第12話 敗走
轟音と共に崩れる火葬場に、俺たちは快哉を叫んだ。これでこの街で王が焼かれることはない。
あとはあちらで気絶している警備兵をたたき起こして、王様の居場所を吐かせるだけだ。この街で王様が焼かれることは決まっていたのだから、王様はきっとこの街にいるはず。
アクセルが檄を飛ばす。
「気を緩めるなよ! 王様を助けて帰るまでが作戦だか、ら……な……?」
急にアクセルの語気が弱まった。
何かと思い、煙突の騎士の肩の上のアクセルを見上げると、彼は空を仰ぎ見て驚愕しているようだった。
気付けば他のみんなも呆気に取られている。
はらり、と空からかすかな何かが降ってくる。それは赤い色をしていて、ふわふわしていた。
思わず手のひらに捕まえると、それはすぐに溶けて、手のひらに赤い雫だけを残した。
「赤い……、雪?」
「――っ! 全員撤退!」
アクセルが耐え切れないように叫んだ。みんなも我に返ると、煙突の騎士に命令し、全速力で来た道を戻り始めた。
「な、なんだ!? 王様を探すんじゃないのかよ!」
『いいから涼坊、遅れないようについて行くぞ! なにか事情があるんだ!』
そう言って鶴は、俺を肩に乗せて煙突の騎士形態のまま走り出した。路上にいた市民たちは踏みつぶされないように慌てて道の両脇に逃げた。
普通の煙突の騎士と、鶴の巨体ではそもそも歩幅からして違う。俺たちは容易くアクセルに追いついた。
「アクセル何があった!? 王様を探さなくていいのかよ! それとも見捨てるのか!?」
大声で問いかけると、アクセルは忌々しそうに舌打ちした。相当苛立ってる? その顔を一筋の冷や汗が流れた。
(いや、恐怖だ、これは……)
振り切るように、アクセルは叫んだ。
「王様は死んだ! 王灰の混じった雪は赤くなる! くそっ! この街じゃなくて、他の街で王様が焼かれたんだ!」
「なっ!」
絶句。
(そ、それじゃあ、何のためにここまで――。なら、俺はもう元の世界に帰れないのか!?)
動揺して鶴の肩から滑り落ちそうになる。鶴がとっさに支えてくれた。
『しっかりしろ、涼坊! まだ敵地の真っただ中だ。考えるのはここを抜けてからにしろ!』
アクセルも気炎を吐いた。
「ああそうだ、とにかく生きて帰ることだけに集中しろ! あとはおっさんがうまくやってくれる」
それはまるでに自分に言い聞かせているような台詞だった。アクセルもどうしたらいいのかわからないらしい。
この混乱にもかかわらず、赤い雪は静かにしんしんと降り続けている。それがこの敗走を決定づけているようで、俺は唇を噛み締めた。
追っ手はすぐ後ろに迫っている。地に響くような複数の音。背後から続々と魔弾が飛んできた。
味方の煙突の騎士に当たって、轟音と共に片腕がえぐり取られる。悲鳴が上がった。マズい……!
「アクセル! 俺がしんがりを務める! 全速力で走れ!」
「分かった! そっちは頼む」
俺達は敵に背中を晒し逃げている。でも、鶴の巨体なら盾になれるはず……! 青白い魔弾が幾筋も鶴の身体に命中した。鶴が呻いた。
「悪い、鶴! もう少しだけ耐えてくれ!」
『……っ、ああ! こんなの屁でもない』
この判断が正しいのかわからない。けど、ひっきりなしに飛んでくる魔弾から仲間を守れる。鶴の耐久力に賭けるしかない。
仲間の煙突掃除人が悲鳴を上げた。
「ああ、くそ、回り込まれた! 正面から煙突の騎士五体!」
アクセルが迷いなく命令を下す。
「強行突破する! 走りながらでいい、撃て!」
狙いも定まらない中だ。こちらが撃った魔弾は敵の上を通り過ぎたり、大通りに立ち並ぶアパートメントに当たって、レンガを容赦なくえぐり取った。それでも何発かは敵に向かうものの、それの2倍は敵から飛んできた。彼我の距離が近づくにつれ、敵味方にどんどん命中していく。
遂に味方一体のど真ん中に魔弾が炸裂した。身体が崩れる。その煙突の騎士は最期の力を振り絞って、別の煙突の騎士にマスターを預けた。生きてはいるが、誰も彼も身体に傷を負っている。致命傷ではないがいつまでもつか……。
らちが明かないと思ったのか鶴が叫ぶ。
『涼太、最大出力の停止射撃なら五体まとめて吹っ飛ばせるぞ! 5秒でいい!』
「わかった! みんな両脇に避けてくれ! ドでかいのを撃つから」
合図でみんな走りながら両脇に避ける。鶴は急に止まったがために、横滑りし、石畳が重々しい音を立ててめくれあがった。その間にも右腕の砲で狙いを敵につける。魔力は砲の暴発する寸前まで込めた。
一瞬ピタリと鶴の身体が停止する。発射。青い巨星のような、魔弾が敵に吸い込まれていく……。
着弾! 腹に響くような轟音を立てて、敵の煙突の騎士が吹っ飛ぶ。
「今だ、走れ!」
アクセルが叫ぶ。煙突の騎士の残骸を横目に、正面を突破した。
市民たちは逃げ惑う。外から砲撃があったと思いきや、今度は街の内側で魔弾が飛び交い、火葬場が崩壊したのだ。どこに逃げていいのかわからず、右往左往していた。
それでも街の外に向かうにつれ、徐々に市民の数は減ってくる。……いや、逆に武装した市民が増えてきた。彼らは俺達が敵の煙突の騎士に追われながら通り過ぎるていくのを、目を丸くして見ていた。彼らは門外の敵に対処するために詰めているらしい。
(と、いうことは……市門が近いのか)
野戦砲の音は途絶えている。ヘルン軍は市外のスヴァリア軍とにらみ合いになってると思われた。
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