るのに時間が掛かりますね」

俺が答える。

「その必要は無いです。徴用工像を太らせる事はその場で出来ると思います。但し、プレートは用意してほしいです。さっきの名文句の」

二階堂を見る。彼が言う。

「人民服とプレートは私が手配します。明日の夜には何とかなりますが、銅像の形を変える事なんかが出来るんですか?」

「大丈夫です。少し時間が掛かりますが」

何日か前に、スパゲッティを茹でるのに背の高い鍋が必要で、手近にあった鍋を、念力で縦長に伸ばすのに成功していた。銅像も可能だろう。


二階堂が真顔で俺に聞く。

「報酬はどれほどで」

「総理から個人的に頼まれる、国際的なイタズラですよね・・・・報酬は要りません。『貸し』と言う事で」

正面の2人は安堵して背もたれに寄り掛かる。

秘書が立ち上がり、俺に握手を求める。

湿った手で気持ち悪かった。


日付が変わり 午前1時だ。


自宅まで送ってくれると言われたが辞退し、タクシーに乗る。

勝鬨橋を渡るように指示した。

築地本願寺を通り過ぎる時、左隣を走っていたワゴン車に目が行く。

後部座席の窓から女が見えた・・と思ったら次の瞬間、男の手が女の頭を押さえて、見えなくなる。次に見えたのが女の足だ。暴れている。男がこっちを見る。

ワゴン車は急にスピードを上げた。何か怪しい。勝鬨橋のすぐ手前を左に折れる。

タクシーに追跡するように言う。張り切る運転手。

人気が無くなって来る。三つ目の信号を過ぎた所で、念力を使いワゴン車を停める。

左側には公園。ワゴン車に走り寄り左側のスライドドアを開ける・・・ロックしてあったので、力ずくで開ける。中には運転手と後部座席に2人の男。さっき見えたのは若い女で20代半ば位。男に押さえつけられている。

男が一人ワゴン車から降りて来る。

「なんだ、お前は!」

訛りが有る。日本人では無い。

「何だじゃないよ。何やってんだ」

「関係ねーだろ、ジジイ・・・」

もう一人の男が車の中から言う。

「やっちゃえよ」

男は俺の胸倉を捕んで、自分の顔に俺の顔を近づける。ニンニクの臭い。

男の手首を掴み捻り上げる・・・関節が外れる音。男の悲鳴。

後部座席で女を押さえていた男が出てくる。手には鉄パイプ。

運転手も出てくる。手にはナイフ。

襲い掛かって来るが俺の目にはスローモーションだ。

関節を外された男も参加。止めとけばいいのに。

10秒後、3人の男は路上に倒れて動けなくなっている。

タクシー運転手に金を払う。チップをはずんで立ち去らせる。

男3人を公園に担ぎ込む。女が付いてくる。

男達を地面に投げ下す。女が男達にツバを吐き蹴とばした。


倒れている男達の先に胸像を見つける。胸から上の銅像。

『シーボルト』と書いてある。近寄る。

ドイツ人の医者・・・ちょっとイタズラ。

シーボルトさんの顔に集中する・・・・成功。顔が膨らんだ。

鼻を低く、目を細く、口を開けて・・・。

これなら銅像を太らすこと位は出来る。


女が居たのを思い出し振り返る。

男達のポケットから取り出した財布から金を抜いている。

女に近寄り向かい側にしゃがむ。

「ありがとう。助けてくれて」

女の手を見る。抜き出した紙幣を持っている。

免許証が落ちている。手に取ってみると・・・韓国名。やっぱり。

女は仕事帰りに男達に拉致されたと言う。23歳。吉原のソープ嬢。

自分の部屋に帰る為に、吉原の仲之町通りを歩いていて、花園公園の前で車に乗せられた。

その前、男達は吉原のソープに行ったが、3人のうち1人は日本語が下手で、外人であることがバレてしまい、入店を断られた。恨みに思い仕事帰りのソープ嬢を襲った。

女が車の中での男達の会話から得た情報だ。『何で韓国人はダメなんだ』と、何回も言われたらしい。


韓国人3人は公園に寝かせておく。

連中が乗ってきた車に行く。初期型の日産エルグランド。古い。

車内にはゴミが沢山散らかっている。

送って行ってやると言い女を乗せる。よく見ると悪くない女だ。

メイクの殆ど落ちた顔は幼くも見える。

古いエルグランドは意外によく走った。ガソリン3300ccのエンジンは力強く回った。

しかし、昭和通りに出て少し飛ばすと怖い。ショックアブソーバーが完全に抜けている。波に上下する船に乗っているようだ。 

腹が減っている。女に言うとお礼に食事を奢ってくれると言う。女の指示に従って走る。吉原方面だ。


釜めし屋『京まち』。吉原ソープ街の京町通り沿い。

狭い店内は客でイッパイだ。仕事帰りのソープ嬢が殆ど。みんな常連のようだ。

2人分の釜飯を注文すると俺の横に座る。

「さっきのお金・・・私がもらってもいいかな」

「いくらあった?」

「結構持ってた。3人で12万円位」

「よかったな。ここは奢りだろ?」

女は抱き着いてきた。


釜飯を食べ終わって、女を送った。花園公園のすぐ裏だった。

車から降りる時に、女はソープの名刺を俺に渡した。

『アヤカ』と書いてある。源氏名だろうが綾香と同じだ。




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