第6話
青空となると思いだす話がある。と言っても、小説などの類いではない。ただのとりとめのない思い出だ。
公衆電話の彼女と初めて会話をした翌日、僕はまた公衆電話に向かった。
「やあ少年。今日の天気はどうかな?」
「どうって……普通ですよ。何でもない青空です」
「そうか。なら君の今日一日は平和だな」
「あと三時間もしたら僕寝てますよ」
「……ははは! そうか、それもそうだな」
彼女はそうしてしばらくの間笑っていた。そこで僕はふと疑問に思っていたことを口にした。
「貴方は昨日、『今日の天気を尋ねるのが社交辞令だ』と言っていましたよね」
「ああ。それがどうした?」
「どうして、天気なんですか?」
電話の向こうの彼女は、僕の言った質問がわからないようで、何も言わない。僕は補足説明をする。
「ほら、別に社交辞令なら、相手の日々の生活を聞いて、そのことを適当に褒めるとかでもいいじゃないですか。その方が社交辞令
らしいです。でも貴方は天気の話をした。そうしてなんだろうな、と」
また僕らの間には沈黙が流れた。これはきっと、彼女が考えているのだろうと僕は考えて、僕も黙っていた。
「そうだな……たった今思いついた考えで澄まないが、そこには願いがあるのではないか?」
「……願い、ですか」
「そうだ」
彼女はそこで一呼吸置いた。今ならわかるが、これは彼女が長々と話し始めるときの合図だ。意図的か、そう出ないかはわからないけれども、大抵はそうだ。
「『天気はどう?』なんて質問は、普通はしないものだ。相手の近状を尋ねるもののほうが、まだ耳にする質問だ。にもかかわらず、それは社交辞令に採用されている。そこには願いがあると思うんだ。 天気のことを聞く、そこには自分の願いが、『蒼穹』という願望が込められているように思う。そう私は思ったんだが……どうだろうか?」
当時小学生の僕には理解が追いつかない点もあったが、なんとなくはわかった。でも、たった一つ、完全にわからないことがある。
「蒼穹って、何ですか?」
「ああ、君はまだ知らないのか。この世界のどこかにあると言われている真の青空のことだよ。まあ、そんなもの、この世のどこにもないんだろうけどね」
「でも、それはロマンのある話ですね」
「ははは! 君からロマンなんて単語が飛び出すとは思ってもみなかったよ。今日はよく笑える日だ」
この記憶は、彼女の笑い声と一緒に結びついている思い出だ。だから僕は詩乃に『蒼穹』なんて言われても、動揺せずに対応できたのだ。
……どうしてこんなことを思い出したのだろう。
もちろん、青空が関係していることはそうなのだが、それだけだったらこんなタイミングに思い出しそうにない。どうしてだろうか……。
そこでふっと、何かが頭にひらめいた。
「もしかして……」
僕はすぐさまノートを開き、書き始めた。弛緩もかなり遅くて、眠かったはずなのに、書いて書いて書き続けた。
結局、ノートから顔を上げたのは朝の五時頃で、とてつもなく眠かった。
でも、書き上げた。
僕は、自分の納得のいく物語を書き上げたのだ。
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