第10話
「あーーーっ! ちくしょうっ!」
いつもの公衆電話がある空き地で、僕は柄にもなく思いっきり叫んでいた。当然だ。最低のことをしたんだ。
冷静になって考えればわかるのだ。詩乃は盗み聞きをしようとするようなやつではない。きっとたまたま聞いてしまっただけなのだろう。でもわからなかった。事実なんてわからない。その一点による混乱が、僕をあんな行動に駆り立てたのだ。でも、そんなのはいいわけだ。要するに僕は最低なのだ。でも僕は逃げ出してしまった。だから今、こんなやりきれなさを感じている。
ひとしきり大声を出しても、あとに残ったのはむなしさだけだった。気づけば僕は座り込んで、小さな嗚咽を漏らしていた。
そのとき、公衆電話が鳴った。
「……ああ、もうこんな時間か」
僕は立ち上がって、電話に出る。
「やあ少年、今日の天気はどうかな?」
「……」
いつもなら普通に答えられるのに、このむこうに詩乃がいると思うと、何も言えなくなる。でも、あいつはそんなことしないって言うのは、わかっているのだ。
「なにか喧嘩でもしたのかな」
いつものように自然に彼女は切り出した。
「……どうしてわかったんですか?」
僕が聞くと、彼女は笑った。
「なに、簡単なことさ。ここ最近の君の電話の内容は、いつも君のクラスメートの女の子のことだったからね。きっと喧嘩でもしたんだろうと思っただけだよ」
そこまで詩乃のことばかり話していただろうか……。自分では全く意識していなかったので、僕は驚いてしまった。
「どうやら全く気にしていなかったようだね」
「……はい」
僕がそう言うと彼女は
「失ってから気づくものもあるさ」
とつぶやいた。彼女の状況を知った今、その言葉は痛いほど突き刺さった。
だからだろうか。
「……ちょっとだけ、裏切られた思いなんです」
僕は少しずつ、彼女に話し始めていた。
「例えるんだったら……大事な手紙を、読まれてしまったような気分なんです」
「でも、君から聞いた彼女の印象だと、そんなことはしなさそうだけど?」
「ええ。僕もそう思います。でも……」
僕はそこで言いよどんだ。全く、どうしてだろうか。電話の向こうの彼女は、せかすでもなく、促すでもなく、僕が言葉を見つけるまで、ただ黙って待ってくれた。
「……秘密を知ることのできたっていう状況にあったことを、彼女は伝えてくれなかった。おまけに、彼女はそんなことは絶対にしないと知っているのに、そこを疑ってしまった自分が許せない」
「それで今君はごちゃごちゃしている訳か」
「……ええ」
そこでまた沈黙が流れた。僕は話すことは全て話してしまったので、これ以上の意味はない。これは彼女が考えている沈黙だ。
「君はそのことを、彼女に話したのかな?」
「……いいえ。気まずくて話せてないんです」
「それはきっと、彼女も同じだよ」
彼女は静かにいう。
「いいかい少年。裏切られた側も同様に、裏切った側も手ひどい傷を負っているものだ。ましてそれが、お互いにお互いのことを考えているんだったらな。きっと彼女の方も煩悶としている。このままじゃ立ち止まってしまうだろうさ。だから、君が手を取ってやれ」
だから、君がまず手を取ってやれ。
その台詞が、耳の中に残った。
「どうかい? 参考になったかな?」
「……ええ、とても」
本当に、ためになる話だった。
「ならよかった……じゃあ、今日はこれで」
「待ってください」
僕は彼女を引き留める。たった今、思いついたことだから、相当衝動的なものだった。
「なにかな?」
「明日は、僕に電話を切るタイミングを決めさせてください」
「……構わないが、長くなりそうか?」
「ええ、とっても」
今日のことが上手くいけば、長い長い話になりそうだ。
「……わかった。それじゃあな」
「ええ、また明日」
そこで今度こそ電話が切れた。
一度そこで深呼吸をした。
そして駆けだした。詩乃のところに向かって。
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