第13話
「おい、お前俺と話す気あんのか」
佐倉"局長"が席の向こう側から睨んでる。
何も知らない佐倉が殊更滑稽に見えた。
「無いですね、待ち合わせの店がどうして毎回このゲイバーなのかは聞きたいですけどね」
「何だよその態度……怒ってるのは俺だぞ?」
「そうでしょうね、全部見てたんなら俺に言う事はないです」
こんな言い方は無いのかもしれないが今は佐倉の気持ちなんてどうでもよくなってる。
当然怒り出すかと思ったら佐倉は訝しげな顔をしてふうっと溜息をついた。
困る事ないのに…
佐倉は大人だなって思う。
色々言ってやろうと待ち構えていた筈なのに今何を言っても届いてないってわかってる。
一方こっちは子供。
消化しきれない事実を目の当たりにして焦燥感を抑えられない。
Heavenの店長は相変わらずの営業放棄。
テーブルに並んだグラスに局長自らウイスキーを注ぎ、氷を入れようとしたがトングを滑って床に落ちた。
足元に来たから蹴ってやった。
「何かあったのか?」
「見てたんでしょう?」
「…………俺が見たままで間違いないって事でいいな?」
「間違いないです。俺は水嶋さんが好きです」
好きなのだ。
中学の時始めて付き合った彼女とは結婚しようと心に決めた。
高2から受験前まで付き合っていた彼女とは始めて寝た時永遠を誓った。
でも今はそんなもんじゃない。
相手はあの「水嶋」なのに、男なのに。
またこっそり参加しているギャラリーが音の出ない拍手をしようとも恥ずかしくない。はっきり公言できる。
水嶋が好きだ。
佐倉は何も答えず射抜くような目でこっちを見てる。
タバコに火をつけて温いウイスキーを一口煽った姿を見ているとカッコいい人だなって改めて思う。
長い沈黙が空気を圧迫してギャラリーの息を飲む音が聞こえてくる。
佐倉は長い煙を口から吐いて灰皿にタバコを押し付けると、やっと口を開いた。
「好きって……俺の前でよく言えるな」
「誰の前でも言えます」
「水嶋は困ってるんじゃないか?立場を利用してるのはお前の方だろ。前にお前が俺に言った事と同じだ」
「佐倉さんには悪いですがあの人は俺が貰います、何があっても引きません」
「いいから聞けよ。あいつは真面目でピュアだから後輩のお前を断れなくなってるんじゃないのか?ここは一旦引いて仕切り直した方がいい」
「嫌です、そんな暇無い。」
「お前……卑怯だと思わないのか?最初からそのつもりだったんだろ、だから俺を遠ざけて…」
「俺だってまだどうしてこんな事になってるかわかってない、もう振り回されてあたふたしてる途中なんです」
「振り回してんのはお前だろが!自分の都合よく動かしやがって!挙句果てに惚れただと?水嶋はなあ、ガラスの入れ物に入った極上の天然物だぞ?簡単に触んな!」
「あんたに関係無い!」
じわじわと加熱していく空気が暑い。
佐倉の挑発に乗っては駄目だと理性が告げてくるが止められない。
佐倉は馬鹿だ。ついでに言えば俺も馬鹿。
こんな所で所有権を言い争って何になる。
「あるだろ」
「選ぶのは俺でもあんたでも無い」
「お前……無理矢理キスしてたな、その後泊まり込んで……」
行為に何の意味がある。
それは佐倉だってわかってる筈。
カアッと頭に血が上って訳が分からなくなった。
「どこまで何をした、お前…まさか?」
「一回寝ただけだ!ああ!あんたの言う通りあの人はガラスの入れもんに入ってるからな!半ば無理矢理だった!心をくれたりしてない!」
「おまっ!!」
突然キレた佐倉は重量級。
「殺す」とテーブルごと飛びかかってきた佐倉と囃し立てる他の客、グラスが壊れて飛び散り、ボコボコ当たる拳や足が誰の物なのかもうわからない。
狭い店の中で椅子やコケたテーブルに塗れて挙げた拳がどこに当たっているのか好きだ好きだってそれしか出てこない。
強力なライバルを知ったからじゃない。
佐倉の再アタックも怖くない。
水嶋が振り向いて笑ってくれる日が来るなんて甘い期待もしてない。
一方通行でも何でも好きでいる事くらい許してくれ
恥ずかしいくらい好きだと叫んだ。
スーパーインドアだった人生でまともな喧嘩なんかした事ない。何をやってるんだかわからないまま、やけくそで暴れて暴れて……
気が付けば並べた椅子の上で伸びていた。
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