第77話 変人の戦闘能力が高いと国会が発表いたしました

 ◇ ◇ ◇


 意図も容易く99階層にたどり着いちまった私らは、もぬけの殻になったそのエリアを少し進んだ先にある、小道を進んでいきました。

 その先は案の定行き止まりになってやがりましたが、何故かバカ主人はその行き止まりの壁の目の前で屈みこみ、何かをごそごそといじり始めやがりました。


「うっし、離れるぞ」


 そそくさと逃げ出しやがったバカ主人に続き、私も後を追います。こいつの行動は謎な部分が多いですが、こうやって私に逃げるぞ、危ないぞと声を掛けるときは決まって本当にあぶねえことばっか起こしやがったので、今回もそれに従い、曲がり角を曲がったところまで避難しちまいました。


 曲がり角に隠れ、耳を澄ませていりゃ、途端に鼓膜が直接殴られでもしたみてえな音と、足元が生きてるんじゃねえかって程の揺れを感じ、とっさに耳を塞いじまいました。


「あの壁は魔術とか魔法とか、個性とか異能とか、そう言う原理じゃなくて、もっと原始的な、純粋な“壁”が通路を邪魔してんだよね。だからほとんどの連中はあの“先”を知らないんだわ。まあ中には俺の気配とか何となく俺がいそうだったとか意味不明な理由で発見する変人もいるんだけどさ」


 迷宮の隠し通路の殆どは魔術による隠匿が施されてやがるのは常識ですが、今回はそうではないらしく、ただの壁。だからこそその先が分からねえってことなんでしょうけど、どうしてこいつはその壁を壊せるってわかりやがったんだって疑問はわからねえままでした。

 それに、昔の連中だったら99階層はごく一部が来ることができた見てえですが、今は殆どの連中が50階層を守るボスを超えられねえみたいで、そこで足踏みしちまってる状況です。


「さて、久しぶりの帰還だな」


 そう言って、曲がり角から出れば、視界には砂煙が充満して矢がりましたが、私にはその先にある階段がしっかりと見えちまってました。

 なぜそこに階段が?そう思う気持ちと、こいつのしでかす事に一々驚いてやんのも面倒になって来ちまったので、今は黙ってバカ主人の後ろをついていきます。


「久しぶりだな。今帰ったぞ。マッカラン」


 ―――っ!?い、いま…………コイツなんて…………。

 マッカラン?確かにこいつは今そう言いやがりました……ですが、ですが本当に?本当にあのマッカラン様がここに?いや、そんなはずねえです。ぜってえ有り得ねえです……だって、マッカラン様と言えば、1000年以上前の存在―――っ!?…………まさか…………そんな…………コイツ…………この人が…………。


 慄く私を気にした様子無く、その人は歩みを進めていきます。 

 階段を降りた先に広がっていたのは、ただ闇の支配する空間、しかし、その男が先ほどの言葉を口にした瞬間には、その闇が、まるで意思を持ているかのように蠢き、そして人型に集まっていきやがるのが分かります。

 闇が集まった事で、視界が開けてきやがり、その場所が露わになりやがりました。金属製の巨大なコンテナがいくつも並んでやがり、階層の四隅には紫色の馬鹿デケェ水晶みてぇなのが刺さってやがります。

 闇の人型は徐々に色彩を取り戻し、真っ黒で顔も分からねえ状態だった顔は、雪のような白い肌に代わって、ぼやけてた輪郭もどんどん鮮明になっていきやがります。

 わかる。私にはわかる。これは…………。


「おかえり。500年も待たされた私の気持ち、あなたにわかる?」


「焦らしプレイだと思えばどうにかなるだろ」


「あら。そう言うことを言うのね。まあでもいいわ。あなたに久しぶりにあえて私も嬉しいんだから」


 首に大きな切り傷のある女。その女は白いブラウスに、黒いパンツをはき、すらりと高い身長から私を見下ろしてきやがりました。

 ―――その瞬間、体が勝手に跪き、気が付けば頭を垂れていました。


「んー、“不合格”ね。“これ”はあなたに相応しくないわ」


「少しくらい反抗的な方が俺は興奮するからいいんだよ。ほら、俺ってあれじゃん?ちょっとМ気質だし」


「ふふっあなたのそう言うところも好きよ。だけど、“コレ”は看過できないわ。私のユーリの近くに、こんなものが存在しているなんて、考えただけでも腹立たしいじゃない」


「お前のになった覚えはないけど、まあお前の“子孫”なんだし、大事にしてやってくれよ」


 マッカラン。別名、“原初の魔王”。この世界に初めて誕生した魔王であり、歴史書に記載される最古の魔王……のはずじゃねえですか。

 それがどうしてまだこんなところで生きてやがんですか……。


「あなた、少しうるさいわ。さっきからどうしてどうしてと、自分で考えるということができないのかしら」


「おい、俺の大事な嫁候補を勝手に“支配”すんなよ」


 原初の魔王は結局誰にも討伐されず、世界に災いの種をばらまいて姿を消しやがったはず。それがまだ生きていやがるなんて、誰が想像できるってんですか。


「残念だけど、私はもう死んでるわ。今からだとだいたい1000年くらい前かしら。私のお気に入りの勇者君がいた国がせっかく暴れ飽きて眠ってた“古代種”を起こしちゃったの。それで、それを封印したのよ。その時に私自身を“陣”に組み込んで、そして死んだ…………んだけど、陣の中から私の声を聞いたこの人が、私を救い出してくれたの。1000年前に200人の英雄と、マキナの技術と魔法技術を結び付け、栄華を手にしたルーシアの起動式部隊全員の命、全てを使ってようやく封じ込めた古代種を、そんな化け物を、この人どうしたと思う?」


 まるでガキの頃の懐かしい思い出でも語る見てえに話してきやがりますが、そもそも古代種なんて理外の化け物相手に、人間がどうこうできるはずがねえんです。個性も効かず、異能も意味を為さない、私らとは違う、一つ上の“理”に生きる化け物、それが古代種。そんな化け物を封印しちまったのはさすがとしか言いようがねえですが、それでも、それだけの犠牲を払って封印した化け物を、この男がどうにかしたってんですか?

 可能性としては、再封印、もしくは封印の強化何かが考えられますが、どれもマッカラン様の望む答えじゃねえ気がしますね。


「この人ね、たった一人で、あの古代種を相手に2週間も戦い続けて―――殺したのよ」


「……いくらマッカラン様であろうと、そんな眉唾な話は信じられねえで―――」


「じゃあいいわ。私のユーリの偉業を信じない、彼の偉業の上で、何も知らずのうのうと生きている分際で、それを認められないような生き物なら、別に死んじゃっても何も問題はないわね。たとえそれが私の血を引く者であろうと」


 ゆっくりとマッカラン様が私に手を向けてきやがりました。

 その瞬間に、全身の皮膚の内側を小さな虫が這いずり回るような、そんな感覚を覚え、その場から飛びのこうとしましたが、何故か、体が全く反応しやがりません。

 やばいやばいやばい。このままここに居れば間違いなく殺される。

 目の前のマッカラン様の話は信用できないが、それでも、この溢れ出す気配の奔流が、遥か先祖の、最強の魔王であると物語ってきやがります。


「―――ひょわっ!?」


 向けられた手の中に、何かが集まっていくのを感じ、もう生きることさえ諦め始めちまった瞬間、突然マッカラン様が今までの雰囲気からすればありえないような声をあげやがりました。


「俺のハーレム要員を簡単に殺そうとするな。俺が死ぬまで童貞だったらどうするつもりだ。責任取らせるぞ」


「らめっ……鎖骨らめ……なのっ!……ぞわぞわしゅるぅっ!」


 急に蕩け切った顔になったマッカラン様がその場にへたり込んじまいました。

 その首元に、何故かあのバカ主人の手が置かれ、糞気味がわりい動きでそこを撫でまわしてやがりました。

 




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