オリジナルコピー
「僕は言いたいのだよ。オリジナリティなど必要なのか? と」
私はまずその第一声を聞いて困惑した。
私は山本。漫画志望のアシスタントだ。
大学の知り合いで、漫画家デビューが決まった年上の先輩である倉持さんに誘われスタジオに来て、第一声が前述のそれであった。
傍には少し困った顔で、私と似たような境遇である鈴木さんと、キューバ系アメリカ黒人のカルロスさんが居る。2人とも同じ事を言われたらしい。
「つまり……その、漫画の話ですか?」
「うむ、相違ない」
発言が唐突である。私の戸惑いを、想定内の反応であるというように倉持さん……いや、これからは先生とでも呼称しておこう。先生は語り出す。
どうやら先の発言は意図的な唐突さだったようだ。
「つまりだ。漫画を作るにあたってそこまで極まったオリジナリティなど要らないのではと僕は思う」
重要なのは読者や皆の望む話の形を作り上げる編集能力であり、パズルのようなものだ。そう先生は気取ったように熱弁を振るっていた。
「つまり……パクリをしよう、と?」
「言ってしまえばね。だが単一のものからやればバレる。というよりそこまで行くと模倣としても芸が無さすぎる」
つまりだ。と人差し指を立てる先生。
「我々四人であらゆる漫画を探し回り、要素を収集し、編集するのだ。僕、鈴木君、カルロス君、そして君でね」
私はそれを聞いて……怖気づいた。正直言って帰りたかった。
しかしカルロスさんが諦めようぜ兄弟、とでも言いたげな顔と身振りをし、鈴木さんがお前だけ逃がさせはせんと言う決意の目をしたのを見て。
私は逃げ場がないことを悟った。
「おっ、このバトル漫画の資料は使えるな。表にチェックを入れておこう」
それから。漫画作りのための準備が始まった。
先生は総出で探し回った漫画から使えるストーリーライン、シーン、キャラクターデザイン、性格など区分してピックアップし、記録を付けている。
完全に帳簿を付ける事務仕事のようだった。
鈴木さんはパソコンで漫画の画像を合成、編集する用に適したオリジナルソフトをカスタマイズしている。
そしてカルロスさんと私はひたすらその手伝いに回っていた。バグやミスチェックなど点検からちょっとした雑用などだ。
「下準備も大変デすね」
「ええ」
カルロスさんが一部分だけ変になっている語調で言う。
彼はガッチリとした肉体、厳つい顔に似合わず物腰が低く丁寧で、去年ごろ知り合った頃からすぐ私たちに溶け込んでいた。何でも十年以上日本に居るらしい(日本語はかなりのネイティブで聞き取りやすいものだったが、時たまイントネーションがおかしくなる箇所が僅かにあるのはご愛嬌だ)
細身だがデスクワーク関係の仕事に関しては体力に自信ある私と、気力あふれる彼でなければ、この異様な仕事に参っていたやもしれない。慣れとは恐ろしいもので、数日もするとこの作業をあまり疑問にも思わずスムーズにこなすようになっていた。
「先生」
沈黙を保っていた鈴木さんが、キーボードを叩くのを止めて口を開いた。彼は寡黙な男だった。先生と同い年で、それなりに付き合いが長いらしい。私とはそこまで知った深い仲ではなかったが、奔放な先生と比べれば割と喋りやすい先輩ではあった。
「完成したか、編集用ソフト」
先生の問いかけに、鈴木さんが神妙な面持ちで頷く。こちらも資料が完成したところだ、と先生も返した。
とうとう「模倣編集漫画」を作るための準備はできたのだ。
率直に言って連載当初はスムーズに行った。
元々先生は絵やストーリー構成のセンスが格別に下手なわけでもなかったし、それでいて流行ものをくっつけているのだから。手堅く受けてはいた。
ただ、徐々に元ネタとした○○という作品のパクリではないかとの指摘、ファンレターも届くようになり。模倣であるという事実を完全に隠蔽し、かつクオリティを向上させるため、我々の組み合わせる絵柄や要素抽出の作業は時を経る事に複雑さを増していた。
やがてそれは漫画作りというより、難解なプログラムのパズルを作り上げているような奇怪な作業と成り果てていった。独自の編集ソフトを使い独特なパターンの元、様々な部位と角度を打ち込み編集、合成、トレースしていく毎日。
「そこの線は崩せ! 描画データは大雑把な枠でなく0.1ミリメートル単位で組み合わせる事を考えろ!」
先生の指示は複雑な金属加工の工程を細かく指示する職人工場の主のようでもあり、複雑な作業をしながら難解なオペの術式をサポートさせる医者のようでもあった。
編集ソフトのヴァージョンは着々と増していき、鈴木さんは異次元の一流プログラマーのように、半自動的に絵を組み上げていく。カルロスさんと私も完全に何かの職人徒弟と化していた。
「キャラクターを作り上げたら画像をコピーして私に見せろ、後で練習をせねばならん……!」
外で絵を描く機会があったらキャラをそらで描けねば周りの人に疑られ、最悪我々が模倣集団に過ぎないことがバレてしまう。
よって先生はツギハギのキャラクターを完全に模倣できるよう、無手でも描けるように一定量、絵を練習しておく必要があるのだ。
辻褄合わせに余念がない。
そうして――どんどんと私たちの漫画が構築され製造されていく。
やがて作業をし続け、〆切が翌日に迫り煮詰まってきた、ある日。体調を些か崩しかけ、疲れの溜まった私は意識が朦朧としていた。
ああ、何故こんな作業をしていたのだったか。そうか、漫画を描いていたのだ。漫画……? えーと。そういえば、えっと。よく、考えてみると。
うん。
誰に聞かせるためという訳でもなく、自然と私の口は開いていた。機械的に動いていた手が止まり、構わず作業をしている三人に対しぼうっとした口調で――
「あの――――」
これ、無理に真似せず普通に描いた方が速いんじゃ。
そう私がポツリと呟くと。皆は一様に固まった。
一秒後。先生は原稿用紙とペンをよこせと震える声でのたまった。
翌日。
「いやぁ……怖いくらい速く仕上がりましたね」
「ええ。ちょっと気持ち悪イ程に素早い手際でしたからね……特にセンセイが」
まさに憑りつかれたのかと疑うレベルの速度で仕事は完了した。即座にストーリーを即興で構築、そして下書きも無しに書き込む先生。
それに追いすがる形でベタやトーン、背景を機械的な速度で言葉交わす事無くやってのける我々。
人外と思わしきスピードとその熱狂的な形相は、原稿ができているか確認に来た担当編集が、何か薬物依存を疑うレベルのものであった。
あの後、あれから省みて考えて皆で話し合った結果。
そもそも人間は無から何かは産みだせない。様々な知識や情報を咀嚼して、それを自分のやり方で無意識かつ密に組み上げたものを「オリジナル」と呼ぶのだ。
つまり我々のやった事は人間が脳の中で無意識にやっている部分まで含めたオリジナル創作活動を、手作業で強引に全行程再現していたようなものなのだった。
――普通にやる方が遥かに速いはずである。
「ただ、まあ……」
皆、表現力や描画力諸々は付いた、とは思うので。
どうやら今までの労力も全くの無駄ではなかったらしい。
先生は今までの「これ」もいい鍛錬になったさと、どこまでも屈託なく笑い。
私達は溜息を、そっとついた。
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