第14話 真実

 声が聞こえる――。


「おい、ここはどこだ!?」

 驚愕するスヴェンの声。


「涼太起きろ、死ぬな!」

 必死なアクセルの声。


『こらアクセル、揺らすな! 頭を打ってるかもしれないだろ!?』

 これは鶴の声……。


 そして、……。

「……お、お前ら誰だ? どっから来た。ど、泥棒か? ……って、え、涼?」

(親父の声……!?)



 はっ、と目を覚ました。どうやら仰向けに寝かされてたらしく、視界には自分を心配そうに覗き込む人たちの姿が。スヴェン、アクセル、煙突の精の鶴、煙突掃除人のみんな……そして親父。


「な、なんで親父が!」


 ぐわんぐわんと頭痛のする頭をなんとかなだめ、半身を起こす。


「なんでってここは俺達の家だろ。それよりお前、三日も行方不明になってどこ行ってたんだ? それにこいつらは誰だ?」


 警戒心たっぷりに指さされたのは異世界で一緒にいた面々だ。親父と並べるとすさまじい違和感。


「ちょっと待ってくれ、俺も何が何だか……」


 見回してみると、確かに我が家だった。ちゃぶ台。日に焼けた畳。かあちゃんの写真の飾られた仏壇。年代物の箪笥。そしてテレビ。


「家に帰って来たのか……?」

 ぼんやりと独りごちると、アクセルが驚いたように瞬きした。


「家? ここ、お前んちなのか? ってことは異世界!?」


 スヴェンが慎重に口を開いた。

「どうやら、王鳴が起こったらしい。王は焼かれたというのに、なぜだ? まさか、王は生きている……?」


 アクセルは戸惑いながらも、神妙に首を振った。

「いや、赤い雪が降ったから、亡くなったはずだ。あれは王が灰にならないと降らない」


 結局間に合わなかったのだ……。煙突掃除人のみんなも悔しそうに視線を落とした。

 空気が重くなる。


「……涼、いったいこいつら何の話をしてるんだ? こいつらはお前の何?」

 異世界組の言葉のわからない親父が、空気を読まずに耳打ちしてくる。

 俺は親父の口を塞いだ。


「いいから黙ってて、親父! 今大事な話をしてるんだから」

 むぐむぐと口ごもる親父。……しばらくして、親父はためいきを吐くと、仏壇の前に腰を下ろした。


「母さん、俺達の息子は行方不明になった挙句、なんだかよくわからない外国人を連れてくる不良になっちまったよ。俺がついていながら、……すまない」


 そうして、かあちゃんの写真を手に取り、露骨に嘆息してみせる。当てつけか!

 その光景を異世界組は不思議そうに見ていたが、……スヴェンは驚いたように目を見開いた。


「し、失礼! その絵を見せてくれ!」


 そういうが早いが、親父から写真を奪い取った。その勢いに唖然となるみんな。


「……なぜここに、王女の絵が?」


 スヴェンは呆然と震える指で写真をなぞった。


「そ、その写真は、俺の母ちゃんですよ」

 恐る恐る伝えると、スヴェンは俺をまじまじと見つめた。


「母親? お前の?」

「そう。お産の時に亡くなっちまったけど」

「…………そうか。するとお前は王女のご子息なのだな……」


 スヴェンは感に堪えないように深呼吸すると、……俺に慇懃に頭を下げた。


「あなたがアン王女の忘れ形見だと知らぬとはいえ、数々の無礼をお許しください、王子」

 俺は飛び上がって驚いた。


「お、王子……!? 俺が?」

「はい、あなたは叛乱未遂事件の時に、王鳴によって行方不明になったアン王女のご子息です」


 アクセルが素っ頓狂な声をあげた。


「ま、待てすると、おっさんが護衛していた王女って、こいつの母親か!」


 そ、そういえば、ヘルンに潜入した時にそんな話を聞いたような……。


「思い当たる節は……?」


 スヴェンの問いかけで、全ての糸が頭の中をよぎった。


「か、かあちゃんが話す言葉がどこの国のものでもなかったのも、行方不明者のリストになかったのも、誰にも見えなかった鶴をかあちゃんが見たのも、俺が煙突の精を見える能力を引き継いだのも、俺が王様に似てるのも……」


 全部、かあちゃんがスヴァリアの人間で王族だったからか……!


 驚愕の表情を浮かべる俺をみて、スヴェンは悲しげな表情をした。


「ああ、そうすると、全てが繋がりますね……。やはり王は三日前にはすでに……」


 一人で納得しているスヴェンに、俺は慌てて説明を求めた。


「どういうことですか、それ! いやその前に、敬語はやめてください!」

「し、しかし……」


 軍人としてのさがか、上下関係が骨身に沁みているらしい。ならば……!


「め、命令です! 敬語は、なし!」

「わ、わかりまし……。いや、わかった……」


 勢いに押されるかのように頷くスヴェン。

 王族の命令ならばてきめんに効くと思ったが、成功した。


「よし! それで、何が繋がったんですか!?」


「……涼太があちらの世界に転移したのは、王による王鳴で召喚されたのだと、我々はそう考えていた。が、それは間違いだった。涼太は王族だ。ならば、自身で王鳴を引き起こせる。涼太は自分の力で異世界に転移したのだ。心当たりはないか?」


 そう言われて、思い返してみる。


「……あの時は鶴の煙突がこちらに倒れてきて、死にたくないって思ったら、気付いたらあっちの世界に行ってたような……」


「それだ。王鳴は『王族が望むもの』を転移させる術。死にたくないという願望を転移という形で叶えたとしても不思議じゃない」


「……それだと王様も自分自身を異世界に転移できるんじゃ?」


 スヴェンは首を振った。

「できたらとっくにやってる。王自身の転移は恐らく敵が結界で防いでいる」


 なるほど。俺が考えつくことは全部試した後らしい。

 アクセルが小首を傾げた。


「じゃあ、今回の王鳴は? なんで俺達まで転移してるんだ?」

「……それも俺かもしれない。銃で撃たれて、『死にたくない! みんなで生きて帰るんだ』って思ったから……」


 みんなごと、自宅に帰ってしまったようだ。

 スヴェンが言葉を続ける。


「先ほど、王が身罷られても王鳴が起きたのは、涼太が王鳴を起こしたからだろう。そうなると前提が違ってくる。我々は三日前に王鳴を起こしたのは王だと考え、生存を信じてきた。だが、それは涼太の王鳴だった。王による王鳴はずいぶん前に途絶えていた。王はすでに亡くなっているかもしれない……」


 スヴェンの声が震えている。掛ける言葉が見つからなかった。


『それは早計じゃないか?』


 ポツリと鶴が言った。ハッと全員の視線が鶴に集中する。……あらためて見ると、鶴の姿は痛々しい。元々雷でひび割れた肌だが、先ほどの戦闘で負傷したらしくひびが広がっている。


 鶴は自分の手のひびをなぞりながら言った。


『なぁ、スヴェン殿。王を焼いて作った王灰には、破壊されたものを回復させる効果があるって言ってたよな。そして、赤い雪は王灰が溶けているとも』

「あ、ああ……」

『ならなんで、赤い雪に触れたのに俺のひびは直らないんだ?』


 スヴェンは目を見開いた。


『赤い雪が降りしきる中戦ったのに他の煙突の騎士の負傷も直ってなかったし、なんなら破壊した街も回復していなかった。……あれは王灰じゃないんじゃないか?』

「馬鹿な、王灰じゃないのに赤い雪が降るはずが……」


 そう言いかけて、口を覆うスヴェン。何かに思い至ったようだ。


「……いや、万に一つの可能性もないことはない、か。雪の核となる塵が赤ければ赤い雪になる。王灰が赤いから、赤い雪はみんな王灰の雪だと思っていたが、……他の赤い塵の可能性が? まさかそんなことが……」


 自分で口にしていても信じられない。そうありありとわかる口調だった。


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