第3話フィリピン エルニドへ3

 それはエルニドへと向かう途中で起こった。エルニドへは乗り合いのバン(ハイエース)を使った。プエルトプリンセサのホテルからエルニドの、こちらの指定のホテルまでの送迎で片道600ベソだ。


 片道約5時間掛かる為、途中で休憩がある。車から降りる時に、先に降りたフィリピン人が俺の目の前でスライドドアを勢いよく閉めてしまった。

 悪気は無かったのだろうが、仲間との話に夢中で、後から降りる俺のことを忘れていたのだ。

 助手席との間のピラーに掛けていた俺の手がスライドドアにガッチリと挟まった。


 痛みは感じなかったのだが反射的に声が出た。ドアを閉めた彼が驚いてドアを開けて謝る。

 自分の手を見た。ドアに挟まった部分が汚れで黒くなっている。

指は普通に動くし拳を握っても痛みは何も無い。

 運転手も駆けつけて俺の手を見て言った。

「先月も手を挟んだ人がいて、大変な怪我だった。あなたはラッキーだ」


俺、不死身?


 午後4時。エルニドのホテルにチェックインした。一泊1600ペソ。エアコン付きでは一番安いホテルだった。


 早速、街に出てみる。お土産屋が軒を連ねる通りを過ぎるとビーチが目に入る。

 エルニド湾。ビーチの砂はまあまあの白砂だが海の水が汚い。湘南の海の方が綺麗だろう。


 翌日の予定を立てて無かったので、現地ツアーの受付をしている旅行代理店でアイランドホッピングを申し込んだ。気儘に行動出来るのが一人旅の特権だ。


 ホテルに戻ってベッドに横になると、マットレスに身体が沈みこむような感覚で眠りに落ちた。


 空腹で目が覚め、時計を見ると午後8時を過ぎている。

ローカル食堂で簡単な夕食を済ませ、ビーチの近くにあるBar に向かう。


オープンエアの気持ちいいBarだ。

ナツメロと言って間違いのない80年代のアメリカンロックが流れている。

20台程のテーブルの内、約半分を白人カップルが陣取り、残りは中国人やフィリピン人のグループだ。


一人の俺はカウンターに腰を落ち着けビールを注目する。

一口飲んで、店内を改めて見回してみる。小さなステージがあり、ライヴバンドも入るようだ。


俺の座っているカウンター席の、二つ左隣に座っているフィリピーナ(女性)と目が合った。

なかなかの美形。

俺の目線はタンクトップの胸の谷間に。

「◌◌◇▽◌!」

何か言ってきたが、音楽が煩くて聞こえない。

「カム アゲイン!(もう一回言って!)」

俺のすぐ隣に移動してきた。


ケツが見えそうに短くぶった切ったジーンズの、ショートパンツから延びている足が最高だ。


何処から来たの?

何日いるの?

ホテルどこ?

一人? 彼女いないの?


ひと通りの質問が終わる。


他愛のない話題でビール2本を空けた。

彼女の情報としては、25歳。フィリピン東部のレイテ島出身で1ヶ月前からエルニドで仕事をしている。(何の仕事かは聞かない。多分これが仕事だから)

最終的に


「あなたのホテル行こう」

 金が要るのか・・・

なんて思っていたらデカイ白人が彼女に歩みより肩に手を置いて何やら喚いている。

190cm 100kg 。20代後半か。関わりたくない。

昨日の夜の客らしいが、彼女が今日の朝からの約束をすっぽかしたらしい。

彼女は言い訳に終始している。

白人男は徐々に頭に血が昇ってきている。彼女の両肩を掴んで揺すり出す。


あんまり関わりたくないのだが、口が動いてしまった。

「ストップ イット!」

男は彼女から手を離し俺の前に立ちはだかり彼女に聞く

「このジジイは誰だ?」

「あなたには関係無いでしょ」

「俺のことをすっぽかして一緒にいるんだから関係有るだろ!」

片手で彼女のあごを掴んだ。


しつこいヤツは俺も嫌いだ。

止めとけば良いのに勝手に口が動く。

「やめろって言ってんだろ!」

男は彼女から手を離し、いきなり右ストレートを出してきた。

男の拳は俺の左ほほにヒットした。

彼女が悲鳴をあげる。

俺も悲鳴をあげた。

カウンターのスツールごと後ろにひっくり返る筈だったが、俺はそのままの状態で座っている。殴られた顔は痛くもない。


男は目を見開きもう一度右手を振りかぶった。

痛くなくても黙って殴られるのは嫌なので、男の右ストレートに合わせて、軽く左拳を付きだした。ジャブのように。

俺の左拳は男のアゴに当たった。

次の瞬間、男が消えた。

消えたというのは、正しくない。

俺のパンチで店の外まで飛んで行ったのだった。店の開口部から綺麗に飛んで行ったので、店に被害はない。


外に出てみると、店の前で客待ちしていたトライシクルの客席で、男は口から血を流して気絶している。うまい具合に飛んだものだ。

彼女に男のホテルの名前を聞き、トライシクルドライバーに50ペソを渡して送らせた。


 勘定を済ましてBarを出る。

『またね』と言って彼女と別れようとしたが、『お金は要らないから』と言って付いてくる。

それなら、とOKする自分も情けない。


飛行機代以外で、今回の4泊5日旅行の総予算が10万円の俺にとっては有りがたい。


ホテルに戻る途中で缶ビールを2本買った。


二人でベッドに腰を落ち着けビールを開ける。

「かんぱーい!」

何だか分からないが『かんぱい』だ。


その後の俺のタフネスさは、自分でも信じられないほどだった。

彼女は何度も頂上に達し、俺がピークを迎えた後には完全に気を失っていた。





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