第8話
そしてその日の夜。そこまで寒くはなかったので着込みはしなかったが、『防寒をしっかりしてきて』とのことだったので別にコートなどを用意した荷物を持って行った。
約束の時間の十分前に最寄り駅に着いたが、詩乃は既にそこにいた。
「ごめん。待った?」
詩乃はかぶりを振った。
「私もほんのさっき来たところ」
「そうか、よかった……ところで、このあとどうするのさ」
挨拶もそこそこに、僕は本題に切り込んでみた。
「ちょっとこっちに来てくれる?」
詩乃は近くにあった車を指さしていった。その白いワゴンは、アイドリングストップをしている。乗り込んだらすぐに出発する気だろう。
「どこかに行くの?」
僕の疑問に詩乃はにやりと笑って言った。
「ちょっと町外れにね」
そうして僕らはワゴン車に乗り込んだ。さすがに彼女は運転席にではなく助手席に座った。
運転席には彼女のお母さんとおぼしき女性が座っていて、僕が会釈をすると、「娘がお世話になっています」と言って、あちらも頭を下げてきた。
「お母さん、早く行くよ」
詩乃が気恥ずかしげに催促をすると、お母さんははいはいと言いたげな雰囲気を醸し出してから、ワゴン車を出発させた。
出発前の一件のせいか、それとも家族の前だからか、詩乃のいつもの騒がしさはなりを潜めていて、顔すら合わせてくれない始末であった。彼女の騒がしさは母親由来のものなようで、僕に向かっていろいろなことを質問してきたので、はっきり言って疲れた。
やれ学校での様子はどうだとか、僕との関係はどうだとか、社交的ではない僕は、当たり障りのないことを考えるのにエネルギーを使う羽目になったのだ。
しかしそれは結果として、町の外に出るための時間を忘れることに寄与して、外を見てみたときに、町明かりが大分遠くに行ったことに驚いてしまった。
ワゴン車が止まったのは、何もない野原の上でだった。
「ここは?」
僕は自分の目を疑って、辺りを見回した。車が北法には確かに町の明かりがあるのだが、ほかには何もない。暗がりの中、かすかに山の影が見えている程度だ。
「出て」
詩乃が自分も扉を開けながら僕に促してきた。
何かもわからないが、僕は荷物を持って外に出た。
詩乃が人差し指を上に向ける。上を向け、ということだろうか。
僕はその指示通り上を向いて、そして目を見張ることになった。
満天の星だった。いや、本当はそうではないのかもしれない。僕の目はまだ暗闇になれていないし、そもそも、満天の星というやつを知らない。でも、それでも、僕の目の前には、確かに満天の星があったのだ。
「どう? 私の言いたいことがわかった?」
「……ああ」
そう。そうなのだ。僕は自分の作ったシーンを思い出していた。
鳥飼の少年は、西の果ての棟に向かうさいに、森に入っていく。森の中は暗くて、星がうっすらと見えているのが余計に怖く感じてしまうのだ。
でも違う。ここに恐怖はない。星空を見れば、僕らはそこになにかを感じる。でもそれは、けっして恐怖ではないのだ。
きっと、物語の中の、鳥飼の少年は、森の中を恐怖を持って進みながら、上を見上げる。そして気づくのだ。
自分の上には、こんなにもきれいな星空があったのだと。
これこそが、僕を導く光なのだと、そう気づくのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます