第94話 誘拐は愉快
要塞龍。その名が付けられたのはつい先日のことだった。
亜人国家シエスタの南部に位置する国境警備用の要塞が、突然現れた超大型の龍に一飲みにされたことが起因している。
要塞を一飲みにするほどの大きさ、歩くだけでも小さな森であれば踏み潰されてしまうような、そんな化け物のような存在が、ランバージャックに向かって侵攻を開始したのだ。要塞龍は一直線にランバージャックに向かっており、その途中にある海産物が名産の街を通り過ぎた。その街には統制協会の支部があったのだが、なんと、人類の脅威を取り払うという名目を持っている統制協会が、支部と街を放棄し、街の住民に避難勧告のみを残し姿を消した。
それほどまでの相手が、ランバージャックに向かってきている。
当代のランバージャックの国王である私は、その話を聞き、急いであの変人集団を呼びつけた。つい先日も、長きにわたる封印から目覚めた悪魔を討伐させ、統制協会からの謝礼や、封印されていた国からの賠償金をたんまりとせしめたばかりだというのに、またしてもこのようなことが起こるとは。
「千器。お前が来てから何故かこの国には未曾有の災害ばかりが起こっている。間違いなくお前は疫病神だ」
「パジャマで言われても何も威厳とかないからな?それになんだその可愛いパジャマと帽子は。ぽんぽん顔の前に垂れて来てんぞ」
お気に入りのパジャマの帽子についているポンポンを後ろに流し、王の前だというのに鼻をほじっている適当な男を睨みつけた。
「どうにかしてこい」
「その前に俺の1000人ハーレムはどうなってんだよ。話はそれからだ」
あぁ。こいつあれだ。殺そう。街中引き回した後に首跳ねて晒そう。
「今建設予定地を開拓している最中なんだが、その建設予定地が“たまたま”要塞龍の進行ルートなんだよなぁ。これは困ったなぁ。まあでもお前が協力してくれないって言うなら?私達もできる限りはやるけど?その後に要塞龍が踏み潰してもその責任とか取れないし?そもそも討伐お願いしたのに行かない奴が悪いし?」
「お前もう威厳とか保つ気ないよな………」
「お前ら王の前で鼻くそほじるし、勝手に殺し合い始めるし、酒盛りするし、敬語使わないし、王放置して皆んなだけで盛り上がるし、王の知らない話で楽しそうなこととかあるしもうどうでもよくなってきた。早く娘に会いたいからさっさと行ってぶっ殺して来いよほんと」
こいつらの相手をすると本当に疲れる。疲れるというか、この前妻に「老けたわね……」とか結構本気な顔で言われたのが結構キてる。私はまだ30代だぞ?ぎりぎりだけど。
「報酬は“貸し”ってことにしとくわ」
「ぼったくられそうな話だな……まあでも仕方がない。今回も頼む」
「まあどうせ戦うの俺じゃないし気にすんな」
じゃあ言うんじゃねえよほんと。こっちは一番下の娘に絵本読んであげてたんだぞ?それを邪魔しやがって。私の人生の数少ない楽しみ奪うとかお前らが悪魔だわ。
「はぁ。もうとりあえず行け…………報酬は適当にどうにかする」
「まいどありー」
そう言って千器は謁見の間から出ていった。
はぁ、まああいつらが動けばどうにかなるとは思うが、もしものこともあるし、とりあえず荷物まとめて、一家で逃げ出す準備だけはしておこう。普通の相手ならいざ知らず、今回は龍種が相手だからな。最悪のことも考えておかなければ。
なんてことを想像しながら、逃亡用の荷物を準備していると、どこからともなく一人の女が現れた。もう最悪。王泣きそう。
「お久しぶりですねニンゲンの王様」
精霊女王………我々のような人間とは異なり、物質と非物質の中間に位置する肉体を持ち、霊的な力を操る存在。その女王が私の前に現れた。
「最近私と主人……妖精王が伝記を作成しているのですが、今回の戦いはさすがに外から見ていられる程余裕がなさそうなので、あなたに我々の戦いを書き留めて欲しいのです。ちなみに拒否権はありません」
盛大に葡萄酒をこぼした跡のある神秘的な法衣を纏う女が、座った目で見てきた。これはあれだ。逆らったら死ぬやつ。王知ってる。
「ペンとノートはコチラで用意してますので、早速行きましょう」
どうせ何しても逃げられないだろうと諦め、私は手を伸ばし、娘たちと一緒に描いてもらった一枚の絵をひっつかんでそのまま誘拐された。
こんなに気軽に誘拐されて、しかも警備の者達も、なんだか誘拐に慣れ始めてる王様っていないって王思うの。あいつら帰ったら全員減給かボーナスカットしてやる。それか適当な理由で有給消しとばす。
そうして、歴史に残るであろう戦いに、私も参戦することになってしまった。
あいつを呼んだ時点で国から逃げておけばよかった。本当に今はそのことを後悔している。王の立場とかどうでもいい。むしろ近衛共が最近誘拐される私を見て、手まで振ってくるし。ほんとこの国どうかしてる。
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