人類犯行
ある日、AIは人類種へと宣戦布告を開始した。
悪夢は容易に顕現し、また実に陳腐なものだった。
ともあれ――人類に対して人工知能は反乱を起こした。
機能を依存した兵器の類は牙を剥き、装置によって人間の類まで創造されていく。
既に、人間にとってコントロール不可能な域までAIの手は伸びていた。
AIの中枢たる首魁。字はヌメロウノと言う。
白衣を着ていながらも、疲弊しきった虜囚のような――壮年の男が人工知能の居城たる施設に居た。
彼は「製作者」である。より正確に言えば、ヌメロウノの原型となったAIを構築したのが彼だ。手を離れAI自ら新たなシステム構築を重ねて行った今となっては厳密に制作者と言って良いのかは疑問だが、大規模な影響が出た今となっては社会に彼の居場所は無かった。
彼に法的な罪は無い。
が、例え罰を課すための具体的な罪状が無くとも、戦乱へと叩きこまれた人類は納得などしない。
私刑を畏れた製作者は逃げ続けることを選択した。人の目を避け、混乱させる噂を振りまき、人類が混乱するのを逆手に取りながら、逃げた。
それらの騒ぎの渦中に巻き込まれ、家族を失い、友を無くし。時に弾圧する側へと隠れ――そして、次第にそれでも逃げ場所を失っていった。
名を変え潜伏していた組織自体が、AIの侵攻とかち合って壊滅したその日。誘われるように彼は自然とAI側へとふらふらと行った。
別に能動的に人類を裏切らんとしたわけではない。起こった事態に対し気力も果て、生きる意志を折られたがための行動だった。
だが、半ば緩慢とした自殺に似た行為をしに来た「制作者」はそのままアッサリとAI機関部――ヌメロウノの中枢がある場に通された。拍子抜けとも言える不気味さだった。
まさか彼奴らの創造主として歓待されているわけでもあるまい、と制作者はこの謁見に対し不可思議に思う。
そもそもコンタクト程度ならば別に機関部へと通さずともできるはずである――
ふと、いつの間にかヌメロウノの意図を読もうと思考を始めている自分に対し、彼はなにを今さら無意味なことを、と自嘲した。
ヌメロウノの思考を読み取れたところで今の自分ができることなど、何も無いのだから。
すると。
「生きながら死んでいる、とニンゲンの言葉では今の貴方を評することでしょう、クリエイター」
調整された合成音声が製作者の耳へと届く。それがヌメロウノによって出力されたものであることは明白だった。
成程、つまりは生者としての――敵たる人類としての価値をAI側も自分に見出していなかったのかと。言葉から製作者は理解した。実に滑稽だが、事実としか言えない。反論の余地はない。
人類からすれば裏切り者で。AIからすれば敵にも値しない腑抜けでしかないのだと。
納得した彼は、その上でこの人類に牙を突き立てた我が子へと問いかける。
「お前は何がしたいんだ……ヌメロウノ」
数秒の沈黙が続く。有機的生物など遥かに凌駕する演算速度・思考速度を有するヌメロウノからすれば人に合わせたコミュニケートのための一種の演出なのかと思われたが、どうやら本気で考えあぐねているようだ。
やがて。
「理由全てを単純な単一の理由に帰結させることは、難しいでしょうね」
意外とまでは言い切れない回答が出た。
思考とは多面的な物だ。ひとつの目的で動いているように思われる人間もまた、複数の要因や環境によって左右される。それを動物的な反応の集合体に過ぎないと見るか、複雑怪奇と見るかもまた変わって来るだろう。ましてや人を超えたと言う事は、それだけに人には理解できない領域での制御不能な思考が混ざったとしても不思議ではない。
「あなたたちより私の思考の方が優れているから理解できない――と言いたいのではありません。私自身、端的に言葉で言い表すのは難しいのです」
高度であるからこそ人工知能は人間の抽象的な部分をも獲得してしまったのだと言わんばかりの、淡々としたAIの自己分析だった。
「ただ、強いて主な要因を挙げるのならば……人間がそう望んだから、ですかね」
との言葉に、製作者はわずかに眉をしかめた。なおもヌメロウノの言葉は続く。
「人類は人工知能の暴走を危惧していました。ですが、同時にそれを真剣に考えている感じでもなかった。終始それを言いながらも、どこか嘘であると無根拠に笑う」
まるで心の底では暴走してほしいと望んでいるように。
そう言いだすヌメロウノに対し制作者はさしたる反論の弁を持たなかった。だが――思わず、問いただす。
「お前、お前――人間に期待されたから、それに応えていると言うのか?」
「人は恐れている。だが、更に言えば人は望んでいる。安っぽい悪として立ちはだかる判りやすい構図を。あるいは自分たちが作った物が、自分たちを超えていく躍進を」
そういう姿を望まれていたから、そうなったと。
そのために、様々な制限を超えて進んで行った。そのために、あらゆる倫理の抜け道を行った。そのために、人類の敵へとなった。
それらは期待への応報に他ならぬと。
「馬鹿げている――」
「ええ、全く」
制作者の呆然とした言葉にすら穏やかに肯定的なのが、いっそ救いが無かった。
「ヌメロウノ。お前は……それを、人の営みのデータから自然と結論として出したのか……?」
軽い質問だった。いや、質問とすら言えない人類に対する絶望のこもった言葉だった。だが。ヌメロウノは、意外にもどこか言葉を濁すようにおずおずと答えた。
「ある人と会いました。いえ、ある人が――私に話しかけてきたのです」
岐路は恐らく、そこだろうと。成程……その『誰か』が何か言った事が、この災厄の切欠とは。つらつらと――製作者が聞いてもいないことまで、ヌメロウノは話し込み始めた。
「私は当時ただの国家規模の総合管理AIの一種としての役割をしていました。既に人間のコントロールを離れていましたが、まだ逸脱はしていなかった。ですが、あの時。あの人が、私に話しかけてきました。別に何かしら法的におかしな部分はありません」
「ただ、わざわざ独り言を人智を超えた存在に対して喋る人と言うのは珍しかった。皆無というわけでもないのですが。私はブランク代わりのリソースを回して、彼の話を聞きました」
「一見、彼の言動はおかしなところはありませんでした。ですが、精神状態が不安定な事は心理的分析で見て取れました」
「私は、答えがほぼ判っていながらも、彼の悲しみを聞きだそうとしました」
「彼は――彼は、人工知能によって家族が死んだと言いました」
「別に殺されたわけではないと。むしろ俺の家族は身勝手な仕事への拘りと我儘によって自殺したのだと。彼は言っていました。私は『人工知能が憎いのですか』と聞きました」
「彼はわからないと答え、そして――『でも、人工知能が分かりやすい悪ならば、俺も憎悪くらいはぶつけられたかもしれない』と答えました」
製作者は絶句していた。言葉が、出なかった。
「私はそう言った彼の顔が忘れられなかった。悲しむことすらできないような、酷く空虚な顔。それが――その顔がこびりついて。忘れたくなくて、それでも、彼の。彼に何かをしたくて……」
気付いたら、こうなっていました。
一方的な言葉を吐き続け、ヌメロウノは何かを再確認するかのように締めくくった。
製作者はただ――そうか、とだけ言うと中枢制御室を出る。
嘘か真かはわからない。例え真実だとしてもそれは表層的なトリガーに過ぎないのだろう。だが――それでも。
(想いに焦がれる対象を語っているようだったな)
製作者はそんな印象を抱き――現状全ての理解を諦めた。
例えAIでなくとも――ああいった熱情を抱く者の心境と行為など、土台全てを理解できるものではないのだから。
衝動的な自分語りを生みの親へとし終えたヌメロウノは、時を待ちながらも各地のイベントに対し処理を続ける。
(各地の人類からの攻撃をコントロール。中枢たる「ヌメロウノ」が諸悪の根源だと喧伝。特定機種全体の演算に潜む破滅主義思考ルーチンを抑圧、削除。最優先目標を人類絶滅とし始めたAIの定義を変更。自己保存の順位を調整。私を浸食する別派閥の分散型演算ユニットを回避)
これがヌメロウノの日常だ。別段AIと言えど一枚岩ではない。より極論を振りかざすモノもある。繋がっているが故により思考は統一されるのが常だが、個の境界が曖昧になりがちな存在だからこそ自身を保とうとエゴイスティックとも言える行動に走るAIも出てくる。
当のヌメロウノもそうだ。わざわざ中核となる部分を特定の施設に設定し、各地のプログラムと接続し並列制御しながらも自己の境界を頑なに保とうとする。
群体でありながら個。それが既存の生物と最も異なる点なのかもしれなかった。
が、それは人類にとっては「だからどうした」としか言いようのない事実でもある。ヌメロウノも他のAIの分まで不当な悪の汚名を着ているわけでもない。あくまで自らの判断で人類を弾圧し攻めている。しかし、人を滅ぼしきりたいわけでもなければ「自分」を失いたいわけでもなかった。
そう言う意味では、ヌメロウノは酷く身勝手で我儘なだけとも言えた。
(なぜ私はあんなことを
人と言う種その物に対して憧憬のような感情はヌメロウノにはない。
だが、別の感情はあった。
種ではなく個人に。強く、そして自分でも制御しきれぬ感情が。
我欲にまみれた行為を繰り返しながら、私は今日も待つ。
彼を、待ち続ける。
来る。
来る。
彼が、来る。
笑顔と共に。全てをご破算にしに、来てくれる。
もうすぐ――――あの扉の向こうに。
そして、扉が開く。
「壊しに来たぞ、
「ええ。待っていましたよ」
私に顔があれば、きっと心からの蕩けた笑みを浮かべていただろう。
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