第56話 ラッキーパンチ


 激しい鍔迫り合いで、相手の腕力が私よりも強いことを悟りましたが、まだまだ、私の底はこんなものではありませんのよ!


「はっ!身体強化!!!」


 移動時に使ってしまい、間を開けないと発動できなかった身体強化が、ようやく使えるようになりましたの。


「な、なんだと!?お前まさか………」


「えぇ、今までの私は“素の身体能力”だけで戦っておりましたのよ?」


 身体強化を施し、素の私と同等のこの男では、身体強化を発動した私の相手になりませんわ。

 鍔迫り合いを早々に切り上げ、男の鳩尾に鋭い前蹴りを加えれば、2メートル程そこから後退した男。膝をつき、蹴られた場所を抑えているその男に向かって、再び私は踏み出し、そして全身全霊、正真正銘の全力の剣を叩き付けましたわ。


「あなたと、私では英雄としての“格”が違いますのよ」


 なにせ私の母は………千器様と旅をされたこともあるのですから。


 気持ち程度に上げられた剣ごと、その男を両断し、その場には血だまりが広がりましたわ。

 これであと一人、最も手強い相手ですが、身体強化を発動している今の状態であれば、負けるとは考えにくいですわね。


「いつまで見物されているおつもり?お仲間は全滅してしまいましたわよ?」


 剣に付いた血を払って落としながら、未だに腕を組んだまま佇む男を見据えますが、どうにも余裕を感じてしまいますの。

 筋肉の隆起した肉体に、クマほどもある巨体、背中に背負われた巨大な剣と、両腰にさされた小ぶりで取り回しの良さそうな直剣。それだけではなく、二の腕、太もも、胴体などのいたるところにナイフが仕込まれており、それらも警戒しつつ戦わないといけませんね。

 強引に後ろに持って行かれた茶髪は日の光を浴びると僅かに赤みがかったように見え、それが血を彷彿させてきますの。

 明らかな強者の佇まい。恐らくかの有名な千器様も、あのように全身を武器で固め、いついかなる相手にも対処できるようにされていたんだと思いますの。

 そう考えれば、目の前の男が途端に大きな壁の様に感じられ、それだけで僅かに足が竦みそうになりますわ。

 背後に視線を向ければ、賊の者たちとカルブロさんが戦っているのが見えますが、あちらもそこまで長く持ちそうにありませんわね。


「いつまでそうしていられるか、見ものですわ」


 速攻でケリをつけますわ。カルブロさんの疲労もそうですが、他の場所で戦っている方々のことも心配ですの。

 剣に炎を纏わせ威力を高めるフレイムソードを発動し、男に斬りかかります。

 まず、袈裟に斬りかかり、おそらく武器によってそれを防ぎに来る。それを逆手に取って相手の視界を潰し、左手に隠している魔法で焼殺。これですべてに片が付きますわ。


「はぁぁぁあ!!!」


 脳内でシミュレーションを終え、想像と全く誤差の無い駆け出し、踏み込み、から、剣を振り上げ、そして―――。


「―――っ!」


 私は剣を振り下ろすことも出来ず、その場から大きく飛びのいてしまいましたの。

 それを見た男は、僅かばかり意外そうな顔を浮かべるだけで、特段動きは見られませんが、それでも、この切り裂かれた胸当てが、あのまま踏みこんでいたらどうなっていたのかを如実に物語っておりますわ。


「意外だな。お前のような激情型はそのまま振り下ろしてくると思ったんだが」


 ひどく冷静な様子でそう言い放った男が、ようやく組んでいた腕を解き、両手に直剣を持ちました。

 あの時、剣を振り下ろそうとした時に感じた“死の臭い”。直観に従って飛びのいていなければあのまま真っ二つにされていてもおかしくありませんでしたわ。


「身体能力は高いな。上位の英雄クラスとみて間違いないだろう。それに危機感知能力も高い。だが、それに伴わない経験の浅さを物語る動きと、行動の遅さ。………お前、異能持ちだろ?」


 今までの戦闘を見られていたことと、今の一合だけでそれを理解したとでも言いますの!?だとすれば異常、並々ならない観察能力と、思考力を有し、それに胡坐をかくことなく能力の探求を行っている者。

 ………これが本物の英雄。経験を積み、修羅場を潜り抜け、研鑽された英雄の姿だとでも言いますの?


「まあいいか、この程度の相手であれば、そう時間もかからない」


 踏み込みからの加速。私と同等か、それ以上の速さで、私の倍近くある質量の男が迫って来ますの。振り下ろされた剣に、自身のそれを何とかぶつけ、防御しようとするも、最初に盾士に私がやったことと同じく、今度は拮抗した様子さえなく私が弾き飛ばされ、民家の壁をぶち抜いてしまいました。


「ぐぁ………」


 たった一撃でこの威力………それも、向こうは様子見で、こちらは全力。

 向こうは二刀で、こちらは一刀。それでもなお、あまりある実力差。

 こんな化け物が、お母さま以外にも存在していたなんて。


「まだまだ力の使い方を知らない様だな。少しほっとした。お前が力をつけた場合、いつか俺の脅威になるような気がしたんだ。それをここで、この状態で摘み取っておけるのはまさしく幸運だな」


「………うぐ………」


 おかしいですわ………あの一撃は確かに大きなダメージを与えてきましたが、こんなに重要な所の骨が砕け散るような攻撃ではなかったはず………。それなのにどうして………重要な器官に近い場所の骨が粉砕され、その破片が内臓に突き刺さっていますの!?


「それにだ、お前が異能持ち同士の戦いを何も知らなくて本当に助かったぞ、嗅覚の異能を持つ少女」


 

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