第11話 市街戦


 作戦通り、俺達煙突掃除人組は、ヘルンに潜入して一夜を過ごすことにする。


 どうせ緊張で眠れないので、居酒屋で酔客に紛れて。葡萄酒をいっぱいひっかけて、たわいもないおしゃべりに興じる。スヴァリアのうまい食い物の話だったり、家族の話だったり。


 ひと際耳を惹いたのはスヴァリアの叛乱未遂の話だった。

 叛乱軍が迫り王様は必死に妹姫を逃がしたが、妹姫は王鳴を起こし行方不明になってしまった。どこの世界に飛ばされたかも知れず、王は今でも妹姫を呼び寄せようと王鳴を繰り返しているという。


「哀しい話だな……」

 アクセルがグラスを手で弄びながら言う。


「スヴェンのおっさんが、妹姫様を最後まで護衛したんだけど、残念なことに敵の足止めをしている最中に妹姫様は王鳴を起こし、行方不明になったらしい。今でも責任感じてるみたいだな」


 そんな話ばかりしていたら、いつの間にか空が白んでいた。明け方だ。

 居酒屋の女将さんに金を支払い、店を出ると。――ドン、と落雷のような轟音が、早朝の市内に響き渡った。


 ……始まった!


 俺達は続く轟音を背に、揃って駆け出す。向かうは王を焼く火葬場。スヴァリアの軍がヘルンの軍を足止めしている間に、王様を救わなければ。


 市民たちは路上に出て何事かが起きたのか、しきりに視線を方々に向けていた。

やがて、先ほどから続く轟音が雷ではなく、野戦砲の爆音だと知れ渡ると大混乱に陥った。

 女たちは大通りに逃げ、子供は戸口でわんわんと泣き叫ぶ。男たちは慌てて鎧を着こんだ。

 そして槍やマスケット銃を頼みに威勢を付け、砲撃されている城壁の方へ走っていった。彼らとすれ違いざま思う。


(異世界の人たちってたくましいな!)


 その備えから、日常の安全を常に脅かされてきたと知れた。

 盗賊、強請、狼、無頼者、ときには内乱や国と国との争い。そういったものから自らを守るのに武装せざるを得なかったのだ。


「見えてきたぞ!」


 いくつもの大通りを抜けて、アクセルが叫んだ。巨大なレンガ造りの火葬場が見えた。空に届かんばかりにそびえたつ煙突。中に様々な部屋があるのか意外に大きい。庁舎みたいだ。手前には武装した警備兵。俺たちが迫ってくるのを見て警戒心を露にする。マスケット銃を構えて、警告してくる。


「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

「ばーか、撃てるもんなら撃ってみろ!」


 走りながら叫びかえしたアクセルに、遠慮はいらぬとばかりに狙いをつける兵隊。

 その銃弾が撃ち込まれたとき、アクセルの目の前には煙突の騎士が壁となってマスターを守っていた。


「王様を助けるため、この火葬場は破壊させてもらう!」


 合図とともに俺たちは自身の煙突の精を変形させ、煙突の騎士を出現させた。


「全員魔力込め!」


 ズシンと重心を低くし、火葬場に向けて砲を構える煙突の騎士に、みんなありったけの魔力を砲に込める。青白い光で大通りが白く染まった。俺も鶴の砲に魔力を込めた。


「行けるか、鶴!」

『おう、戦争の頃を思い出すなぁ! 実に高揚する!』

「よし、アクセルの合図と共に撃つぞ!」


 その機会はすぐに訪れた。


「全員斉射!」


 流星のような光が幾筋も砲門から飛び出し、次々と火葬場に命中した。轟音と共にレンガが崩れた。

 火葬場の中の小さな礼拝堂のような部屋が露になったが、そこに王はいない。

 まだこの火葬場には連れてこられていないらしい。


「まだだ、引き続き魔力込め!」


 応じて砲に魔力を込めようとしたとき――、背後から青い光が飛んできた。当たりはしなかったが、明らかに俺たちを狙った魔弾。


「なっ!」


 振り返ると、こちらに重々しい音を立てて駆けてくる煙突の騎士。敵方の煙突の騎士だ!


「ひるむな! 敵の数は少ない。半数は敵に対峙し、半数は引き続き火葬場を攻撃しろ!」


 そこからは撃ちあいになった。

 俺と鶴は引き続き、火葬場を攻撃することにした。敵に背を向ける形になるが仕方ない。鶴が俺を守るように腹側に庇った。鶴の巨体に魔弾が続々命中する。


「だ、大丈夫なのか鶴?」

『まぁちょっとかゆいくらいだ。煙突がへし折れた時に比べればどうってことない』


 余裕そうだが、本当はどうなのかわからない。はやく、早く火葬場を破壊しなければ……!

 焦るあまりに魔力を込めすぎた。


「あ……」

『危ねぇ! このまま撃つぞ!』


 鶴は、緊急回避のためだろう、狙いを定める間も惜しんで魔弾を発射した。

 巨大な彗星のごとき魔弾がボロボロになった火葬場に吸い込まれていく……。


 一瞬後、ズズーン……。と、芯まで痺れるような地響きを立てて火葬場は崩落した。

 最後のあがきなのか火葬場は化け物の大きさのような煙突の騎士に変形した。

 その身体からレンガが剥落し、降ってくる。俺は慌てて鶴の影に隠れた。


 火葬場の煙突の騎士は、巨体故に動きが鈍い。そして度重なる砲撃で身体はボロボロだ。

 こちらに掴みかかってきたが、こちらの煙突の騎士たちは指の間をすりぬけ、逆に砲を向ける。


「止めだ! 撃て!」

 

アクセルの指揮の元、一斉砲撃。……至近距離から全弾命中し、火葬場は耐え切れず、とうとう崩れ果てた。

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