第17話

もう1日休めと会社から言われてそのまま週末に突入。合計3日もの間昼も夜も水嶋と一緒にいたせいで口が寂しくて隣が寒い。


入社してもうすぐ一年経つが早く休みが終わらないかと仕事の始まりを待ったのはこれが初めてだった。


ウキウキして出社した月曜日。


待っていたのは「ザ、日常」。水嶋は容赦なく飛ばすし怒鳴るし蹴るし怖い研究所に行けと言うし……


研究所は嫌だけど今回は必然だった。


牛へ投下したビタミンの報告は土日を使って水嶋が仕上げてた。さすがプライベート無し男。


まあ俺がやったらきっと牛達への悪口で埋まるからそれで良かったが、レポートだけじゃ伝わらない細部を付け加えなければならない。(つまりビタミンを混ぜた餌を食べた牛がどんな顔をしたか)


当然「無理です」と断った。


報告書を書いたのは水嶋だ、体調が悪かったせいで覚えてるのは面白い水嶋と間抜けな水嶋とアタフタしてる水嶋とクソ根性の悪い牛の笑顔だけ。


これは逃げじゃない、水嶋が行くべきだ。


散々押し付けあった後じゃんけんをしたら水嶋が負けた。


言い訳をしたくないが一応付け加えると、水嶋は飛ばしまくるがどこでもいつでも高圧的に振る舞うって訳じゃない。時には人懐っこい話好きなお兄ちゃんになるし(主にナンパ時)時には礼儀正しい誠実な好青年、時には浪速の商人あきんど、つまり研究所の圧にも上手く対処する水嶋が適任なのだ。

もう一回言っとくがこれは研究所に行きたくないからっての言い訳じゃない。


ジトッと湿った視線を残して渋々研究所に向かった水嶋を見送った後は一人で外回りをする事になった。


一人でって言っても難しい所と重要な所、水嶋の顔が必要な所は行かなくていい。

つまり殆どなくてお茶でもしようかな、とのんびりカフェかコンビニを探していると知っている声が聞こえて来た。


携帯から顔を上げて周りを見回すと大きな会社が集まる目抜き通りで「高そう」な集団を引き連れた佐倉が穏やかに笑ってる。


同じようなスーツとシャツなのに何故高級に見えるのかわからないがやっぱり佐倉ってエリートなんだなと改めて感心した。


さっさと行けば良かったのに……馬鹿みたいに品評していると「ちょっと失礼します」って声が聞こえる。


水嶋とは丁度別れて一人だったからいいけど一応退散。早足で角を曲がって一気に加速。

ビルとビルの間に入って全力疾走。


気のせいか……背中の方から硬い靴音がする。

ビルの壁に反響してる。


走りながら振り向くと泣きそうになった。

いい歳のイケメンがなりふり構わず走って追いかけてくる。



「俺は仕事中です!!今仕事中です!」


もう振り向いてる暇は無い。佐倉がそこにいるのかもわからないまま叫ぶと「俺もだ」って返ってきた。


「そっちは誰かを待たせてるんでしょ!追ってくるな!」

「じゃあ逃げるな!」


逃げます、逃げるよ、あんたに追いかけられたら普通逃げる。もうこれは本能だ。

佐倉からゴォーって音がするし迫る靴音が怖すぎる。


「何の用ですか!」

「最近どうだ?元気か?って……挨拶したいだけだ!」

「元気です!万全です!佐倉局長はどうですか!」

「おお!元気だ!見りゃわかんだろ!」


じゃあ引け。巣に戻れ。


注目を浴びながらのデッドヒートは大通りを二つ越えた所で終わった。


止めてくれたのは巡回中の警察官。

追う男と逃げる男の構図には犯罪の臭いがしたのか両手を広げて前に立ち塞がった。


佐倉のスーツは高級でこっちは「青木」、サラリーマンを装ったスリとか引ったくりとか空き巣を生業とする怪しい奴に見えたんだと思う。



佐倉が名刺を出すとすんなり納まったけど飛んだとばっちりだ。


無実だし言いがかりなのに警察官はまだ怪しんでる。


逃げるように飛び込んだコーヒースタンドで息が上がって口が利けなかったからメニューを指差した。


何か色々聞かれたが適当に二つと答えると出てて来たのはイチゴのフラペチーノだった。


美味しいからいいけど……


男が二人、睨み合ってアイスを舐める図。

まだハアハア言ってる感じは映倫に引っかかる。


「俺は何でこんなもん食べてるんですか?」

「知らん」


「じゃあ別の事を聞きます、俺に何か用ですか?」


「元気かどうか聞きたいって言っただろう」


「見てわからなければ聞いてもわからないでしょう」


「………」


「………」


「何で逃げるんだ、この相談に乗るふりをして横恋慕した上に嫌がる水嶋に付き纏ってる卑怯者だからか?」


そんな事を言うから逃げるんです。


「逃げてません、振られたくせにジメジメしつこくストーカーしてる変態なんか怖くない」


「じゃあ何で走った。」

「青空に飛び立とうかと思っただけです、佐倉局長こそどうして追いかけて来るんですか」


「……追いかけてない、青春の夢を追いかけたら

たまたま江越が前にいただけだ」


「………」


「………」


お互いアイスをチビチビ舐めていたが渇いた喉にも会話の雰囲気にも佐倉のイメージにもそぐわない。店を変えようと佐倉が立ち上がった。


「俺は仕事中なんですけどね」


「仕事中でも飯は食うだろ、何を食いたい」


「……牛丼でいいです、近頃の流行りなんで」



佐倉に話せる事はもう無い。


でもこのままってやっぱり後味が悪い。

言われるまま付いて行くと出て来たのは確かに牛丼だけどこれは不正解だ。


カウンターが長い鉄板になってる店で目の前でジュージュー焼かれた肉はサーロイン。


平皿に盛られたご飯の上に乗せればさあ牛丼?



「佐倉局長、あなたの家にはタキシードを着た執事がいて「おかえりなさいませ旦那様」とか言うんですか?」


「俺の家には猫しかおらん」


「うん、いかにも猫を飼ってそうですよね、でも「牛丼」はご存知無いようで……これは勿論300円ですよね?」

「お前は可愛くないな、この店に水嶋を連れて来たら喜んでたぞ、もっとも車海老とか鮑を付けたけどな」


む……そういう切り口か。

魂胆が読めたから反撃する。

猫の待つ部屋で一人泣け。


「俺は「京都」の料亭で冷酒を飲みましたけどね、合計3泊……牧場で牛と戯れたり何も無い田園で「横」になったり……楽しかったなあ」


「二人でか?」


「当たり前です」


「どうせ仕事だろ」


そうです。

当たりですが嘘は付いてない。


「ほらやっぱりな」


佐倉は頬を痙攣らせているくせに余裕っぽく笑おうとする、最初から全部が成り行きで、アレもコレも……今も成り行きだが一応佐倉には申し訳ないって態度を取りたいのに……無理。


この人では無理。

どこが無口で大人っぽい。


タレが足りないだろって高級牛丼にジャージャーと醤油をかけて来る奴に「これからもライバルだな」って握手なんか出来ない。


撃墜あるのみ


「ラブホって男二人でも何も言われないんですね」

「入ったのか?」

「うちの水嶋がどこでもいいって言うから……」

「"入った"んだな?」

「当たり前です、欲しがって大変でした」


「……どんなんだった?」

「ご想像にお任せします」


「お前の妄想という事でいいんだな?」


「あの人は結構……声を出します」


「うん、出すよな、いいよな、やりがいあるよな、最初はカチカチなのに触るとすぐトロッとなるし気持ちよくて抗えない感じが堪んないよな」


「局長の言ってた触っていいタイプって本当でした、脇腹撫でるだけでもチビりそうな顔します」

「そうそう、水嶋って眉も目尻もツンッとしてるのにタリンと垂れるし感じやすくてビックビクだろ」

「ビックビクです。指でクニクニ触ってるだけなのに筋を引っ張ってるみたいに踊るし、閉じてた足が開く……」


………何の話をしてるんだ。


また佐倉に乗せられて余計な話になってる。


ここはHeavenじゃ無いんだから観客が煩いでは済まない。ほら……鉄板を綺麗にしてるシェフの目が怖い。


「コホ、ウホッ……すいません風邪を引きました。移すと困るし俺はそろそろ仕事に戻ります」

「……それ食えよ」


「食いますよ」


白飯が黒い汁に浸かっているが食う。いつの間にか肉の上に西洋ワサビが山盛りになっているが気にしない。


ツンと来る鼻の激痛を我慢しながら特上牛丼を掻き込んでいると携帯を耳に当てた佐倉が席を立った。牛丼には手を付けてない。


「……あ……水嶋か?…」


「あ…」


このやろ、わざとだな。


でも水嶋は断るよ(多分)

佐倉の誘いに乗ると傷口に泥を塗るだけだってもうわかってる筈だ(多分!)

奥田製薬には何の影響も無いとわかってる(多分〜!!)


不本意だったがくれてやった水嶋の痴態を餌に一人でコけばいい。


ムキになるまいと知らん顔をしていると佐倉はとうとう最終手段に出た。


「山本フーズの事で話がある、前に行ったフグの店に来てくれないか?いつ何時かはまた掛け直す…………ん?……待ち遠しいか?……いや今安全上の問題があるからまた夜になったら電話する」


ハニーと付け加えた佐倉は携帯をポケットに落としてニヤリと笑った。

マジ惚れの深さを聞いてちょっと同情したのに甘い。甘過ぎた。


「……小細工は無駄ですよ、水嶋は今日俺の部屋に泊めますから」


「好きにすればいい、先に出るぞ。江越くんはゆっくり喰え、俺の分も喰え」


「また会いましょうね」


GPSと盗聴器をお見舞いしてやる。


「そうだな」


もう背中を向けた佐倉は全然凹んでない。

余裕のある背中を睨んでいると………


二人分の伝票が残されている事に気が付いた。




寒い日と暖かい日が日替わりでやって来る。

最高気温10度から18度、コートが欲しい日、ジャケットを脱ぎたい日。

桜の蕾がピンクに染まり、綻び始めた頃だった。


とにかく思考が一本しかない水嶋だ。

一緒にいる事に慣れたら「こんなもんだ」って思い込んでくれると楽観していていたがやはり甘かった。


つまり現状維持のまま、「水嶋の彼氏です」と言える日はまだ遠い。


水嶋は相変わらず毎日仕事に邁進、土日は腑抜け。(ノールックで受信するのをやめたみたい、電話しても出なくなった)


だからと言って何も無い訳じゃない。拒否のポーズは崩れてないが、何がきっかけなのかどこにスイッチがあるのか、たまのたまの、本当にたまに固いガードが消えて無くなる。


チョビッとでも頻繁に触らせてくれる方がいいのか、無い無い無い、あったら全部、がいいのか。

どっちか選べって聞かれたら迷う。


そろそろ慣れてくれてもいいのに。


水嶋の秘密を知った時は同情もした。

力になりたいと改めて思ったものだが、そんな必要は全く無い。

ズシンズシンと強烈な足跡を残し、前を向いて突き進んでいく。何とか捕まってる服の裾から手が外れたら追い付けないから毎日必死。


下を向かない、振り返らない水嶋はやっぱり絶対的なエースなのだ。


かっこよくて溜息が出る。心配の溜息も出る。ムカつきの溜息なんか安定の量産。


今日も冊子型のカタログ各種でパンパンになっている大きな紙袋2つを取って来いとのご命令。

片方で5キロ、細い紐が指に食い込んで千切れそうだったのに追い付いたら自分の言った事を忘れてやがる。


邪魔だから持って帰れと蹴飛ばされた。



「あのクソ野郎、今度泣かす、今日泣かす、すぐに哭かせて恥ずかしい目にあわせてやる」


強引に迫ればいけると判明してる。


毎回フレッシュな反応を見せてくれるのは面白いし妙に可愛い。水嶋が快感にひれ伏す想像はこの所ストレスの緩和材になってるのだ。


まずは週末になってから飲みに誘う。

なるべくカジュアルに。

泥酔させては元も子もないからビールだけに留めてこっちは酔ったフリ。


どちらかの部屋まで行ければ何とかなる。

……何とかする。


放って置けば地味な路地に雪崩れ込んで勝手に泥酔してくれるが反応の無い水嶋なんてただの「男」になってしまう。

佐倉じゃ無いが見たいのだ。

イク顔、悶える顔、辛そうな顔なんて白飯にかけたら五杯は食える。


我が変態っぷりは日増しにスキルアップしているが水嶋にはその価値がある。


どんな顔をしてるか写真に撮って待ち受けにしたい、ツイッターにアップしたい。


……佐倉モドキがザバザバた釣れそうでしないけどね。


あの「……あっ……」って眉を寄せる顔が好き。後は「ぅ……あ"ぁ」って濁点の混じった声で力が抜けていくところ


それから揺さぶってる時に見せる表情の変化……「んん」って……通るとわかるんだよなあ………って…


「あ……」


気がつくと声に出して実演してた。


もう会社は目の前なのに何をやってる。

行き交う通行人全員に頭の中を見られているみたい、恥ずかしくなって下を向いて歩いていると見覚えのある光景が目の端に映った


二、三歩下がってよく見るとでかいバイクが横倒しになってる。


「これは……友梨さん?」


「あっ!彼氏くん見っけ」


植え込みの影から聞こえた声に振り返ると、タピオカ入りのミルクティーを手に持った友梨が手を振っていた。


「彼氏くんはやめてください、俺は江越です」

「エゴ?変な名前」


はい。定番。


「…………あの…どうしたんですか?水嶋さんならまだ出先で帰って来るのは多分夜ですけど」

「そんなのわかってるわ、エゴさんを待ってたのよ、何でもいいけど先にバイクを起こしてね(ハート)」


「はあ……」


水嶋の細かいスケジュールまでよくご存知で……。


友梨は相変わらず綺麗。

水嶋の話を聞いてるうちに美化が進んでいると思ってたけど本物は上を行く。

男の本能なのかかっこ悪い所は見せたく無い。


……から布石を打っておいた。


「ちょっと腕を痛めてるんです(嘘)もしかしたら一人で出来ないかもしれません」

「出来なくてもやってくれわよね、友達だもん」


うん、友達になった覚えは無いね。


前にどこかで聞いた事がある、親友になるまでの期間は東京が3ヶ月、京都は100年、大阪は5分。


言葉は標準語を装っているが友梨の中には関西風味がピチピチと息づいている。


…綺麗だからいいけど……


「何してるのよ、ほら、オイルが漏れてるでしょう、早くしなきゃ今度はエンジン掛からなくなっちゃう、ピックアップ代払ってもらうわよ」


「はいはい」

「はいは一回」


「…………はい」


似てる。

水嶋と似てる。


顔とか声に騙されているが無茶をサラッと言う所も醸し出す空気も似てる。


「何見てんのよ、可愛いから見たいのはわかるけど早くしてよ」


「やりますよ、やって見せます」


出来なかったら「クレーン持ってるか?」って水嶋の声で言いそうだ。


それにモタモタしてたらきっと蹴られる。

バイクのハンドルを取って持ち上げてみたが予想通り重い。渾身の力を込めてもズリズリと前に逃げるだけで中々立ち上がってくれない。


もう一回。タンクがガリガリ削れてるけど無視。


今度はフレームを持って背筋をフルで使う。

中腰で踏ん張っていると……通りがかりの人が助けてくれちゃった。



「65点」


「あれ?意外と高いんですね」

「感謝に50点よ」


ウインクが超綺麗。


見惚れながら白くなったパンツを叩いていると目の前にタピオカミルクティが出て来た。


また目の前に突き出されてもう寄り目

受け取ると非常に温い。


「これは…」

「エゴさんの為に買ったのよ、クソまずくても飲んでね、540円もしたんだから残したらどつき回すわよ」

「はあ……ありがとうございます」


一口飲んでみると……仰る通りクソまずいです。


いつ帰って来るか、会えるかどうかもわからない相手に旬の短いお土産を用意するか?


「翔ちゃん」相手だからこそ遠慮なく好き勝手言っていると思ってたら友梨は結構大雑把、美人の皮を被った大阪のおばちゃんってテイストだ。


この人の彼氏はこの奔放さに苦労しそうなのに「男の趣味が悪い」って?殴られてもたかられても「普段は優しい」って笑う?

水嶋の話が本当なら世の中上手くいかないって言うか、世の中上手く出来てるって言うか。

関係ないけど、ほぼ知らない人だけど。


結婚する相手はどんなんだ、と


「今度は大丈夫なのか?」って聞きたい。


余計なお世話だから言わないけどね。


「あの、俺を待ってたって何ですか?水嶋さんの彼氏なんて半分冗談なんですけど」(半分ね)


「そんなんわかってるわ、嫌味半分、揶揄い半分、あれは関西特有のツッコミのない冗談、翔ちゃんかて嘘前提で返事してんねん」


「いきなり関西弁……」


「うちらはな、ちゃんと話したい相手には偽らへんの、今日エゴさんに会いに来たのは翔ちゃんにこれを渡して欲しいから」


ハイっと、友梨の鞄から出て来たのは見覚えのある結婚式の招待状だった。住所も名前も……切手も貼ってあるのに、ポストに入れず持ち歩いていたらしい。端が凹んで薄汚れてる。


「いいですけど………水嶋さんはどうして受け取らないんでしようね」


「アホやからとちゃう?」


「でも………心配してるって……言ってました」

「そんなん当たり前やん、ほぼ家族やしな、何だかんだあっても一生一緒にいるんやって信じてんで?今となっては笑えるけどな、あいつ大阪出てからは連絡しても返事もせえへん」


「水嶋さんは忙しい人だから」


返事はしてなくてもちゃんと見てる。

そして友梨もそれを知ってる。

こんな妹がいたら……そうなるかも。


半端ない絆にちょっと友梨が憎たらしくなってきた。タピオカを一つ吸い上げると不味い。


ストローから戻してやろうかと穴にグイグイ押し込んでいると友梨がポツンと呟いた。


「なあ、エゴくん、大人っていつなるんやろな」


「それは小難しい話ですね、俺は大人のつもりでいますけど…」

「なあ、喉乾いた、何か買うてよ」


「え?……いいけど……」


聞いてもいない事を一人で喋り、自分の分岐点で突然話が変わる。本当に似てる。

社会性を取っ払った水嶋みたい……子供の"翔ちゃん"と対峙しているようだ。


「ちょっと待っててください、買ってきます」


会社のロビーにある自販まで走って、お茶を2つ買って持って行くと、2つとも取り上げられた。


「エゴさんはタピオカを飲んでよ」

「でもこれふやけてるし温いし…」


「私のタピオカが食えないって?」

「食えません」

「600円、食うまで見張るわよ」

「540円って言いましたよね?」


ハッと顔を上げて目を丸める様子。

………水嶋。


噛み殺して我慢してる水嶋の言いたい事、結婚するって言ってるのに水を指すような事。


僭越で申し訳ありませんって感じだがここで言っとく。


「今度は大丈夫なんですか?」

「今度はって何なん?失礼やな、嫌やったら別れたらええだけやし、今は好きやからな」


うん、言っても無駄なんですね。

水嶋の苦労がわかりました。


「じゃあ、帰るわ。招待状をお願いね、絶対来てって伝えてね。ごめんなさいね変な事お願いして」

「え?いきなり標準語?やめてくださいよ、もう関西弁でいいです。そんな可愛く笑われたら頭の中で友梨さんが分裂して二人になっちゃいます」

「まあ女優は駄目だったけど私は可愛いからね、惚れても駄目よ、もう予約済み」


ちょー可愛い投げキスと「タピオカ飲め」って脅しを残し、友梨はバイクに乗ってヨタヨタと帰って行った。


水嶋の言った通り友梨はつむじ風みたいだった。



「さて、これをどうするか……」


預かってしまった結婚式の招待状。

これをどうするって勿論水嶋に渡して、そして結婚式に行って貰う。


友梨の影を悶々と背負ってる水嶋には結婚式はいい機会だ。


色んな紐を切ってもらう。


帰ってくるのを待ち構えてトイレに引きずり込んだ。


別の意味に受け取って慌てる水嶋はやっぱり最高。友梨は嫁に出してすっぱり忘れてくれ。


「何だよ、こんな所で……ここには俺達を知ってる社員がいるしすぐに誰かが入って来るし…」

「ご期待に応えられなくて残念ですが友梨さんからこれを友梨さんから預かって来ました」


「………どうしてお前に?」


「どうしてはいいです、受け取って下さい。結婚式に参列してください。来なきゃドレスを着て会社に押しかけるぞって脅されてます」


「あいつはどうせ山程の写真を送ってくる、それでいいだろう」

「ちゃんと行って来て下さい、おめでとうって言いに行くだけです、簡単でしょう」


「祝電でいい」


うだうだと歯切れが悪い。

優柔不断な水嶋は退行して中学生に戻ったみたいだ。


「何が嫌なんですか、泣いちゃうからとか?」

「アホ、お前兄弟はいないのか?妹とか姉ちゃんがどっかの男とイチャイチャするの見たらこっちが恥ずかしいだろ」

「それは……」


8つ年上に姉がいるが、確かにそうだ。

誓いのキスを見た時は女なんだなぁって変な想像しちゃって逃げたくなった。


「確かに……姉ちゃんの結婚式は恥ずかった…かな…」

「ほら見ろ」

「でも俺は逃げてません」


ムーっと口を閉じた水嶋はそれでも手を出さない。面倒臭いからトイレから連れ出して有給の申請を書かせた。(友梨は「来てね」って軽く言うけど式は平日のど真ん中、人の都合を考えないってさすがと言うか友梨らしいと言うか)


「友梨さんに行くってメールをして下さいね」

「行くよ、行けばいいんだろ、ブーケをお土産に持って帰ってやるよ」


「………それは……プロポーズですか?勿論OKです。ふつつかな俺ですが……」


言い終わる前に殴られて逃げて行った。

真っ赤な顔のおまけ付き。


この週末はやっぱり……鳴かしに行こうと心に誓った。



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