断章 無敵が屈した日
第93話 話すのが好きな奴は人の話を聞いてるようで聞いてない
「やあ。今日の訓練はもう終わったのか?」
聖十字の騎士団長様が、私が新たに担当することになったパーティーの方々がミーティングをしているテーブルまでやってきて、そう言いました。
リアリーゼは“あの一件”以降、心神喪失状態で仕事も手に付かず、自室で療養をしています。あの方の言ったように、仕事が出来ずとも、療養を許される環境にいる私たちは“既に助かる必要もなかった”のだと、改めて認識してしまいました。
「あ、団長さん」
そう声を返したのは、このパーティーの代理のリーダーをされているサカシタ様。メンバーは、あの方が抜けられて、残ったメンバーになっております。“何故か”戦いに参加していなかったあの方が抜けて、戦力が大きく落ちてしまったこのパーティーですが、それでもサカシタ様や、デーブ様の活躍もあり、先日の集団戦闘訓練では久しぶりの白星を上げました。
「今日も丁度時間が出来てね。初めての遠征も済んだことだし、また千器様の話しでもしようと思って顔を出したんだ」
そう言った騎士団長様の傍らには、若干やつれた顔のカストロ様と、副団長様がいらっしゃって、どちらも目の下に大きなクマを作られておりました。
「あぁ…………」
もともと騎士団長様はかの千器様に憧れ、騎士を目指されたと伺っており、あまりの千器愛に、周囲の団員も煙たがるほどだと、以前“買っていただいた”貴族様がおっしゃっていました。
千器様はこの土地では絶大な人気を博しておりますが、地域によっては、厄災を運ぶ悪魔や、疫病神、戦争の火種を持ち込む死神など、様々な呼ばれ方をしているそうですが、その全てで、最後にはその土地に恵みをもたらしているのは、なんともあの方らしいと、ついついおもってしまいますね。
現に私も、自分で勝手に追い込まれて、身動きが出来ないと勘違いしてしまっていたのに、今ではまるで普通の給仕となんら変わらないような心意気で生活出来ていますし。
「時間があるなら是非話を聞いてほしいんだ。今回は200年前の帝国の女帝、キルキスが千器に目を付けたきっかけになった戦いでもある“要塞龍”との戦いについてなんだ。ちなみにだけど、キルキス大帝は私達の理解の及ばない存在だと手記に記されていた。2人の生きた時代が異なる“ように思える”のも、気にしなくていいだそうだよ」
「き、気にしなくて大丈夫なんだ………それに、要塞龍?確か座学で竜種って言うのなら聞いたことがあるんだけど、龍って言うのは聞いたことないなぁ」
「ファンタジー定番の最強種族でやんす!」
「人化幼女でござる!」
いつも何かしらの理由でその場からいなくなるお二人が今回は参加していらっしゃる様子ですね。それにスガモ様と、何故か隣にいらっしゃるミヤモト様も加わっての話し合いが始まってしまいました。
私自身、千器様の戦いについては、千器伝説や、シュテルクスト列伝、獅子狩り物語などの書物や、代々我々に言い伝えられている話程度での知識しかありませんでしたが、騎士団長様がお持ちになられる王の手記には、そのどれにも記載されていない話が多く載せられております。
今回もまた興味深いお話しを聞かせていただけるのかもしれません。
「龍種は現存するどの種族よりも強力な加護を受ける生物であり、古代種を除く、この世界で生態系の頂点に立つ種族のことだね。その眷属として竜種という存在があるが、龍種は絶対数の少なさから、世間では竜種の方がメジャーになっているそうだよ。かくいう私も龍を見たことは一度もない。迷宮の奥深くにいるドラゴンでさえも竜種のカテゴリに分類されると、千器様のお残しになられた手記には書かれていたからね」
そう言って、騎士団長様はいつもの如く王の手記をぱらぱらとめくり、そして栞の挟んである一つのページで手を止められました。
いつか、あの方にしっかりと謝罪したい。今までの数々の無礼や、自身の傲慢さを謝りたい。許していただけるとは到底思えませんが、それでも、謝らせていただきたい。あの方が差し伸べた手を振り払ってしまった我々に、もう一度あの方に救っていただく資格などないのはわかりきっていますが、それでも、謝らずにはいられないと、この胸の奥にある心がそう語りかけてきます。
なによりも、その様な無礼を働いた私達にさえ、“答え”を下さり、私は今その“答え”の意味を噛み締めてしまっています。その罪悪感がモヤモヤと私の中で膨れ上がっていってます。
それをどうにかするためにも、パーティーの方々に一層強くなって頂いて、先んじて遠征を行っているカンザキ様のパーティーの様に各地に向かい、千器様を探さなくてはなりません。
「話を始める前にだけど、要塞龍という存在がどんなものか知っているかい?」
騎士団長様の声に、パーティーの皆様と、ミヤモト様が小さく首をかしげました。私自身、名前は知っている程度で、その認識は、かつて、変人サーカスと言われた千器様のクランが討伐された過去最大級の脅威だとしか知りません。
「知らない様だから先に話しておくとだね。要塞龍とは名前から要塞と変わらない大きさと勘違いされてしまうが、そうじゃない。要塞を“一飲み”にしてしまうような超巨大な体躯に、要塞そのもののような強靭な外殻に身を包む化け物だ。統制協会の連中が初めて支部のある街を放棄し、避難勧告を出した様な、とても人間の手に負える存在ではないそうだよ。それを念頭に置いて今回の話を聞いてくれたまえ」
そうして語られる要塞龍の討伐と、その経緯。
今回の物語の冒頭はたしか、こうでした…………
『それはまるで、巨大な山が1つの生き物の姿を取ったような、異質な見た目だった。それを迎え撃つのは、最強の女キルキス。城壁のイクトグラム。羅刹の魔女キャメロン・ブリッジ。真祖殺しの吸血鬼エヴァン・ウィリアムズを始めとした、ランバージャックの誇る最強のクラン“変人サーカス”。そして、それを率いる男。無才にして無能の勇者………千器。これは、彼らと、史上最大の龍である要塞龍との戦いと、何故かその場に連れて行かれた、彼ら個人の武勇に比べれば小さな国の王、ミハイル・ランバージャックの激闘の物語である』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます