第88話 男なら誰だって一度はハーレムを夢見る
バカ吸血鬼の叫びが部屋の中に木霊し、それを聞きつけたジョニー爺さんが部屋に入ってきた。
片腕を三角巾で吊っており、表情は若干の疲れを宿しているが、それでも他に見える異常はない。このおっさんも、無事で本当によかった。
「おやおや、随分とにぎやかですね」
「あぁ、こうやって賑やかに出来んのも爺さんのお陰だろ?助かったよ」
「いえいえ、こんな老骨にできることなど本当にごくわずかですよ。それに、ユーリさんを必死にここまで担いできたのは、あのカリラさんですからね。お礼を言うのなら彼女に言ってあげてください」
「そう、だったのか」
「えぇ、4か所も寄生されてたあなたを、必死にここまで連れて来て、治療費の為なら自分はどうなってもいい、だから主人を助けてくれと、真夜中にドアを叩いてきましたよ」
「…………っ……そうか。ちなみにカリラは今どこに?」
「はて…………そう言えば朝に一度見かけてから姿を見ていませんね」
「そうかい。口うるさい女がいなくなったことだし、街を救った英雄のユーリさんは街に顔でも出してハーレムでも作ってくるわ」
「ちょっとあなた!それはあんまりな言い方ではなくって?あの時のカリラさんは、本当に必死で、自分の身も顧みずあなたを助けるためにここまでやって来たのですわよ!?」
「そうですぞ。それに、ユーリさんも体がまだ万全じゃない。今動いてしまっては傷口が開いてしまう可能性があります。どうか御安静に―――」
出ていこうとする俺の前に立ちはだかるローズとジョニー爺さん。
「…………そこをどくのだよ」
「お母さまの仲間であれば、この男を止めることに協力してくださいまし!私もこの男がこれほどまで薄情な男だと思ってもみませんでしたわ!」
「薄情…………?ユーリ殿が?…………貴殿らは、ユーリ殿を何もわかっていないッ!はみ出し者の吾輩達に居場所を与えてくれた、千器という男の事をなにも!!!」
何やらめんどくさそうな気配がビンビンなので、俺はさっさと窓から逃げることにした。あのバカさりげなく俺が千器だってバラシやがったしな。これ以上ここに留まるのは得策じゃない。軍事利用をしようとバカ共が来るかもしれないし。
窓から飛び出し、倉庫から装備を取り出し、着替える。
腕にはクロスボウを再び装備しなおし、タートルヘッツで奪った剣を装備する。
射出機は重量があるため、普段はクロスボウを装備してるわけだ。
「さてと。行くとしますかね」
誰に言う訳でもなく、そうつぶやいてから歩き出す。目的地は、街の外だ。
街の地理に明るくない俺だが、さすがに500年後でも街の出入り口の大まかな位置は変わっていないようで、直ぐに街の外に出ることができた。
東側にある入口を抜けた所にある街道の脇には、岩石地帯のようなところが広がっており、魔物の気配さえ感じない。
ビターバレーの東側は、魔物が生息していない珍しい土地であり、草も木も生えておらず、500年たった今でさえ放置されたままの乾いた大地が広がっている。
かつては巨人の都があったとされるこの土地は、巨人の残した強力な呪毒の影響で、いまだに生物の住めない環境のままだ。
要するに、ここで死ねば、暫くは誰にも発見されないし、寄生した肉腫も宿主を見つけられず、その内息絶える。
「よう」
岩陰に隠れ、ぐったりとする女に声を掛けた。
その女は、魔力が底を尽き始めているのか、擬態さえも解け、彼女本来の姿をさらしていた。
その女はぐったりとしながらも、こちらに視線だけを動かし、若干驚いたようなリアクションを見せた。
「どう……して………」
せっかくこいつの不幸を超えて見せたんだ。こいつの巻き起こす負の連鎖を断ち切ったんだ。それなのに、こんだけ苦労して救い出した悲劇のヒロインが、勝手にくたばりましたってんなら、俺は本格的にこんな“シナリオ”を用意した神をブチ殺さなきゃならなくなる。
俺が不幸なことに関しては、まあ慣れてるし、笑い話にだってなる。だけど、俺の周りのやつが不幸だってのは、どうにも気にくわねえ。
ようやくこいつは自由になれるんだ。長い間奴隷としても生きることさえもできない程過酷な運命を背負わされてたんだ。それがようやく終わって、これからは自由に、好きなように生きていけるってのに、それを目の前にしてくたばるなんて、俺には許容できねぇ。
「一つ、頼みがあって来た」
「…………なんですか」
辛そうに、肥大化した肉腫に力を吸い取られながらも、鋭い視線を送ってくるカリラ。そんな彼女に視線を合わせる様に、俺は膝をつき、彼女の顔を覗き込む。
「お前の全部、俺に寄越せ。命も、体も、心も、全部俺にくれ」
なんて横暴な。ローズが聞いていればきっとそう言うだろう言葉。だけど、目の前の女はそんなことは言わず、ただ力の無くなった瞳を、横に伸ばしただけの笑みを浮かべ、言った。
「ふっ………んなもん…………買われた時から全部、てめえのもんだ……ってんです」
「そうじゃねえよ。お前が寄越せ。奴隷商が勝手に決めたルールじゃなく、お前が、自分の意志で、それを俺に寄越せって言ってんだ」
強くなる口調。さすがに時間がない。
これ以上長くなると、かなりマズいことになる。
「…………くれてやりますよ…………こんな…………死にぞこないの…………もんなら、なんだって」
「成立だ」
俺の個性である情報処理は、“俺のモノ”であれば、自由に切り取りや貼り付け、コピーができる。コピーなんかは生物にはできないし、肉体の一部を切り取るなんてこともできない大して強くはない個性だが、それでもできることだけはそれなりにある。
なんせ、50年以上も使い込んだ個性だ。応用的な使い方を模索した時期も当然ある。
「“それ”返せよ」
俺の“命令”に従うように、カリラの体が、肉腫が、俺の体に触れ、その肉腫を俺に移してくる。
「な、なにしてやがん、ですか……てめえ」
「【転送】…………弱ってる女の子を助けて今度こそフラグ立てようとしてんだよ。そんぐらい解れ」
俺の腕に寄生しなおした肉腫を鷲掴みにして、肉に絡み付く根ごと、強引に引き抜く。ぶちゅぶちゅと、肉が裂け、皮が抉れるような音が自分の腕から聞こえ、それに伴って、意識がぶっ飛びそうになるレベルの痛みが全身に走る。
カリラに寄生したままの肉腫じゃ、俺の持ってる火力ではどうしようもない。だけど、一旦俺に寄生させちまえば、俺のカスみたいな魔法耐性を獲得し、焚火の中に放り込むだけでも簡単に死んでくれるレベルまで弱体化する。それにだ、根を張りきる前なら、こういった強行手段もとれる。
「じゃあなクソッたれ。俺の弟子を殺しやがったことと、俺の可愛い奴隷をいじめやがったこと、地獄で後悔しやがれ…………【爆炎陣】」
湧き上がる2m程の火柱の中に肉腫を投げ込み、完全に消滅させる。
これで、ようやく仇が打てたな。
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