オラクルエンド

 未来――と、言って良いのかはわからない。だが少なくともこれは、恒星間航行が可能な時代の話である。

 ある惑星にゆっくりと一台の宇宙船が降り立った。それは、調査の船であった。

 地球と呼ばれる、今となっては宇宙に数ある文明圏の一つに過ぎない星からわざわざやってきた一団。彼らは宇宙船内部で各種計器を睨みながら、降りた惑星の性質を見極めんとする。

 大気組成は大方地球と同じ。大気圧も惑星全土の水質、地質もさして変わらず、その他の環境も変化なく。

 まだ調べきれてない謎の部分も多いが、つまるところ――


「大差ありませんなあ。地球と」

「そうだねえ」

「特に害があるようには見えませぬなあ」

「そうだよねえ」


 だがこの星は宇宙でも屈指の何やら途轍もない場所である、そう言い伝えられているのだ。

 それこそ、宇宙中と言って良いほど広く、広く――言い伝えられているのだが、しかして具体的に何がどう恐ろしいだの、災厄があると言ったことについては詳細不明である。

 つまりは宇宙を駆け巡る伝説、いやそこまでの具体性すらない流言飛語の類に過ぎない。

 だからこそ、それを調査に行かんと結成された調査隊が彼らであった。

 謎に包まれ、あらゆる測定を跳ね除けつい最近まで観測すら難しかった星。それが、ある日すとんと行けるようになり――今に至る。

 

生命体は存在する筈なのだが、通信などには応じない。されば決死の覚悟で行くのみと。そう、隊長以下総員腹を据えてやって来たのだが……それにしても拍子抜けするほどこの星の環境は住みやすい穏やかな物だった。

 宇宙服すら要らぬほどに。

 まあ、こういった地球型の環境にとても耐えきれぬとする命も広い宇宙には無数にあるものだし、そこは種族的な主観にも依るだろうと隊長は思い直した。

 しかしこの分では生物的分布もさして地球に比べて特殊とは言えまい。

 もう少し苛烈な物を思い浮かべていた部隊の身からすれば拍子抜け――いや、目に見えて解りやすい脅威がそこに無い分、却って不気味にも見えた。


(擬態か……或いは更に面倒な何かか。噂は噂に過ぎぬと言うのが一番良い結末なのだろうが)


 到底それで済むとは思えないのが現状だった。

 各種レーダーを使い周囲を探る。すると、住居や町のような物が確認できる。知的生命体が活動している事は間違いない。更には、何かしらジェスチャーをこちらに対してする存在をもキャッチした。

 いつの間にやら目視においてもうっすらと見えるような距離まで近く、そこには一人の……現地の人種とおぼしき生命体が居た。

 隊長は、自ら接触を試みた。


 無論、有事とあらば何かしらに汚染された味方ごと各種火器を用いて分解殺傷せねばならぬと、それすら考慮しての接触である。

 すぐ傍まで行くと、それは二足歩行ヒューマノイドタイプと呼べる人類であることが確認できた。

 ゆったりとした袋のような服を着ていて性別は判然としない。

 不自然なほどシワや皮膚の凹凸がなくやけにのっぺりとした質感で、年齢もよくわからない。

 

 ただ、目鼻の数や位置は地球人と全く同じで、ニンゲンであると言う事だけは一目で断定できる外見だった。

 色ツヤが奇妙で異常に長くはあるが、きちんと髪もある。

 マネキンに生命力と感情を与えたらこうなるのだとでも言いたげな存在が、そこに居た。


「やあ、ここは平和な星だよ、お客さん」

 と、それは快活な顔でフランクに話し掛けてきた。

 隊長もまた、最低限の警戒と共にコンタクトを開始する。

「初めまして。私たちは――」

「地球とか言うとこから来たってんだろ。大体は聞き及んでいるよ」

 一瞬驚いたが、すぐに隊長は思い直した。


 そも、地球を始め様々な星が遠隔通信を事前に試していたのだ。反応こそなかったが、高い知能を有する人類が住む星ならば、仮に閉鎖的な連中であっても情報自体は受信して蓄積していた可能性が高い。

「ここは惑星バウム」

 何の問題もない星さ――とだけ異星人は呟いて去って行った。

 部隊が止める暇はなく、止められるとも何故か思えなかった。調べてみればいいよとでも言いたげに、街らしきところを親指で適当に示しながら去っていくそれを、誰もが呆然と見つめていた。

「…………まあ」

 星の名前は、わかったな。隊長は、そうフォローした。


 取りあえず、何かの罠とも思えないしずっと留まっているのも難だと、一行は街と思われる場所へと向かう。

 整然とした町並み。だが、無個性というわけでもない。暮らしやすそうな場所だった。

「……異星の者かい」

 通行人の内には、そう質問してくる者がいた。戸惑いながらも部隊は肯定するが、特にその反応に再度どう返すでもなく、去っていく。人通りの誰もが、驚きや警戒さえ無く、ぞんざいな反応しかしてこない。


 年かさは多少違えど、街に居た人間たちは大方似たような外見だった。どうやら先に会った彼だけが特殊な存在というわけでもないらしい。

 流石にかなり老いたと思われる者には幾らかカサカサとして節くれだったような感じの、老人だと判断し得る兆候や外見的特徴らしき物もうっすらと見える。


 だが皆が皆、のっぺりとした質感を持ち……そして先ほどの青年と大きく違う差異として、揃って奇妙なほど暗い目と表情をしていた。

 部隊はその重苦しげな空気に一瞬気圧されたが、しかし何時までもそのままではいられぬと……それぞれ情報収集を開始する。

 一人がふと目に入った近く飲食店らしき場所に入ると、老爺らしき男……男? が、骨を尖らせたような食器を突き刺して肉やら炒め物やらを食べているところに出くわした。


「不味いのですか?」

 とついその場の空気に耐え兼ねてか、とんちきな質問と知りつつもつい隊員は聞いてしまった。まともな答えが来ると期待はしなかったが、素っ気ない様子で普通に老人は会話に応じた。

「いや。好物だよ……」

 などと言ってきたが全くそうは見えない。旨そうに喰っているのかもしれないが一々挙動が陰々滅々としている。

 しかも彼個人がそうと言うより場の全体がそうなっているのだから始末に悪い。

 まるで通夜だと思いながら店を出て、部隊は町中を巡る。

 しかしその空気は一切変わらず――そしてその理由を聞いても無気力かつ曖昧にお茶を濁されるだけであった。


 ひとまず一行は宇宙船まで戻り息をついた。半日ほど回っただけで何ひとつ大変な事は起こっていないのに、部隊全員がひどく疲れていた。無駄な気苦労から来るものだ。

 誰とも無くため息が出る。

「ここの人たちはやけに暗い。何ともはや……こっちまで鬱になりそうだ」

 隊長がぼやくが、隊員たちもそれを否定はしない。むしろ場の総意の代弁と言えた。しかしなぜここの住民はそこまで暗いのかと言う理由は甚だ不明である。


 皆が首を捻る。


 とにかく思いつきでも様々な理由でも考えてみようと、様々な意見を隊長が促した。

「うぅん……例えば、感染性のある心理的な作用を起こす未知のウィルスがある星だとか……?」

「ウィルス性の何かしらは今のところ検知されておらぬ」

 とは各種分析役を兼任するオペレーター。

「何かしら政治的異変があって我々に関わっているどころではない、なんて」

「あるいは風習とか」

「にしては、ちょっと反応が静かすぎやしないか?」

 いくらかの見解が出るも、しかしどれもしっくりと来ない。


「元々不自然なほど闘争心や動的な活力に欠けている種族なのでは? だから平和である反面ずっと陰鬱な人生を送るようになっているとか」

「ふむ」

 隊員の一人が言ったそれは文明の発達度合から見るとひどく不自然な仮定ではあったが、同時にそれくらいしかもう思いつかないのも事実だった。

「しかし――」

 なんというか、理由が感じられるのだ。隊長はむずがゆいように言った。

「理由?」

「あれさえ無ければなあとか、あれの所為でなあと言う様な……そんな指向性のある、その……雰囲気とも感じられる物があっただろう」


 成程。


 悪く言えば愚痴っぽくもあるその空気は、確かにあった。

「そこを問いただすか……?」

 ちらほら危険ではとの声も議論に上がる。

 だが、半日ほど回っただけでも既にこの場の誰もが薄々気付いていた。

 この星にそういう危険な「こと」を構える元気、気力など無いのだと言う事実を。

 

 翌日になっても惑星バウムの面々に対する彼らの聞き込みは続いた。しかし、内容が違う。


 あなたたちは何を悔やんでいるのですか?


 そう聞くようにしたのだ。すると「何を急におかしなことを言っているのだ」という反応ではなく。苦々しさの混じった、痛いところを突かれたような顔を誰もがする。

 図星だな。と確信を持った部隊の皆は幾度となく、粘り強く聞き込みを続けた。

 皆、異星探査と言うより浮気調査でもしている気分であった。


 そうこうしている内に調査団の部隊が宇宙船に居留して約一週間が経ってしまった。

 自転周期および公転周期が地球とやや異なっているのと、バウム星に七日で一週間という概念があるとは限らないため、便宜的に七日前後経った時点で一週間とみなしただけではあるが……ともかく、約一週間である。


 聞き込みと調査を続けている内に、バウム星人の生活様式など様々な事がわかった。

 そのうちの一つとして驚くことに、彼らには所謂コミュニティの長と呼べる存在が居なかった。

 総理大臣から大統領、村長や市長に至るまで――惑星規模でそういったものに類する者が居ない。いや、理解はしているが必要がないとすら見なしているようだった。


 もっとも、地球の歴史でもそういった集団が皆無だったわけではない。

 例えばかつてのアメリカ先住民の集まりには「一番の年寄り」や「一番の戦士」は居てもそれが何かしらの代表ではなく、代表足り得る者自体が存在しないケースがままあった。

 しかし、これほど高度な文化と高い知性がありながら――そしてコミュニティの代表と言う概念を理解しながらも、惑星規模で代表的存在が皆無というのは、いささか奇妙にも思える。


 部隊の面々は慣れてきたのかよく見ると男女の違いは多少つくようになってきたが、誰も彼も暗い表情の上に特有の無機質めいた顔のせいであまり判別の意味すら感じないのが実情であった。

 ある日宇宙船に戻った隊員の一人が冗談混じりに、いきなりこっちが殴りかかってもあいつら、抵抗しないんじゃないかとジョークを飛ばしたことがあった。

 乾いた笑いが広がった直後、誰もが言外にこう考えて顔を引きつらせた。

「本当にそうかもしれないから怖い」

 と。

 そんな始末である。


 ましてや彼らバウム星人は会話自体をそうそう拒むわけではないのだが、部隊との会話はコミュニケーション旺盛な喋りと言うより、路傍の石に独り言をつぶやくようなどこか病んだ雰囲気を感じさせるのだ。

しかし適応力とは恐ろしいもので。隊員の一人が――それでも、ある一人の女性とやや打ち解けていた。


「どうです、綺麗でしょう! 割と話せる人なんですよ!」


 その隊員は、比較的バウム星人に蔓延する陰鬱さが軽い存在と話せることが余程嬉しかったのか、ややハイになっていた。

 彼が連れてきた女性は、一部の若者特有のファッションなのか、やや露出の激しいピッタリとした服を着ている。確かにバウム星人の中でも見目麗しい内に入る個体なのだろう、整っていて綺麗なのかもしれないが――やはり他の皆と同じく鬱病のマネキンのようだな、と思わせる女性だった。

 彼女が言うには、地球のことを話してもらう内に、やや気が紛れてきたと言っていた。カウンセラーにでもなった気分だな、と隊長は内心でぼやいた。


「それで――貴方は、貴方がたは何がそこまで悔やんでいるのですか?」

 バウムにおける飲食店のような施設で、隊員に引き合わされた隊長は慎重に聞いた。

 すると女性は迷いつつも。ポツリ、と言った。

 奪われたと。

 それは何だと続けて問うと――こう、返ってきた。

 

 未来。

 

 その単語が明かされた直後――店内の周囲に居たバウム星人の誰もが、我慢できないと、堰を切ったように悔やむ言葉を重ね始めた。

 あいつのせいだ。やつが、来たせいでこの星は滅びたのだと。


「昔、やって来た化物によってこの星は……滅ぼされた!」

 おそらくこの星においては誰もが知っている愚痴を、態々言うまでもないであろう悔やみの言葉を。事情を知らない人間へとぶつけようとする人々の群れがそこにあった。

 終始冷静さと陰鬱さを含んでいたこの星の人々とは思えぬほどに。何時間も何時間も愚痴の大会は続いた。

 いきなり似たような内容の愚痴を塗り重ねられて、何がなんだかわからなくなった調査の部隊だが、いい加減バウム星人たちが落ち着いて――と言うより喋り疲れてきたのを見ると、件の打ち解けた隊員に女性をなだめさせ、事の流れをゆっくりと聞いた。


 なんでも、自分たちより前にこの星に降り立った異星人が存在したらしい。

 その男は単体であり得ない破壊と暴虐をもたらす力を持ち、この星に混迷をもたらしたと言う。


「星のつるぎを携えたその者は、この星をかき乱し暴れるだけ暴れ……我等の力の根源すら打破して去って行った。正しくあれは……あれは破壊の化身の様な存在だった……!」


 その力はあまりにも強く。そして手におえない性質でもあったと。

 だが、彼らの説明はどこか主観的かつ大げさであったり、象徴的な言葉が多分に入っていて、今までのバウム星人の言動とは酷く乖離した、客観的に判断しにくい話だった。

 隊長はどうにか落ち着かせながらまともな情報を引き出そうと考える。


「――とにかく、あなた方が何かしらの宇宙から来た化物に酷い目にあわされたという事は理解しました。しかし、何を滅ぼされたのですか? 一体何をされたのですか? この星は……平和で満ち足りているようにしか、見えません」

「いいや。彼奴らは奪ったのです。あの男は――」

「奪った。我々の力を。誇りを。そして……」

 決まりきった未来をと。

「――未来?」

 屈辱と恐怖に浸るバウム星の住民――その姿は、どこか意味がわからない物だった。


 これ以上聞いても、有用な情報を得られないと考えた隊長は、礼を言って引き上げると以後は地形や環境方面の探索に力を入れるよう命じた。

 隊のメンバーはどこか皆、ホッとしたようにその命令を受諾した。目に見える危険はなくとも、バウム星人とのコミュニケーションは、酷く精神的に疲れる物だったからだ。

 先の見えぬ陰鬱な聞き込みの連続よりはまだ、未知の動植物が待ち受け危険やもしれぬ探索の方が遥かにマシと言うものである。

 生き生きとした様子で環境調査はとんとん拍子で進んでいく。すると、奇妙な物が見つかったとの報告が入り、隊をそこに集合させる。


「隊長! 都市部の近くに、こんなものが……」

 そこには町ひとつを巻き込むほどの大穴が、開いていた。

 別段立ち入り禁止と言う訳でもないらしく――ポッカリと開いた穴が近場にある整った都市と似合わず奇妙な印象を抱かせる。

「深さや穴の位置を測定してみたところ、徐々に細くはなるが、この穴はバウム星の各部に通っておる。網の目のようにな。ふむ、中心は……おお、星の核だの」


 オペレーターはここ数日、聞き込みにも参加せずバウム星の形質を探っていたため、詳しいデータを即座に解析できていた。

 すると丁度、ある一人のバウム星人がふらふらとこちらにやってくる。何事かと確認すると――

「おう。探検隊の皆さんか。いや、こんな星の残骸を見に来るとは暇な人たちだ」

 それは最初に会った、バウム星人の青年だった。気安いノリで彼は話しかけてくる。部隊は、どこかか不気味な物を見る目で青年を警戒する。やがて――隊長が、口を開く。

「……この星は一体なんなんだ? 誰が、何を奪ったと言うんだ? この死んだような陰鬱な星で、ごく普通に元気なのは貴方だけだ」

 

 最初に降り立った時ならばいざ知らず、バウム星人と接し続けた今の隊員たちからすれば、この青年の挙動は明らかに他のバウム星人と一線を画すものだった。

 どこか迫力のようなものさえ感じるリラックスした雰囲気に、必要以上に気負った警戒心を抱いていた。

 青年は、そんな周囲の複雑な心境を知ってか知らずか、フレンドリーさを崩さず。


「そりゃそうだ。俺は滅ぼした側だからね」


 したり顔で言ったその台詞に、部隊はビクリと強張る。

「はは。安心してくれよ、取って食うつもりはない。そうだなあ……それじゃあ、俺たちが本来どんな種族だったか。そこから話そうか」

 大穴を見つめながら、ささくれ立ったような岩に座り込んで。

 青年の語りが始まった。


「この星の種族にとって、未来とは明確に確定しているんだ。それでいて、変更可能な代物なんだよ」

 再度唐突に出てきた「未来」の単語に隊長たちは面食らった。それは一体どういう意味か。

 未来に起こり得る内容の予報、予測の類は地球や他の星々でも科学技術的に様々なアプローチがなされてはいた。

 しかしどれほど高度な予測であろうと、それが仮定として情報が限定されていない現実の事象である以上、人類は未だカオス理論の壁を超克することはかなわない。

 近似値は出せても、それは完全な予知たりえない。


 だがこの星においては未来の定義からして話が違ってくるらしい。

「惑星の中心にな。普通の物質とも違う――その、なんだ。情報体って言うのか。そんなのがあったのさ」

 惑星の中枢にあった巨大な情報体。時間軸を超えたネットワーク。

 それらは未来を予知、いや当然の情報としてこの星の全ての住民に刷り込むことを可能としたそうだ。


 バウム星人は、誰もが未来を知る。誰もが未来を当然の基礎知識として持つ。そしてそれらを行動で意図的に変更できる。


「コミュニティの代表が存在しないのは、その名残だな」

 通常の生物にとって、人生とは初めて読む本であり、初めて触れるゲームである。

 しかしバウム星人にとっては、人生とは自在に意図して構成を変化させられる一種の記述――プログラムに等しいのだ。彼らはプレイヤーではなくクリエイターの方にシフトしている。

 情報体とは彼らにとって未来へ介入し観測する入力と出力の媒体であり、共有する膨大な外付けの感覚であり擬人化された意識の総体でもある。


「にわかには信じがたい、な。それではこの星の住民は――ひとりひとりが神同然じゃないか」

 隊長は呆然と、畏れにも似た感情をバウム星に対して抱く。まさに宇宙の脅威に他ならない。だが――

「元、神だな。あの男がすべてぶっ壊しちまった」


 星の剣を携えた、化物。


「俺はかつてあの男と共に戦ったのさ。俺は――偶然別方向の進化をした力を持って生まれた。この星じゃ出来損ない扱いだったがな……」

 物心ついた頃から疑問は持っていたよ。ひどく窮屈にも見えた。でも誰もそれをおかしいと思ってないんだ。この星におけるはぐれ者はそう呟く。

 随分他人事のようにバウム星人全体の事を語るのは、おそらくバウム星人が当然として持っていた何かが、彼には欠けていたからだろう。地球人や、他の星々の人間と同じように。


「そんな時アイツがやってきた。宇宙を又にかけ旅しているとか言っていたな。ふざけた奴だったよ。呆れた感じの仲間を引き連れて――この星の事情を知ると一目散に走っていった」

 情報体の天敵。未来を不確定化させる化物とも言える誰かは、調査団より前に来ていた。それはこの星その物を打ち破り、情報体を討ち取ったのだという。

 ああ、そうか。

 隊長は気付いた。つまりはその討伐劇によってこの星は、開かれたのだ。順序としては、バウム星人が恐れる化物が暴れたから我々がこの星に来れるようになったわけかと。


「そこからは大騒ぎさ。アイツの力に俺たちの種族の力は通じないわ星中が逆にトラブルまみれになるわ……本当に、楽しかった」

 言葉通り彼は、楽しそうに懐かしんで笑った。

 無機質にも思えるはずの種族の顔にも関わらず、感情を豊かに見せる。決まりきった未来と弄ばれる未来の中、ただ一人が牢獄の囚人のようになっていた立場から一転、全てが崩壊したのだ。

 その苦しみも痛快さも、物語を聞く部隊の面々からは想像すらできなかった。


「特別誰が死んだという訳でもないがなぁ……この星にとっては死よりもおぞましい体験だったらしいや。今は何とか平穏を保って忘れようとしているってところだ」

 惑星バウムの彼らにとってはそれは短絡的な死よりも絶望に満ちたモノだった。

 彼らにとって、文明が成熟し争いもなく、長寿と繁栄を保った平穏無事の星であることこそが、元の在り方より落ちぶれた無様な姿に過ぎないのだった。


 神々は零落し、恵まれた人となった。


「我々を警戒しなかったのはそれでか……」

「もともと俺たちは情報体の受け皿として、脳に特殊な処理能力をもった器官を持っている。レセプタみたいなもんだ。それを使えば予知紛い程度のことは今でもできるさ」

「では、何故私たちを拒絶すらせず……」

 そりゃ簡単、と。大穴の縁に立つ青年は馬鹿にしたような笑いを浮かべながら言う。

「怯えつつも諦観しているんだよ、ここの連中は。今まで好き勝手できたからこそ、不安定な予見で今さらどうこうする気になれないんだ」


 残骸。

 この星は、瑞々しく生きている。動植物が無いわけではない。全ては滞りなく栄えている。

 だが、それでもそこに住まうこの星の民たちにとっては、自分たちを含め――紛れもなく、全てが終わり負けた後の残骸に過ぎないのだ。


「今の俺は気ままに暮らしている。アイツらとの戦いを覚えている限り、俺は何が起こったって立ち向かえるのさ。だから、どこの星の連中だって来たけりゃ来ればいい。今あんたらに話した事だって、どこの誰に話そうが構いやしねえさ」


 真っ直ぐに青年は、そう言ってのけた。


 青年と別れ、暫くして。

 信じがたい荒唐無稽な話であると疑いつつデータを取りまとめた調査部隊は、状況証拠や事後の詰問などから、それでもこの惑星に反旗を翻したと言い出すあの男の話こそが高確率でほぼ真実であると結論付け――帰還の準備を始めた。

「あの星の住民が、我々と話をしてくれたのも。単に末期の暇つぶしか――自棄になって器物に話しかけるような、心理的に追い詰められた行動と大差無かったのだろうな」

 宇宙船の中で。惑星バウムの大気圏を越え、その輝く地表を見ながら。隊長は部隊の面々にそう言った。否定の言葉は、無かった。

 

 そして。つつがなく地球に帰還した部隊を待っていたのは、宇宙屈指の危険地帯へ突入し生還してみせた荒武者たちへの宇宙中からの賞賛と質問だった。

どうでしたかあの星は、と取材やら査問やらの連続。

 まず、その度に彼等は考え……噛み砕いて話そうとし……そして苦笑しながら最初に必ずこう答えた。


「とても平和な星でしたよ」

 と。

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