第10話 作戦決行前日


 翌日、各都市の調査隊は薪の仕入れについて重点的に情報を集めた。本命の街を探すために。


 王様の救出のチャンスは一度だけ。もし本命以外の街に襲撃を掛けたら、その時点で王様を助けるのが間に合わなくなる。それを防ぐ為にはより正確な情報が必要だ。

 俺達もヘルンに再潜入して、より確実な証拠集めに走る。今度は薪屋の煙突掃除に赴き、昨日の煙突の精の証言を固めに行った。

 

 結果は……ビンゴ。


「やはり本命はヘルンか……!」


 天幕の中で各地からの報告を受けたスヴェンが、嬉しそうに叫んだ。他の都市では火葬場に薪の仕入れはなかったらしい。天幕の中に集まったみんなも、安心したように息を吐いた。


「よかった、何とか間に合いましたね」

 俺も安堵の吐息をつく。明日はもう王様が燃やされる日だった。


「ああ、各都市に分割した軍もこちらに向かわせている。正直都市の包囲戦を行うにはギリギリの人数だが、こちらには煙突の騎士たちがいる。君たちがいれば百人力だ」

 スヴェンの視線を受けてアクセルが頼もし気に頷いた。


「任せてくれ。俺達の王様は俺達自身で救い出す」


 アクセルがこんなに熱くなるなんて、随分と王様は人気らしい。……いや、俺が王様のことを知らなすぎるんだ。もし助けに行ったとして、救出対象者の顔をしらないのでは、あまりに間が抜けている。

 俺はこっそりとアクセルに耳打ちした。


「なぁ、アクセル。王様ってどんな人だ?」

「んー、そうだな。勇猛で、前線に立つのも厭わない武人だ。っていっても武骨じゃなくて、容姿はどちらかというとかっこいいというか……」


 そこでアクセルは何かに気付いたかのように言葉を切り、まじまじと俺を見た。


「……非常に王様に失礼な気がするけど、お前にちょこっと似てる気がする」

「前半が余計な気がするんですがそれは」


 普通にお前と同じ位かっこいいよ(はあと)でいいと思うんだけど!


「馬鹿言え、お前と王様じゃアリョウスとスロウウスくらい違うよ」


 なんのことかわからないが、馬鹿にされてるのだけはよくわかった。制裁にデコピンをかます。アクセルは大げさに痛がってみせた。周りのみんなも笑う。

 スヴェンも笑っていたが、しばらくして咳払いをした。グダグダになりかけた空気が一瞬で引き締まる。


「ここからが本番だ。王の救出作戦を発表する」

 ごくりと誰かの喉が鳴った。


□□□


 作戦そのものはシンプルだった。

 今日中に煙突掃除人たちは煙突の精を引き連れて、ヘルンに潜伏する。


 翌朝、スヴァリア軍がヘルンを包囲・攻撃し、敵の目をひきつけている間に、ヘルン市内では煙突掃除人たちが煙突の騎士と共に火葬場を襲撃する。

 王様を救出後、離脱すること。

 

「言葉にすれば簡単なのになぁ……」

 心の内はそうはいかない。戦いの場に出るという緊張感が、心臓を高鳴らせていた。


「別にお前まで参加する必要はなかったんだぞ。お前はただこっちの事情に巻き込まれただけなんだから」


 天幕の外で出発の準備をしていると、アクセルが呆れたように声をかけてきた。


「そうはいくか。ここまで来て自分だけ大人しく待ってるなんてできるわけないだろ」


 俺の強がりを聞いて、アクセルは肩をすくめた。


「まぁ、別にいいけど。俺がフォローすればいいだけなんだし。……いやでも、事と次第によっちゃあ連れていけないな」


 鋭い視線に思わずたじろぐ。


「な、なんだよ。事って……」

「ずばり、お前の煙突の騎士は戦えるのかってこと。お前自身の魔力もあるのか心配だし」


 そういえば、軍では煙突掃除人が煙突の騎士のマスターとなり、観測手や砲に魔力を込めて一緒に戦うんだった。俺にできるだろうか。

 アクセルは鋭い視線を崩さない。


「試してもいいか?」

「も、もちろん。……鶴?」


 背中にいた鶴に声をかけると、鶴はこともなげに頷いた。


『はいはい、変形ね。ちょっと待ってろ……っと!』


 そう言ってすぐに、ズシン……! と鶴の変身した煙突の騎士が着地する重々しい音が、あたりに響き渡った。影が差した。

 アクセルが見上げて絶句する。


「で、デカいな……」


 そりゃそうでしょう、縦横に普通の家の二軒分はあるし。


「こうまでデカいと、壁として使えそうだな。あとは右腕の砲は、と。……折れてる?」

「雷が直撃して折れたんだ。折れる前は23mはあった」

「めーとる? ってどの位だ?」

「えーっと……」


 俺は例えに悩んだが、結局歩いて示すことにした。雪がさくさくと音を立てた。


「ここから、…………………………ここまで」

 アクセルが遠い。よくみるとぷるぷると震えているようだった。

 大急ぎで戻りかける。すると……。


「な、長すぎだろ!!」


 とアクセルは大声で叫んだ。び、びっくりした。どうやら震えていたのはショックだったかららしい。


「そんなに長いのか?」

「普通の煙突の5倍はある。それだけの長さがあれば、街の外からでも火葬場に狙撃が出来たのに……おしいな」


 ほんとに悔しそうだった。


「で、でも今のままでも戦えなくはないんだろ?」

「まぁな。残った煙突の長さでも普通の煙突の騎士と同じくらいだ。十分戦える。……お前の魔力があればな」

「ファッ!?」

「煙突の騎士の右腕の砲は、マスターが魔力を込めないと撃てない。……というか魔力を魔弾として打ち出すと言った方が正しいか」


 そう言ってアクセルは、煙突の騎士(鶴)の右腕の砲に手を触れた。バチンと青い光が走り、砲の出口から淡い光が見えた。


「今魔力を込めた。ツルだっけ? 撃ってみな」

『こ、こうか?』


 鶴は砲を樹に向かって水平に構えた。グッと力を込めたと思いきや、ポンっと青白い光の玉が打ち出された。まっすぐに樹に向かって飛び、ぶつかってフッと消えた。


「おおー」


 これが魔弾か!


「よし、合格。流石に今回は威力はゼロに落としたが、本番じゃ建物が吹っ飛ぶくらいの威力になるから注意しろよ」

 さて、とこちらを振り返るアクセル。


「今度はお前の番な。……大丈夫だ、お前ならできるって」

 よほど不安そうな顔をしていたのか、宥めるように言われた。 


「いいか、へその下から力が湧きだすイメージだ。体幹を伝って手のひらから放出するように、砲に押し当てる」


 言われた通りに、手のひらを鶴の砲に押し当てる。腹の底が熱くなった気がした。


「ば、馬鹿もういいやめろ!」

「ふぇ?」


 気が付けば、鶴の砲からは青い輝きが溢れんばかりになっていた。


「……これ成功?」

「やり過ぎだ馬鹿! 砲身が爆発する手前だぞ!」

「え!」

 思わず手を離そうとすると、手を重ねて押しとどめられる。


「いいか、今度は逆に手のひらから身の内に力を戻すイメージだ。……そう、吸収するように意識して」

 しばらくすると、青い光は俺の手を伝って、体の中に吸い込まれていった。


 アクセルはそれを見届けてやっと手を離した。

「……はぁ、本番ではいまの十分の一の力でいいからな」

「お、おう」

「お前が十分にやれることが分かって嬉しいよ……ったく、これだけの魔力があれば王鳴も起こせそうだな。お前は王族じゃないからむりだろうけど」


 疲れたように肩をすくめるアクセル。


「俺の意外な才能に痺れた?」

「ばーか、危なっかしいって意味だ。間違っても味方に当てるなよ」

 そう言われるとちょっと不安になる。が、あえて茶化した。


「どうかな、アクセルになら当てても大丈夫そうだけど」

「馬鹿ぬかせ」

「わぷっ」


 わしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜられる。緊張でこわばった肩の力が抜けた気がした。

 アクセルが言い聞かせるように囁く。


「お前が戦えるのはわかったけど、できるだけ自分の身を守ることに集中しろ。いいな?」

 確かに戦いは本職に任せるのが一番だろう。俺は神妙に頷いた。アクセルは笑った。


「心配するな、必ず全員生きて帰れる。無論王様も一緒だ」

 頼もしい台詞に俺は戦場に赴く不安が解けていくのを感じた。

 

 ……決戦は明日。

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