強きモノ

 さる、町はずれの巨大な研究所らしき何か。

 そこでは「最強の格闘技」を決めるための研究がなされているという――

 そんな噂話をある男が耳にした。

「聞いたよ。何人もの格闘家が其処へ行っては憔悴して帰ってきているって話だ」

 要はお眼鏡に適わなかった、ということだろう。

「しかし、不遜だな」

 自分は何をされた――というわけではない。むしろ逆だ。だからこそ男は不満を覚えた。ここら一帯の空手、柔道などの道場を破った最強の総合格闘家である自分に目を付けていないとは何事だと。

 あらゆる格闘技を一通り習得し、強引な強さで一流の人種たちを破る――そんな絵に描いたような強者が俺なのだ。だからこそ。


「そんな俺が最後に行きついたのがこの道場だ。この流派最強も即ち俺、つまりは最強の格闘技もこの道場が持って然るべきなのにだ」

 俺が全く呼ばれていない。これは不遜以外の何だと言うんだと、男は言う。

 男と話している……同じ道場に属する師範代は呆れつつも、その理屈を否定し得ることもできずに苦笑する。

「やれやれ、本当の実力を自慢する男ほど厄介なことはないな。どう諌めてもひがみに取られそうだ」

「あんたをそんな解りやすい心の狭さを持った人間だとは思ってないよ」

 口の減らないヤツ。そう笑いあう。

「で、どうする気だ。お前のことだこのまま黙ってるわけじゃああるまい」

「無論だ。あいつらが誘いに来ないのなら――」

 こちらから出向くまでだ、と。




 後日。

 男は殺風景な街の隅っこにある、長ったらしい名前の入った研究所のインターホンを押した。暫くして受付係のような役割であろう人間が出てきた。

 そのまま受付の人間と押し問答になる。アポイントメントがどうとか、呆れたように「この手の人種は飽き飽きした」とでも言いたげな顔の受付に滔々と諭され思わず。

「もういい」

 我慢ができずそう言うと、男は受付を無視して突っ切った。

 ドアをこじ開け。

 内部の人間らしき数々の格闘家達を余裕で打ち据え。

 最奥に居る――責任者であろう、白衣を着た背の高い男と、出会った。


 科学者は顔をしかめている。実に不愉快そうな目で男を見据え、苛立ちを紛らわせるかのように足踏みでリズムを刻んでいた。

「お前か。最強の格闘技を決めようと調べているやつは」

 足踏みは、止まらない。

「――にしては節穴だな」

 むしろ加速する。そして……

「どいつもこいつも似たり寄ったりの弱さだったぞ」

 だんっ、と。蹴りのような勢いで、強く踏み鳴らした。

「似たり寄ったりだと……?」

 科学者が絞り出すように言を発すると、男はせせら笑うかのよう続ける。

「怒ったか? ふん、俺を呼ばないからこうなる。似たような実力のボンクラ共を倒して何が悪いんだ、最強の流派を決めたいのだろう?」

「ふざけるなぁぁあ!!」

 何という事をしてくれた、と怒声が響く。


「だいたいなあ、あいつらは――似たり寄ったりで当たり前だ!!」

「……何?」

 当たり前? それはどういうことだ。男は初めて戸惑いを見せた。

「私が決めたかったのは最強の「流派」だ! 最強の個人ではない!」

 それは、如何いう事なのだろう。

「いくら格闘技で強い人間を選んでも、それは個の強さだ。長ずれば他の格闘技に通ずる。既存の流派から逸脱しかけた存在にもなる」

「だがそれではその流派、言い換えればそのシステムが優秀かどうかはわからん!」

「待て、ということは……」

「だから平均的な実力の持ち主を探し出して比べていたんだ。私が調べていたのは極限値ではなく平均値なんだよこのバカ!」

「あ」

 それでは。

 それでは自分が選ばれないはずだ。最強であるし、他の格闘技も学習しているし、何より道場の流派だけでなく我流を混ぜ込んでいる。


「どうしてくれるんだろうな、被験者を此処まで痛めつけて……偏りのない体格などを分類された様々な被験者を見つけるのにどれだけ苦労したと思っている……!」

「いや、それはその」

 そりゃあ自分では変わりはできまい、と男は怖気づく。

「一時期は人体クローンを作ろうかと思ったことすらある……流石に人道的観点からやらなかったがなァア」

 眼が血走っている。

 男も格闘家として今まで様々な切羽詰まった戦いをしたが、これは迫力と必死さの種類が違う。何と言うか、怖い。

「さて、被験者の治療代及びデータ収集など諸々の賠償金。キッチリ支払ってもらうぞ……?」

「なにっ」


「ウチは道場でもなんでもないんだ、道場破りの感覚で来られても単なる暴力事件にしかならんだろうが」

 男はつい道場の感覚で暴れてしまった。いくら倒したところで警察を呼ぶなど、普通の格闘技に関する場所では恥ずかしくてやらない。

 看板は渡すものかと拗ねられるところはあったが警察ざたになったことは流石にない。

 ましてやいかにも怪しい研究所だったのでちょっとくらい大丈夫だろうと思ったのだが。


「全く、データを応用して体格や年齢に応じた効率の良い武術をピックアップし論文を作ろうと思ったのだが……機密のため秘密裏にしたせいで噂が妙な想像図をえがいているようだな」

 お前みたいなのもこれで七回目だ。と言われる。

 それはつまり……今まで噂になった、憔悴して帰ってきた格闘家たちは――男と同じように勘違いで乗り込んだ挙句、迷惑料として金を取られたという顛末だったのか。

 しかし逆らえない。というかこの科学者、ここで逆らうと研究所ごと自爆するぞとすら言いかねないような苛立ったオーラを感じる。

「だがそれだけでは生温い。おい、お前は「俺が最強」というだけではなく俺の流派は最強だと言ったな。なら……」




「おお。どうした昨日は。勝ったか。ん? 誰だそいつ」

「いや……その。こいつはな……今日から」


『この子は助手の鈴木君だ。彼の体格や運動神経はきわめて平均的で、被験者として名乗りを上げたんだがどの格闘技も習ってなくてな、これからどれかを体得してもらおうと思っていたんだ』

『ちょうどいいから彼にお前の流派を教えてやってほしい。ただし……』


「うちの弟子として、平均的な腕前に仕上げなきゃならんらしい」

「はい、よろしくお願いします」

「平均的な腕前……?」

 なんだそりゃ。と師範代は首を傾げた。 

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