第14話

店の中はシンと静まり返っている。


佐倉も、いつもHeavenにはべっている邪魔でうざいオブザーバーも誰もいない。


体が痛い。

物凄く痛い局部は無いが細々痛い。

ズキズキじゃなくてチクチクって感じ。


痛いのは嫌いだ。

動いた途端にどこかが痛み出しそうで顔だけを動かした。佐倉が蹴り飛ばしたテーブルも散乱した椅子も壊れたグラスも見当たら無い。狭い店の中はもう整然としている。


「何時だろ……」


「あれ?起きた?」


独り言が聞こえたのかカウンターの影からチョビ髭がヒョコッと顔を出して笑った。


「店長……」


誰もいないと思ってたのにいた。赤城店長は「ちょっと待ってね」と振った手だけを残し、一度中に引っ込んでお絞りを持ってカウンターから出てきた。


「大丈夫?」


「すいません……俺…」


「暴れてスッキリした?」


「いや……」


毒気は抜けたが汁気はたっぷり。


パンツとパンツの中のパンツがアルコールやら何やらに濡れてスッキリどころかベチャっとしてる。


「あの……佐倉さんは?」


「ん?ちょっとだけ飲んで帰ったよ、大変だったね、まさかあの落ち着いた人がエゴちゃんに飛びかかるなんて思ってなかったから油断してたよ」


落ち着いてる?誰の事だ。


「ビックリはしたけど元々変な人でしょう」


店長はハハッと笑って起き上がる手助けをしてくれた。


試しに立ってみたがやっぱり小傷以外どこも何とも無い。


「殴られたんじゃ無いのかな?」


「佐倉さんは飛びかかっちゃったけどそれだけだよ、むしろ暴れてたのはエゴちゃん、暴れて頭打って飛んでただけ」


「そうなんだ…」


ボコボコに殴られて、殴った気分だが確かに襲ってきたのは机とか椅子だけのような気がする。


「カウンターにおいで、何か飲むだろ?」

「はあ……」


こっちと手招きされてスツールに座ると泡の立つロングのグラスが出てきた。

オレンジ色が底に溜まって綺麗なグラデーションを描いてる。ジュースみたいだが飲んでみると意外とキツイ。


乾ききった喉に炭酸が心地良かった。


「あの、佐倉さんの方は怪我をしたりしてませんでしたか?」

「どうかな、あの人は大人だから怪我してたって何も言わないんじゃないかな」


今、お前は子供だと言われた?


「大人じゃ無いでしょ、店で暴れるなんて下手したら失職します」


言ってて顔が半笑いになってくる。

だって身近に店でもどこでも遠慮なく暴れる人がいる。


「ん〜……エゴちゃんは知らないかもしれないけど佐倉さんは元々あんな人じゃ無いんだよ」


「どこまでも変な人に見えますが?」


いい大人が「付き合って下さい」って中坊みたいな告白をして向こう見ずに突進。振られた後は大変優秀なストーカー。あんな人じゃ無ければどんな人だ。


「エゴちゃんはそこしか見てないからそう思うかもしれないけど佐倉さんはね、この店にいてもあんまり話さないし、誰に誘われても穏やかに笑ってるだけの人だったんだよ、仕事が大変なんだろうね、性癖を偽らなくていいここに休みに来てた感じ、だから今回の一連はちょっとびっくりしたなあ」


それって隠してただけじゃん。

見た事ないくらい突飛な人だったじゃん。

面白すぎて笑えない。


「佐倉さんってどのくらい前からここに来てるんですか?」

「もう10年も前からここの常連さんだよ」


「………え?」


そんなに長い事正体を隠してたのか?

ならもう達人、師範代、永世名人。


悔しからふざけてみたけど…そういう事なんだ。



「………マジ惚れだったんだろうね」


…………そう、多分それが正解。


店長の指摘が刺さる。


自身の立場を利用したって佐倉を責めてみたが逆の立場から考えてみればそれはとても危ない橋だ。


直接の関係が無くても水嶋は仕事関係の人間で世間はまだ全然保守的。「俺はゲイです、あなたに惚れました、付き合って下さい」って告白は全てを失う危険性を伴う。


いや……相手が水嶋じゃなかったらそうなってる


正に人生を掛けた告白。


佐倉は必死だと言った。


それは知ってたけど、わかってたけどこっちだって必死なのは同じ。

好き嫌いをコントロール出来るならHeaven《天国》で暴れて伸びたりしてない。


弁解しかけては口籠もり、謝りたくても言葉が出ない。「う」と「あ」を繰り返していると濃いお酒が出て来た。


「嬉しいけどもう帰らないと」

「今日はもう店を閉めたんだ、ゆっくりしていいよ」

「え?今何時ですか?店が片付いてるからもう深夜だと思ってました」

「まだ9時、みんなが片付けるのを手伝ってくれてね」


「マッチョゴリラが?」


「マスかきゴリラ?」


どんな耳ですか。


店長は楽しそうだからいいけど、取り敢えずこれだけは言っとかなければならない。

カウンターに手を付いてペッコリと頭を下げた。


「店を荒らしてごめんなさい、営業妨害ばっかりして迷惑かけました」

「話を聞いてやれってみんな帰ったんだ、だから今日は閉店、たまにはいいでしょ」


……それは……大変なご迷惑をおかけしております。


「すいません」

「謝らなくていいよ、迷惑どころか感謝してるくらい。若いってのはいいなあ」


「………面白かったでしょう」


「うん、面白かった」


そうでしょうね。

佐倉が必死過ぎて面白かったって事は同じく必死な俺もきっと面白い事になってる。


「何でこんな事になってるんでしょうね、でも一旦好きだと思っちゃうと止められなくて……考えた事も無かったのに…」

「うん、あの「水嶋さん」だっけ?彼に惹かれて行くエゴちゃんを見てたら楽しかった」


「え?」


飲みかけていたグラスが口元で止まった。


惹かれていく?この店でそんな態度を取った覚えは無い。


「そんな風に見えました?いつから?」

「初めてこの店に雪崩れ込んで来た時からかな、それからは来る度に深くなっててね、いつ気付くかと常連さん達と盛り上がったなあ」


「嘘だ」


「ほんと」


そこは違うと反論したい。そんなつもりは微塵も無かったし、まだ水嶋の事をよくわかってなかった。


「それはアレでしょう、学校で男女がちょっと仲良くしたら「カップル誕生」って囃し立てちゃうイベントでしょう、ゲイバーだから成り立つ遊びですよ」

「うん、それもあるけどね、特別な意識がなければ男が男に惚れるって普通にあるでしょう」


「……うん……」


それは自分でも考えた。もしHeavenの介入が無ければきっとこんな気持ちにはならなかった。

水嶋はただの愛すべき面白い人。尊敬できる潰れた水風船の変な人……で終わってたと思う。


「一体いつから……」


「水嶋さんがここで酔い潰れてた時にはもうはっきり恋愛対象に入ってたと思うけどね、あの時の水嶋さんってシャツが透けて乳首もお臍も見えちゃってなすがまま、裸が想像できるっていうか何をされても気付かなそうだし眉間の皺があの時の表情を思い起こして…」

「やめて……」


エッチな想像をしないでもらいたい。

眉間の皺は標準装備です。


つい忘れるがここはゲイバー、当然店長もそっちの人。睨み付けると咳払いをして真面目な顔に軌道を変えた。


「あの時エゴちゃんは「あられもない」って言ったでしょう?その言い方はつまり性的な目で見てるから出て来る感想だからね」


「え?」



確かに……シャツから透けて見えた生肌に色っぽいって思ったが……それは単に一般的な感想だと思っていた。


みんなに観察されている中で無意識に舌なめずりをしていたのだとすればこれは超恥ずかしい。


「佐倉さんには悪いけどね、これだけは早い者勝ちじゃ無いからね」


「佐倉さんは……怒ってました?」


もしくは泣いてました?

あり得るから怖い。


「うーん、困ってたけど笑ってたかな、帰ってから泣くんじゃない?多分諦めてないからだと思うけどね。人に惚れるってさ、貴重な体験だよね」


「そうですね」


赤城店長が何かかっこいい。


常連のゴリラも……佐倉もかっこいい。

差別をしているつもりは無かったが何だかんだと「ゲイ」ってフィルターをかけて見てた。


「赤城さんにも…今日惚れましたよ」


「じゃあ付き合おうか」

「お断りします」


でもやっぱり変な人。




勧められるまま飲み進んだ酒はやけにツルツルと喉を通る。ごく普通の銘柄なのに不思議。


空気が気持ちよくてどこまでも優しい店長に「好きなんだ」を連発していた様な気がする。


まだ始まってもいないのに……好きだと自覚出来たのはつい最近なのに「好き」だけしか出てこない。



真面目で不器用、融通の利かなくて生きるのが下手な人。心に抱いている自分の気持ちにも気付いてない唐変木。


好きだと言えば怒り出す。

逃げようとする肩を掴んで………抱き締めればギャーギャーうるさいのに大した抵抗はしない。


………ボコボコ殴られるけどね。


反り返った腰を引き寄せ首に顔を埋めた。


水嶋の髪は意外と柔らかい、鼻を擦り付けると汗とシャンプーの匂いがした。


水嶋の首が好き。


うなじを辿って耳の中を舐め回すと詰めた息を吐き出した。

くぐもった声はビクつく体と一緒に震えている。


キスをすると、どこにも置けない手が迷って肩の手前でプルプルしていた。


そんな所で止めないで抱き返してくれたらいいのに。もしくは引っ叩くとか……


笑える。


追い詰めたベッドに「そっと」横たえるとまたボタンが千切れちゃった。


開いた胸元からは肩に力が入ってるせいか鎖骨が浮き上がっている。

窪みを舐めてついでにマーキング。


チュルって湿った音がした。


胸の粒は縮こまってもう硬い。

舌で転がすと肩を押していた手が爪を立てた。背中が丸まって逃げていく。


馬鹿だなぁ、手を突っ張るから脱がせやすい。

はい、袖抜けました。


ポイっと。


水嶋の腹はガッチリ割れたりしてないけど怒鳴るせいで腹筋が鍛えられてる。


真ん中の筋を指で辿る。


腰が細いからウエストがゆるゆる、簡単に手が入った。ビクッと体が揺れたけどちゃんと準備してるじゃん。


手を動かすと硬く結んだ唇がほどけていく。眉間の皺が怒りや不機嫌とは違う形になって眉が下がった。


いい顔……水嶋最高。


奥深い深淵に沈めた指はすぐに「そこ」を捉え、動かす度に堪らない声が上がる。


水嶋の場合イクッてのが一瞬の頂点じゃないんだよなあ、もう既に一回イッて腹は濡れてるけどね。


あんまり触ってないのに凄い。

まだ全然硬いからお手伝い。

擦り上げると体を捩る。


逃げないで身を任せて欲しい。

向き合って欲しい。


横向きに這い上がる体を捉えて、背中から侵入した。腹に回した腕は休まない。


早い呼吸。

みだれた声。

繋がったそこがチャプチャプ言ってる。


内股を筋になって滑り落ちてくる液体はもう何回イッたのかな


奮い立つ声を聞きながら、何度も何度も腰を引き寄せ打ち付けた。


熱いし寒い。


耳を掠める吐息が心地よくて……もう頭の中が暗くて水嶋に溺れてる。


段々暗くなって……眠くて眠くて、優しい闇に吸い込まれてていった。




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