超短編№5
@ais-akountine
超短編№5
黄昏である。川辺を行き交う人のまばらな群像のなかに、私はいるのだろう。
顔は見えない。幼子を引き、赤子を背負うシルエット、鉄琴のごとき泣き声が近づく。だが、安逸な昼から逃れる親子らに差す影は、紺の希望さえも打ち消して、真っ黒いのっぺらぼうたちは私の右を通り過ぎる。
たくさんの人が闇夜へと向かっていた。延々と続く畦にそって、人の列が、青白い反射の連続によって知覚される人間の真っ黒い隊列が、太陽に背を向けて――私は立ち止まる――赤子の鳴き声すらも靴の響きにかき消され――私は慎重に、慎重に、背後を、彼らの向かう下流を振り返る。
――笹かげから砂州が見えた。川のせせらぎと青臭い香りと蛍の明滅。私はとりあえずここにとどまろうと思う。ああ、畦を降りたすぐそこ、田んぼの先に屋台がある。
ちょっと一服していこうか……。
屋台にはトレンチコートのオジサンが座り、禿げた初老の大将がカウンターの向かいに立っていた。
「なんにしましょう」
「ラーメンはありますか」
大将は首肯し、麺を茹で始め、私は肘をつき土手をゆく黒い隊列を眺めた。
「僕は正しかったんでしょうか……光とか、輝きとか、それは蛍のようではない、啓示のようなものを追って、闇夜から逃げてきた。みんなは家財道具を背負って、僕とは正反対を行くのに」
自分でも何を言っているのかわからなかった。でも、声が流れ出た。
ボギー気取りのオジサンが独り言のように呟く。
「どっちが正しいか、なんてのは案外空しい話さ。いつか日没がやってきて、黄昏は終わる。そして、夜明けもいつかはやってくる。川の水は海に流れ出るだろ、その水が蒸発して、雨となって降り注ぐんだから、川をさかのぼろうが、下ろうが、水だってグルグル回り続ける」
シルエットばかりが私を責め立てた。日の光が待ち遠しい。青々とした田も、砂州をゆく透明なブルーも、黒と白と紫の輪郭に包まれてしまって、影絵ばかりが一面に、雲すらも、展開している。
ふいに死にたくなった。だが、飛び込むにはあの川は浅すぎるし、なにしろ人通りが多すぎる。彼らが無関心であるとしても。
大将の声が私を引き戻す。
「まあ、若い人。なにも焦ることはない。黄昏はもうっちっと続く。これでも食べて、落ち着くこった」
今まさに醤油ラーメンが差し出された。
超短編№5 @ais-akountine
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