第15話

12


「おい………」



水嶋の声が聞こえた。

ずっと水嶋の事を考えるからもう病気。


瞼が重くて目が開けられない。

ってか開けたくない。現実に戻りたくない。



「遅刻するから離せ」


…………声が近い?


試しに声の出所を引き寄せると……サワサワと柔らかい物が頬を撫でた。


「ん?」


何これ。


何かおかしい。

これおかしい。


今度は目を開けたくても開けられなくなった。

ジワッと背中が熱くなってる。


片目を開けると………目に入ったのは眉間の皺。


「えっっ?!本物?!」


首が生。

肩も生。

その下も生。


生物なまもの………


「いい加減離せ」


「水嶋さん?!!」


やたら気持ちのいい夢を見ていると思ってたのに気が付いたら生の水嶋に抱き付いて寝ていた。


慌てて飛び起きたら素っ裸

水嶋も素っ裸。

部屋を見回すとゴミ屋敷。


つまりここは水嶋のマンションだ。


という事は飲み過ぎて水嶋の事を考え過ぎて好きだと言い過ぎて………夜中にお邪魔して襲った?


嘘。最低。俺って最低。

これは大事にしたいと思ってる相手にする事じゃない。


取り敢えずベッドの上に正座をしたら情けない事に裸に靴下だけ履いてる。


膝の前に落ちてる靴下は多分水嶋の物。

他にもあるから昨日履いてた物とは限らないが……最低の最低。脱がして足を舐めた記憶がある。



「ごめんなさい」


「謝んなよ」


「それは……認めて頂いと受け取ってもよろしいでしょうか」


「………」


「つまり彼氏として」

「違うわ!アホ、謝られたら俺が情けないだろ」


「………そうだと思ってました」

「なら言うな!時間がない、もういいから早く用意しろ、遅くなると困る」


どうやら「殺す」とか「生命保険」は免れたが、プイッと横を向いた顔はいつものように赤くならない。


「水嶋さん?」


ベッドを降りた水嶋は何をするのかと思えば、ズルズルと高そうな羽布団を引き摺って頭から被った。こっちは遮るものが無くなって素っ裸がより一層情けない。


そのまま風呂場に行くのか?もこもこしてるぞ?


定番通りシーツを巻いて隠すとか、シャツを羽織るとかしてくれたらそれなりに萌えるのに羽根布団を連れて風呂場に行くか?


「男同士だからいいのに」


何も無ければ、だけど……

明るくなるとまっぱでベッドに男二人は中々ハードだった。


水嶋が好きなのは変わりない。こんな機会がちょくちょくあればいいなって夢みたりするけど男の裸を見てもムラッとしたりはしない。

やっぱりゲイとは違うなって実感する。


「昨日は最高だった」チュッとかあったらそれはそれで………キモい。


「一回やってくれないかな」


「何をだ」


呼吸するより自然な通りすがりの蹴り。


自分の世界に入っていてシャワーを終えた水嶋が目に入ってなかった。

もうシャツを着てネクタイを拾ってる。


拾うな。

はたくな。

学生の制服じゃ無いんだから解いとけ。


「妄想してただけです」

「それはご苦労だな。何でもいいからお前もシャワーを浴びて服を着ろ、遅れるぞ」


「まだ時間はありますよ?俺の脚本を一度試してみませんか?」


「………脚本?」

「だから起きた時からやり直して……」

「いいから行け!」


濡れたタオルが飛んだきた。

お酒が残ってるのかな、妄想が暴走して迷走してる。

やれやれと立ち上がろうとすると、湿った下半身が足にくっついてピリッと引き攣れた。


「ふぎゅ……」


思わず出て来た変な悲鳴?音?


「今の何だ?」

「ふぐ……」


股間を抑えて蹲ると水嶋が弾けたように笑い出した。


「笑わないでください、男ならわかるでしょ……」

「だって…お前…」


笑い続ける水嶋を見て気付いた事がある。

これだけ解放した水嶋の笑い顔を見るのは初めてだ。

洗い立ての髪がざんばらで学生時代はこんなだったかもしれないなって思った。



多分この朝は一生忘れない。






「クソムカつくけど俺のシャツじゃ江越には小さいだろう、時間は無いが青山に寄ってやるから適当に何か着ろ」


それはきっと「はるやま」です。


「何か言ったか?」

「いえ、そうします」


水嶋のシャツからボタンをちぎったのは覚えているが自分のシャツをどうしたかは覚えてなかった。それらしい奴を(選び放題なのが問題)拾ってみると合ってたのはいいがボタンがブチブチで使用不可。


うらぁ!ってシャツを開いた訳?野獣ですか俺。


「水嶋さん、落ちてる服を適当に借りてもいいですか?」

「早くしろ。今日はちょっと忙しいぞ、着替えも含めて余分に買っとけよ」


ほらって机の引き出しから万札を数枚出して渡してくれたけどそれは返した。さすがにそこまで甘える気は無い。


「ほら、ボヤボヤしてないでシャワー浴びて来い」

「はい、あの"今日は忙しい"って何ですか?何かありましたっけ?」


忙しいのはいつもなのだ、改めて忙しいと宣言されると聞かずにはおれない。シャワーより先。


何が気になるって水嶋の手には珍しく小さな鞄がぶら下がっている。


「兵庫に出張する、帰るのは明日になるぞ」


「ええ?一泊って事ですか?」(歓喜)

「泊まるなんて誰が言った?」

「だって……」

「荷物があるから車で行く。運転頼むぞ」


「嘘……」


つまり……ゼロ泊二日って事ですか?

車で行って次の日に帰って来るとすれば車中泊ですら無い。(消沈)


二日酔いで頭は痛いし怒鳴ったせいで喉もイガイガ。どれだけ必死で腰を振ったのか体が重い。最低の体調なのにこの強行スケジュール。


平日の週半ばなのに喧嘩して飲み過ごしてもう寝てただろう水嶋を襲ったりしてたのだから自業自得で文句は言えない。自己管理の範疇だ。


文句は言えないけどこれは言う。


「前から決まってたんならせめて言ってくれれば俺だって準備してたのに」


「昨日の夜に電話はしたぞ、出ないお前が悪い」


「え?電話をくれたんですか?」


携帯を見ると、確かに不在着信がある。でも一回だけ。


「一回電話しただけで諦めないでください」


「海外に行くわけじゃ無い、ちょっと遠いだけでいつもと変わりないだろ、知ってても知らなくても行くしかないんだからな」


「そうですけど」


水嶋と話している間に気が付いた。


やけにあっさり押しかけ暴行を許してくれたと思ったら、朝のあの時点で水嶋はもう仕事モードに入っていたらしい。


相変わらず仕事一番。


水嶋の中では仕事にも順位があるし、あの綺麗な幼馴染もきっと上位に居座ってる。ランクインもしてなさそうって実感する……。


ブツブツと予定を呟き(身振り付き)今日穴を開ける取り引き先に電話を入れるのが忙しくて目も合わない。


珍しい破顔が見れたからいいけどね。


愛しいと思う気持ちと憎たらしいと思う気持ちが


折り重なって体機能が低下してる。


のんびり落ちている服を選んでいると蹴りと口パクで早くしろと急かされた。


チューで昨日の夜を思い出させてやろうかとチャンスを伺っていたが、諦めてシャワーを浴びてスエットの上下を借りた。


歯ブラシは共用でも問題なし。







大量の段ボール箱を社用車のに積み込み込んだ。車種はプリウスなんだけど元々荷物を乗せるような車じゃ無い。無理矢理押し込んで角がへしゃげたけど中身を知らないから別にいい。


兵庫のどこに行くのかも知らされないまま水嶋と二人で出発した。


道路は混んでいたが高速に乗ると空がひらけて気持ちいい。雲ひとつない晴天に飛行機雲が筋を作ってる。


助手席には水嶋。


考え方を変えれば例え「0泊2日」で「仕事」で「強行」で「体調が最悪」でもこれは二人初の一泊旅行だ。普段から何かと邪魔をしてくる「電話」は連絡が行き届いてるせいか殆ど鳴らない。


「はるやま」で落ちた気分が上がって来た。(スーツ2着ネクタイとか靴下も入れて12万……卍)


カーステレオからはFMラジオがビジュアル系バンドの古い曲を奏でている。びっくりする事に水嶋は口の中でメロディを追っていた。


「水嶋さんって音楽は何を聴くんですか?」


「ん?音楽なんか聴かないなあ」


……でしょうね。そう思ってました。掃除した時携帯付属のイヤホンが箱に入ったままなのを見てます。


テレビをつけていても目に映しているだけで見てない。野球もサッカーも興味無し。

テレビのチャンネルクルーズは営業先での話題について行く準備なのだとわかってる。


本当に私生活がない。



「でもこの曲ってそんなにメジャーじゃないのに、よく知ってましたね」

「これは……聴けって脅されたんだ、たまたまなだけだ」


「そうですか」


誰に?とは聞かなくてもわかってしまった。


問いただしたい気持ちと聞きたくないという気持ちは半々だがちょっと気まずいからやめておいた。


「………お腹……お腹すきましたね。どこかのサービルエリアに入って朝飯食いましょうよ」

「時間が無いから昼と一緒でいいだろう、それか腹が減ったんならコンビニで何か買えよ」

「急いでもどうせ夕方にしか着かないんですからちょっとくらいいいでしょう」


水嶋は窓の外を見て返事をしない。


駄目だと言わないならそれは承諾と受け取っていい、目に付いたサービスエリアにハンドルを切った。





平日だからなのか、だだっ広いサービスエリアの駐車場は大型トラックや社名の入った車が並んでいる。


忙しなくエンジンがかかったままの車が多い。


停める所は幾らでもあるのに、店舗やトイレのあるエリアに集中して混み合っている車列の横に「奥田製薬」と書いてあるプリウスを加えた。


車を降りた水嶋は「何でもいいから好きな物買って来い」と言って伸びをしている。


いてますね、何だか歩いてる人がいかついおっさんばっかり……俺が高速に乗る時って休みの日が多いんで風景が違います」

「そうか?俺は仕事でしかこんなとこ来ないからこんなもんだ」


うん、水嶋は遊びで出掛けたりしないって知ってる。でも、知る限りだが一泊出張とかどこかに行ったとかは聞いたことない。


……弾丸で行って弾丸で帰ってなければだけど。


「出張ってちょくちょくあるんですか?、俺は初めてです」

「お前らが一人で行って何が出来るんだアホ」


って話題のチョイス失敗。

こんな話は水嶋が仕事モードになってしまう。


「あの、水嶋さん……」


「最近は支社を作ったから俺も久しぶりだ。前は週に一度くらいは関西に行ってたし…」

「水嶋さん、ほら色々ありますよ、何を食べます?選んでください」

「おい?江越!話しかけといて何だお前」

「おやつも買いましょう、お焼きもいいですね」


「聞けよ……」


聞くか。

せっかくだから仕事は封じさせてもらう。


仕事の先導は出来ないが遊び(そう決めた)の先導はこっちでする。先に行くと「ゆっくりする暇はないぞ」と言いながらも付いて来る。


不機嫌そうに振舞っているのは照れか防御。


それがどこで培われたかは置いといて、高菜のお焼きを二つ注文すると……ほら、後ろからお金が出て来た。


こんな時の水嶋はほんのりと甘い。


奢ってやってる感は無く"何でも好きなものを食え"って感じは懐の深い彼氏そのもの。女子なら速攻惚れる。


女子じゃないのに惚れたけど……。


水嶋の持つ包容力がプチで季節限定で良かった。


"振り回してんのはお前だ"って佐倉に言われたが確かにそうだ。水嶋は流され上手。

おやきの隣にあった揚げ餅のブースを覗くとやれやれって感じで止めたりはしない。二つ注文するとまた払ってくれた。


「美味しそうですね」

「それ今食う気か?」

「だからこれはおやつです、昼をちゃんと取れるかわからないから米を食べましょう、何にします?」

「はい、水嶋です。」


「…………」


楽しいのに電話が邪魔。


三千円をポイっと渡されたのは朝飯を勝手に選べって事だ。五目ご飯のおにぎりとうどんを2つ買ってから電話をしている水嶋の元に運んだ。




「うわ、真っ黒……」


トレーを覗き込んだ水嶋は、何を食べたいとも指定しないで任せたくせにうどんの汁に文句を言った。


「こんなもんでしょ」

「関東圏では蕎麦にしろよ、何だよこのおつゆ麺が黒くなってる」


水嶋が箸で吊り上げた麺は確かに色が付いてるがそれが美味しそうに見えるとも言える。


「関西では出汁が薄いんですよね、味に変わりはないでしょう?」

「変わるわ、味音痴」


「水嶋さんよりマシです」


食の雑な水嶋にだけは言われたくない。


でもこれはちょっと面白い話題でもあった。

関東から関西を車で横断する機会なんて滅多にない。


「どこから出汁が薄くなるんですかね?中間色とかあるのかな?」

「岐阜を出た辺りから突然薄くなる、蕎麦の出汁まで薄くなってそれはそれで好きじゃない」


「そんな簡単に答えを出さないでくださいよ、調べたんですか?いつ、どうやって、何時何分…」

「アホ、ここは小学校か、俺は会社が引っ越す時この道を何回も往復してんだよ、お前は探索しようとか言ってちょくちょく休むつもりなんだろ、4時前には着きたいからしのごの言わないで早く食え」


「はいはい」

「はいは一回」


小学校って言葉はお返しする。

でも一応最後まで付き合う。


「………はい」と小学生っぽく素直に返事すると、揶揄っている事がバレたらしい、睨んで麺を咥えた。


水嶋が食べる所を見るのは好きだ。(我ながら変態)箸の先しか使わずに汁が飛ばないようチルチルと麺を慎重に啜る。


水嶋との昼休憩は時短と利便性を考えて麺類が多い。いつもなのだが、早く食えと急かした割に食べ終わるのは水嶋の方が遅い。


前から思っていた事だが水嶋の食べ方には品がある。何だかんだと言っても躾が行き届いた育ちのいいおぼっちゃんなのかもしれない。

部屋を散らかし腑抜けのように転がっていても「だらし無い」と思わなかったのは食べ方が綺麗だからなのだと思う。


女子の好みも口元を見てしまう、水嶋に惹かれた要素の1つとも言えた。


丁寧に麺を啜る水嶋は背筋が伸びていて綺麗。

見過ぎて視線を読まれたのかススッと丼を避けて横を向いた。


「見るなアホ」


「うどんを食う水嶋さんって結構エロいです」

「死ね」


この人簡単。


赤くなった水嶋をほじくり回したい。


ほんわか楽しい。ビバ出張。収穫多い。


仕事モードでも腑抜けモードでもどっちでも無い「素の水嶋」が満載だ。


長い筈の道中は楽しくて嬉しくて7時間以上かかった道のりはあっという間だった。


順調だと思ってたのに………兵庫に入ってから問題が起こった。


やたらと道が混んで前に進めない。


祭とかイベントとか特別な日だったのかいつもなのかはわからないが車列がノロノロとしか動かない。予定の到着時間は4時前後(行き先はイマカツ工業、何の会社か聞いてない)

荷物を渡してすぐに帰ってくる筈だったのに街中を抜ける途中でもう5時を過ぎている。


遅れると電話をしたら明日にしてくれと言われてしまった。


「……困ったな……困った。」


「困りますか?」

「……ああ……困った…」


「困りましたか」


水嶋は困り果てているがこっちは鼻血を吹きそうなくらい嬉しい。


それは「朝から7時間掛けて到着、用事を済ましてまた7時間掛けて帰る。そして明日の朝から普通に仕事」って鬼のスケジュールが無くなったからじゃない。


ホテルが空いてないのだ。


一部屋もない。結構な郊外まで探したが見事に詰まっている。インバウンドの威力は物凄く、当日に泊まれる所を余す事なく舐め尽くしてる。


車で寝るという手もあるが何時間も手足を縮めて座っていたのだからそれは出来ればしたくない。


いい事を思いついたが水嶋の同意なんか求めない。だって他に選択肢が無いのにうるさいに決まってる。


シレーッと入ってた裏通りでシートで隠された特殊な門にツルッと車を入れた。




「!?っお前!どこに入ってんだよ!」

「「空」ってあったでしょう、仕方ないです、ここを逃せば他にはもう無いかもしれませんよ」

「無かったら車で寝りゃいいだろう!俺はやだぞ、ベッドで寝たいならお前一人で行け!俺はここで寝る」


車のシートにベタッと張り付き、外と中をあたふたと見回す水嶋はやっぱり童貞臭い。

他の心配があるにしても(主に俺)28の男がラブホテルにこうもビビるなんて笑えた。


「そんなに喜ばないでください」

「お前には俺がどう見えてんだ?!」


楽しそうです。……ってか楽しいです。

揶揄うと極上です。


「水嶋さん、俺は反省してるんです、同意無しにもうあんな事は絶対にしません」

「信用出来るか!……そうだ、部屋を2つ取ればいい、そうだよ、そうしよう」


「お金が勿体ないですよ」


それならばそれで仕方が無いと思っていたが神様は優しい。ラブホテルと言えど旅行客に取れば安い宿には違いない。生憎一部屋しか空いてなかった。


ありがとう神様。今度どこかの賽銭箱に1000円入れます。


「そんなに身構えないでください。俺は本当に何もしませんよ、明日の為にさっさと風呂に入って休みましょう」


「クソ……寄んなよ」

「そうは言っても……」


部屋に入ってみると驚きの狭さ。

ほぼベッドしか無いのに無理矢理テレビや冷蔵庫を持ち込んでるせいで床は見えない。後はユニットみたいな風呂場とトイレだけ。


壁にフランスのカフェっぽい絵が手書きで描かれているがそれが返ってチープさを浮き立たせている。


「一緒に寝るしか無いですね、ソファどころか横になるスペースすらない」


「俺は……やっぱり車で……」


スススッと身を引く水嶋の襟首を掴んでベッドに押した。


「そんな事はさせられません、水嶋さんが車で寝るなら俺が代わりに車に行きます」


「それは……駄目だ。お前には運転してもらわないと駄目なんだから変に疲れたら困る」


困った顔をするな、今更何を言う。


0泊2日を目論み、うまくいけば明日の朝には帰り着こうとしていたくせに都合の悪い事は忘れるのか?


「じゃあ二人で寝ましょう、そんなに怯えないでください、何もしないと誓います」


「怯えてない。こんなとこで……男二人で寝るなんて気色悪いだけだ。」


諦めたのか信用してくれたのか……ふんッと鼻を鳴らしてベッドに座った水嶋の隣に並ぼうとすると飛び退いて避けられた。


信頼は勝ち取ってないらしい。(当たり前)


それでもウキウキしている気持ちは止まらない。ウキウキし過ぎて暫くは足の向きやら場所やら配分やらで喧嘩をしていた。


男二人の雑魚寝だと割り切ればいいのに。

無理か。

無理だな。


無理だと思ってたのに話し合いが付いて順番に風呂に入ってビールを開ける頃にはお互いに慣れて馴染んできた。


さすが水嶋。


もう水風船の趣が滲んでる。


寝たらどうでもよくなるのに散々喧嘩したベッドの配分はもう忘れてるみたい。


厳重に話し合ったのに手とか足とかはみ出てます。くっついてます。足の先が重なってます。


まったりってこういう事。


「どうせなら温泉宿とか予約しとけば良かったですね、温泉宿なら経費で落とせるのな、さすがにラブホテルの領収書を出す勇気は無いです」


「どうせ俺が払うんだから江越には関係ねえだろ」


元々金の心配なんかしてない、水嶋といれば財布を出す必要は殆どなく、当たり前に全部払ってくれるのだ。


どちらかと言えば「温泉行きませんか?」と暗に誘ったのに当然のように通じてない事にガックリした。


「水嶋さんって金持ちですよね、手取りってどのくらい貰ってるんですか?」

「言うかよアホ。前も言ったけどお前が思うほど貰ってない、ただボーナスは凄えって自分でも思う」

「どれくらい?」


「この冬は580」


………580円じゃ無いよね?それは万?


「……嘘……牛丼並み盛り350円として……16571杯食える、働かなくても2年は食える。早速会社を辞めましょう」


「計算早えな」


他の事で役に立て、と笑った水嶋が枕を振り回した。すると、どこかに穴が空いていたのかプツッと音を立てた枕は白い羽根をブワッと吹き出した。


ラブホテルは三畳分くらいしか無い狭い部屋なのに価格は足元を見た一泊12000円だった。


普通の客は枕を使う暇なんか無い、金をかける場所を間違えている。



「本物の羽根枕なんだ」


舞い上がった白い羽根は本当に軽いのかヒラヒラと宙を漂い中々落ちてこない。


「結構いい枕だったんですね、羽根に芯が無い」


「雪みたい……」


「……乙女な事言うんだ」


「死ね」


笑いながら「死ね」と言われても死なないのはわかってるからもういいけど、枕を追加で振るのはやめてください。吹くのもパタパタ煽るのもやめてください。

舞っている間は綺麗だけど落ちたら只の埃です。

このままではあなたの部屋のようになってしまいます。


中身の減った枕をにっこり笑って取り上げた。(笑わないと喧嘩になる)


「えらく盛大に飛びましたね、ああ、もう……せっかく風呂に入ったのに羽根のカスが前髪にくっついてますよ」


「そうか?」



言ってしまってからハッとした。


本当に……お礼を言った神様に誓うが、本当にエロい事は考えていなかった。疲れもあるし普通に話すだけなら水嶋と二人でダラダラするのは慣れている。


水嶋も水嶋、あんなに警戒していたくせに……


どこだ?と顔を出す馬鹿。


「そんな目」男をで見るのには慣れてないから気が付いていなかったが、水嶋の部屋着の着方は大変優秀。


丈の短い浴衣みたいな物だが前できちんと合わせて襟の抜き方が絶妙。鎖骨は見えるし腰にピッタリ巻き付いた薄い布は体の線がそのまま浮き立っている。


「あの……」


多分顔が赤くなってる。

だって暑い。


水嶋も自分が何をしているのか気付いたらしい、舌打ちをして横を向いた。


「もう寝るぞ」


「………そうですね……そうしましょう」


パッと布団を蹴り上げて体を伸ばした水嶋を見てギョッと目が吸い取られた。


「水嶋さん?」

「うるせえ、とっとと寝ろ」


腰回りで張った薄い布から鋭角な突起物が飛び出てる。キュッと体を丸めて抱え込んでしまったがもう見えちゃった。



「あの……何で……勃ってるんですか?」


「っ!………」


壁を向いた背中がビクッと揺れて耳と首が真っ赤になっていく。



本当にムラムラさせるの上手。



「軽く……抜きます?」

「…………」


背中から伝わってくる熱量が高い。

ギュッと布団を締めた繊細そうな指はやっぱり細くて医者向き。


「もし欲しいなら……あげます……けど…」


肩を引いてゆっくり転がすと硬く目を閉じて歯を食い縛ってる。


でも、嫌だとは言わなかった。


ドキドキに心臓が食われてる気分。


だって今は素面に近い。


肩を抑えると驚いたようにビクンと体が揺れた。


神様ごめんなさい。恩を仇で返します。

この人は肯定とか否定を自分で判断してないんです。天然成分でムラッとさせられて我慢は無理です。


禊は終わり。


そっと唇を重ねると震えが伝わってきた。

耳の中に指を入れて顎を持ち上げると隙間が空いて入って来いと誘われる。

ゆっくりと中に入ると、嘘みたいだが迎えてくれた。


自分の気持ちいいポイントに誘導するのは無意識なのか、わかってやってるのか……少し離れて唇の先を啄ばむと顔を斜めに傾ける。


欲しいなら何でもあげる。何でもする。

激怖の研究所に行くとか、目にしみる料理の味見をするとか、フォークリフトを買うとか……


……以外なら、何でも出来る。



「水嶋さん……好きです」


大好き。


押し付けた唇からチャプっと水が踊る。

離れると繋がった水の糸に引き戻され、また唇を落とす。


真っ当なキスをする日が来るなんて思わなかった。そしてこんなに感度のいいキスも始めてだ。


絡み合い、舐め合い、嬲り回すと足に当たるそれが硬度を増してる。


脱がせたりはしない。

半裸の方が好きだ。

浴衣最高。


脇腹を撫でただけでもフルッと震える。

襟を割って胸の小さな粒を口に含むと声が上がった。これくらいで?って思う。まだまだだよって言いたい。


浴衣の中に入れるとすくみ上がる肩から落ちた。エロさマックス。

浴衣万歳。


「ふ……あ…」


脇腹にちょっと腕が当たっただけで激怒するくせに、今は「撫でて」って開いてる。


刺激に弱いからこそなのか、悦ぶ体を抑えられずにもう抗えなくなってる。


これが常で……万分の1でも好きって感情があれば最高なのに……今の所躾の途中って所だ。


溺れろ。


「水嶋さん……足を閉じないで」


守るように硬く塞がった太腿の間に浴衣の裾をいて手を滑らせるとやっぱり我慢してた?結構簡単に足を割った。


「俺……待たせたんですか?」


「うる…さい…」


張り詰めたそこは苦しそうに汁を吐き濡れている。2回とも酔っていたがどうすればいいかはもう手が知っていた。


両手出動。

谷間に指を差し入れてもう片方は前を弄る。

他人のそんな所は醜悪で触りたくなんか無いのに好きっていう感情は全部を凌駕する。



「あ……」


ヒクっと痙攣した体が苦痛に耐えるように捩れていく。逃げたいのか、欲しいのか自分でわかってない。


「く……あ…」


「気持ちいいんですか?」


「ちょっ…動かすな……やめ…あ…」

「どっちを?」

「中!……前……どっちも…あっ!」


動かすなって、それはそこであってるって事。


コシコシとモミモミの中間で忙しく指先を使うと声と頬の紅潮が凄い。


涙目も凄い。

息の声が色っぽい。

電気を明るいままにして良かった。

開いた口が何とも言えないエロさは眼福。


「っ!……あ…」


男のGスポットって誰でもこんなに感じるものなのか、水嶋が特別なのか、ちょっと強めに押し上げただけで派手にイってしまった。


水嶋はグダっと持ち上げた背中を落として肩で息をしている。


……けど、まだ何もしてないような気がする。


もう一回充填してもらうおう。


「入れてもいいですか?」

「俺に……そんな事を聞くな」


「いいんですね?」


「………もう……寝たい」


「もうちょっとだけ付き合ってください」


顔を隠してしまった水嶋の手をそっと外すと惚けたような目が気怠そうに見上げた。


睫毛が涙に濡れて固まってる。


これは合意ですよね?神様。



「いい?……」


一応聞いたけど……水嶋が「早く頂戴」なんてAVっぽいサービスをしてくれる訳無い。


暗くて見えない深部に自分を充てがうと持ち上げた足が押し返してくる。


引いてグっと押し込むと無言の叫び声を上げて顎がパクッと開いた。


そんなにいいの?


「ぅ……ぐ……痛え…」

「すぐ良くなるんでしょ?」


「………あ……ハァ…」


深い呼吸が答え。引いて押して、少しずつ深度を増していく。


「おい……深いって…どこまで…あっあ…ちょっと…ん」

「全部……行ってみようかと……」


水嶋の「Gスポット」は浅い場所にある。遠慮とか本当に大丈夫なのか迷って最初の二回は半分くらいでやめてた。


「俺で……試すな」


「誰で試せと?」


いつの間にかまた吐き出してる粘液で滑りが良くなっているのか奥まで行ける。


ドライでイクって意味がよくわかってなかったがこうして見ると水嶋はもう何回も、ずっと上り詰めているようだ。


水嶋の中は熱い。

狭い肉壁は拒否しているように締め付けてそれが返って肉を抉る。


「気持ちいいです」


「速いって……あ……あ……ああ…っ!」


いい所を突いて擦り上げると出て来る悲鳴がもう最高。


悲鳴と一緒に中が締まるのも最高。


顔が最高。


本当に好き。


揺らすと身を悶え、色の付いた吐息をもらす。


好きを繰り返してしまう。

水嶋はもう「アホ」も「死ね」も言えないでいる。


もう堪らなくて抱き締めると早い息が耳元を掠め、必死で抑えている声に溺れた。




次の朝はまた正座から始まった。


もう恒例。


でも今回は無理矢理じゃない。

むしろ誘ったのは水嶋だと主張したいが「何もしない」約束を破ったのは事実。


「ごめんなさい」


これは約束を破った事に対しての謝罪で抱いた事への謝罪じゃない。


先に起きたらしい水嶋はもう既にシャワーを浴び終わってる。ネクタイを結ぼうとしている手を掴んで止めた。


「……何をしている、お前も早く用意しろ、今日は朝一から忙しいぞ」


「話はこれからです」


実は一睡もしないでずっと考えていた。


少しだけでもハッキリさせたい。

度重なる事故の一環に位置付けて欲しくない。


今度こそと思っていた。


「水嶋さん聞いてください。何回も言いますが俺は水嶋さんが好きなんです」


「……「天気は……窓が無いからわかんねえな、ちょっと郊外に出れば車を停めれるファミレスとかがあるから朝飯はそれでいいな、後昼以降はどうなるかわからないから水と食べ物仕入れるぞ」

「水嶋さん!逃げないでちゃんと向き合ってください」

「逃げてない、そんな話をしている場合じゃないだろ、お前忘れてないか?ここには仕事で来てるんだぞ」

「ホテルを出るまではプラベートです、俺は真面目だって言ってるでしょう、心が全部欲しいなんて言ってません。でも認めて欲しい所もあります。俺が嫌いじゃないんでしょう?」


体を重ねる事は水嶋にとって、勿論こっちにとってもまだまだ乗り越える壁は幾重にも重なっている。でも全部が全部嫌とは思えないのだ。


この先、チャンスを盗むような真似はしたくないし、水嶋にも我慢して欲しくない。



「………1つだけ言う……」


落ちて来た声は静かだった。


答えてはくれないと思っていたからハッとした。

自然と正座した背筋が伸びて弟子入りを希望している師匠に向かっている気分。


「何ですか?」


「江越の事は嫌いじゃないし、この先奥田を率いていく大切な後輩だと思ってる。好きだと言ってもらえるなんて思わなかったから嬉しくもあるけどな………俺にはそんな価値無いんだよ」


「水嶋さんの価値を決めるのは俺であり、会社であり、それぞれです。そんな事を……」

「もう出るぞ」


「水嶋さん」



目を潤ませて熱い吐息に色を含んだ昨夜とは別人のようだった。


「今日は忙しいと言っただろう」


「………はい」


ヒュン……と内臓が落ちた。


照れたり赤くなったりもしないで業務態度の評価をするような冷たさに次の言葉が出てこない。


これは水嶋の悪い所だと思う。


究極の真面目さ捏ね上げた融通の効かない頑固さは考える事すらしない。駄目なら駄目でもいいのだ、何度だって食い下がる覚悟はもう出来てる。


返してくれなくてもいいから好きって気持ちを認めて欲しい。


「唐変木……」


欲しいのは体じゃない。

いや……体も欲しいけど……何よりも心が欲しい。


片隅をくれたかなって幻想だけって…



トイレに行くと出口で待っててくれるくせに。

往年の彼氏みたいにラブラブとお金出してくれるくせに。

耐えられずに変な声出すくせに。


馬鹿馬鹿バーカ



コホッと咳が出て、イガイガする喉から苦い物が出て行った。



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