第75話 ローズとジョニー

 私の言った事が信じられないのか、エドラ様は何か思い悩む様な表情を浮かべましたわ。

 確かに私も信じられないような出来事でしたが、それでも、今この辺りにそんなことをできる人間は、あの方くらいしか思い浮かびません。


「その話を信じたとしても、まだスタンピードの後続が出てくる可能性は大きいですね……そうなるとやはり遠征中の2つ名持ちを招集して………いやでもそんな時間は………いったいどうすれば……」


「もし?そこで一人で頭を抱えるよりも、今このビターバレーで何が起こっているのか、それを私に教えてくださりません?」


 こんな態度を取れるのも、私がどこかあの方を信頼しているからだと思いますわ。あの方がもしただの雑魚だったら、私はそもそもこの街にたどり着いてもいませんし、もし仮にたどり着けたとしても、今日のことで死んでいたかもしれません。


「あぁ、すみません。少し混乱してしまって」


「いえ、大丈夫ですわ。それに、とんでもない化け物が出てくるようなことがあれば私の母も出てくるでしょうし」


「あぁ!ヴォーグの戦乙女様ですね!千器様と共に数々の伝説に携わったお方で、変人サーカスの第2期メンバーの戦乙女様が!それは心強い!…………それでなのですが、今街にはどこからか持ち込まれた寄生型の魔物が大量発生しております。その寄生型の魔物は人間の肌に付着すると、肉腫になり、それが弾けると、無数に分裂するそうです。レコードにも載っていない魔物だったので、手の施しようがなく…………寄生されれば、その肉腫ごと腕を切り落とさなくてはならず、たとえ切り落としたとしても、肉腫は死なず、繁殖を続けるそうなのです………分裂まで肉腫をそのままにしておけば、生命力を全て吸い尽くされ、ミイラの様になってしまうとの報告も上がっています………もう我々にはどうするのが正解なのか………」


 触れれば寄生されるリスクがあり、寄生された場所を切り落としても死なない。であれば………


「多少………いえ、かなり痛みますが、患部を焼くのはいかがでしょうか………」


「はい。それも試しました。ですが、肉腫の活動を一時的に止めるだけで、肉腫は再び動き始めてしまいました。寄生されている腕を切り落とし、生命力の供給元である腕から削ぎ取り、ようやく肉腫の死滅を確認しましたが、それを行った者にまで肉腫が出来て………八方ふさがりです……」


「わかりましたわ。では、患者が集められているところに案内してくださる?私の炎で焼き、活動を止めれば、肉腫をそぎ落とすことも可能なのですわよね?」


「た、確かに可能ですが、肉腫の根は複雑に入り乱れております………そぎ落とすとしても、相当深く抉らなくては………」


 ちっ、これもだめですの。 

 そう思った時に、隣にいたジョニーおじさまが、覚悟を決めたような顔で声を上げました。


「肉腫の根を取り除くのは私がやりましょう。こう見えても私は医者をしています。マキナに召喚された勇者様が伝えた医療技術も、それなりではありますが、体得しております」


「で、では…………」


「ええ。必ずや、私とローズさんで患者を救って見せます」


 そこからの動きは早かったですわ。

 支部長は光明を得たかのように元気を取り戻し、患者の集められている場所に連絡を入れさせ、患者の移動をさせ始め、私とジョニーおじさまは2人で一番近くにある患者を隔離している場所に向かって移動しました。

 ジョニーおじさまの収納袋には既に治療に必要なものはそろっているとのことでしたので、来た時と同じように私がジョニーおじさまを抱え、その場所に到着しました。


 中からは、腐臭と言うのでしょうか。何かが腐るような臭いが流れてきました。こんな短時間で人間が腐るはずはないのですが、その寄生型の魔物の力が働いているのでしょう。


「おどきなさい!この方は医者ですわ!」


 出入り口を固めていた騎士たちにそう告げ、懐から短剣を取り出す。

 これだけで騎士はその場で膝をつき私達が入るのを認めてくれましたわ。

 

「一人でも多く………助けますわよ」


「そうですね。私も、これ以上犠牲者を出させたくはありません」


 来る途中に見えた巨大な火柱。恐らく死体を火葬しているのだとおもいますわ。寄生されれば最後、死ぬか、被害を拡大させるかどちらかの、最悪な魔物。こんなものがこれ以上のさばっていたのでは、千器様に笑われてしまいます。


「一番重症の子を!早く!」


 隙間の埋められた特殊な服を着こんだ男たちが、少し乱雑に一人の男の子を連れてきました。

 その子の腕には、10センチほどの赤黒い肉腫が出来ており、それが呼吸するかのように鼓動しているのが分かりました。


「少し痛いですが、我慢なさい!」


 指先に炎を灯し、それを肉腫に伸ばす。

 直接触れれば、私も寄生される可能性がありますので、このような方法になっておりますわ。


「ぎゃああぁぁぁぁあっ!あづいっ!あづいよぉおお!!!」


「もう少し、もう少しだから!我慢してください!」


 10秒ほど火であぶれば、鼓動が泊ったのが分かりましたわ。

 どれくらいの間止まっているのかわかりませんが、直ぐにジョニーおじさまと位置を交代し、後ろからジョニーおじさまの手際を見ます。

 小さなナイフのような物を魔法で作り、それで男の子の腕を切開し、張り巡らされた赤黒い根を摘出していきます。恐ろしい程の手並み。そして、繊細さ。少し切るところを間違えれば、この男の子の腕は一生動かなくなってもおかしくないでしょう。

 なにせ、この子は英雄ではないのですから。

 たった数分で摘出を終え、反対の手に魔法で出した、何かをつまむ道具で、それを引きはがしていきます。

 どんどん剥がれていき、最終的にその肉腫は綺麗に剥がされましたわ。


「ローズさん。この肉腫を焼いてみてください」


「わかりましたわ」


 先ほどと同じように火にかければ、肉腫は瞬く間に燃え上がり、燃えカスさえも残さず消えましたわ。


「やはりそうか。私の考えは正しかったようですね。この肉腫には魔法耐性が殆どありません。しかし、寄生した人間の魔法耐性を一時的に自身にも適用させることで、十数秒もの間ローズさんの炎に耐えたのでしょう」




 



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