第55話 人の上に立つ責任。人の前に出る責務。
◇ ◇ ◇
あの男に先んじて、このタートルヘッツの長をされているカルブロさんの工房に到着したのですが、そこではまさか、工房の方々と、数日前に紹介された護衛を任されている方々が戦っておりました。
どういう状況なのか理解できず、とにかくカルブロさんに話を聞こうと、彼の捜索を始めたところ、最初私達が通された場所でカルブロさんと合流することが出来ましたわ。
そこで、護衛の方々が裏切って、賊をこの亀の上にあげてしまった事、やつらがビターバレー周辺を荒らしまわっている有名な盗賊団だということ。そして、その頭目が元々は有名な傭兵であったことを聞かされました。
何とかカルブロさんを避難させようと、外に出たところ、工房の方々は既に護衛だった男たちに倒されており、瞬く間に私とカルブロさんは敵に囲まれてしまいました。
「嬢ちゃんは逃げな。俺ぁここの長だから逃げるわけにはいかねえが、嬢ちゃんはそうじゃねえ。金だって受け取っちまったってのに、嬢ちゃんにもしものことがあったら俺ぁあの世で旦那に顔向けできねえんだ」
そう言いつつも、若干青ざめた顔を向けてきたカルブロさん。
「そう言ってくださるのはとても嬉しい事ですが、私、こう見えて貴族ですのよ?貴族とは、民の先頭に立ち、誰よりも返り血を浴びる者に与えられる栄誉の名です。ここで逃げ出してはバング家、ひいてはヴォーグの領主としての名まで地に落ちてしまいますのよ。偉大なる母と、勇敢なる父から生まれたこの私が、二人の顔に泥を塗るなんてこと、できるはずがありませんの」
あの男の様に、少しだけ滑稽に、ですけど、決して折れないように、自らを奮い立たせ、このような状況でも余裕だと自分が思うために、私は笑う。
私の笑みに、カルブロさんは口元を緩ませながらもため息を吐き出し、そして決意を持った強い瞳を私に向けてきました。
「暫く離れますわ。その間、ご自身の身はご自分でお守りになれます?」
「かかっ、バカ言うんじゃねえや。俺だって昔は自分の足で素材を集めた冒険者だ。こんな程度のガキ共相手に遅れは取らねえよ」
これだけの逆境の中で、1人も死人を出さないことはまずもって不可能。そんなことは誰よりも理解してますわ。それに、背後の男は護衛連中では相手にもならないような存在だということも。
「………それでも、立たねばなりませんの。貴族とは、そういう物なのですから」
自分を鼓舞するために言い放った言葉に、カルブロさんまで頷き、そして私は護衛をしていた者たちの前に飛び出しましたわ。
正面にいるのは、剣士の男と、盾士の男の二人。その背後に、軽装の斥候か何かの役目をしているだろう男と、魔法兵が一人づつ。最後尾に神官のような風体の男。非常にバランスのいいパーティーだと一目でわかりますわ。
それに、相手が小娘一人であろうと全く油断していないことからも、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたことがうかがえますわね。
―――ですが。
「―――所詮はただの冒険者ですのよ」
身の丈を超える巨大な盾に、フルプレートメイルを身に纏う男に剣を叩きつけ、そのまま腕力に物を言わせ、亀の甲羅の上から弾き落としましたわ。
英雄と呼ばれる存在と、ただの人間にはこれだけの差がありますのよ。
あなた方普通の人間では、たとえ成人前の英雄の腕力であろうと、簡単に吹き飛ばすことくらい訳ないですわ。
見た目からして、最も重量のある盾士が一撃で吹き飛ばされたことで、他の元護衛の顔に緊張が走ったのが分かりますが、それでも、もう遅いんですわ。
「フレイムアロー」
後衛職の中でも厄介な治癒師、並びに被害の拡大する可能性のある魔法使いに、出の速い魔法を繰り出す。
バーナー・ブラストとは違い、溜め時間が短く、不意打ちなどに有効な魔法ですわ。
ですが、さすがに修羅場を超えてきているパーティーということもあり、魔法使いは即座に魔法での迎撃を、神官は結界での防御を行ってきました。
「英雄の魔法を………舐めないでくださいまし!!!」
咄嗟に放たれたウォーターランスを貫き、展開された結界を飴細工のように粉砕し、私のフレイムアローが、二人の腹部を的確にとらえ、意識を奪い取りました。
「―――っ!?」
確かな手ごたえを感じ、感慨に浸るような間もなく、斥候職の男が背後からナイフを振るってくるのを間一髪のところで回避し、正面から炎を纏わせた剣を叩きつけてくる剣士に、同じく炎を纏わせた剣をぶつけることでそれを相殺して見せます。
しかし、予想外なのは、この剣士は私と同じだったということですの。
全力でぶつけた剣を受け止めるばかりか、流し、重心が僅かにずれるのを感じましたの。
油断、相手に英雄はあの男だけだと思っていた私の油断ですわね。
それでも………。
「―――負けることは許されませんのよ!!!」
完全なタイミングで私に迫る斥候職の男の額に、私の投げたナイフが吸い込まれるように刺さる。
あの男の投擲を見ていなければ、あの男のナイフを念のために回収していなければ、ここで終わってましたわね。
短い悲鳴を上げ、駆け寄る際の慣性に伴い、転がる様に倒れた斥候職から視線を外し、額に若干の汗を流している剣士の男に視線を合わせると、そこからは、合図も、合意も何もなく、お互いが同じタイミングで動き出し、そして剣をぶつけ合いました。
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