第46話 過ぎたるは猶いじめたるが私

 再三にわたるドナドナの末、俺はチョコチの私室に投げ込まれた。

 襟首掴んで人投げ捨てるとかどんな教育してんだよ、って言いたくなったけど、ローズを教育したチョコチを教育したのって俺じゃん。


「ローズ、あなたは本気で冒険者になりたいのよね?」


 そして唐突に始まった親子間の会話、そして置いてきぼりにされる俺。

 あれだけ派手に登場したのに、何も言ってもらえない俺の存在意義について半世紀くらい悩もうかな。


「はいお母さま、私は冒険者になって、千器様の様に人々の為に戦いたいです」


「はいはーい、一つ質問なんだけどさ、千器ってアーティファクトを発掘した人で、危険な兵器とかを世に解き放った奴でしょ?なんでそんな奴みたいになりたいのさ」


 俺のことを勿論知っているチョコチは静かに事の成り行きを見守り、顔を真っ赤にしてガチギレヴォンヴォンのローズが床に正座する俺の胸倉をつかみ、意図も容易く持ち上げた。


 あ、こいつ英雄だ。という考えが頭の中に浮かんが瞬間、俺は壁に叩きつける様にされ、肺の空気が一瞬で吐き出された。


「それは壁ドンじゃない、壁にドンだ」


「千器様は人知れず多くの民を、多くの村を、街を、そして国を救われた方なのですっ!その方のことを何も知らないくせに侮辱しないでくださいまし!」


 いや、知ってるも何も、俺ですやん。

 それにマジで世のため人の為になんかしたことなんかないのよ。

 基本的に悪ふざけと、持ち前の不幸巻き込まれ体質が引き寄せた物の対処をしているだけなの。


「私は、領主という地位に縛られたままでは助けられない人を助けたい、それだけなのです!」


 いや何も言ってないんですけど、もしかして話したがりさんなのかな?

 ならいいだろう、このコミュ力の欠片もない俺が、旨い事話を引き出してやろうじゃないか。

 子供の夢を応援するのだって大人の務めだからな。


「確かに、領主の地位があったら助けられない人がいるな、性欲を持て余した中年と―――」


 顔面を干し梅みたいにされた。


「最低です、どうしてあなたからこんなに良い匂いがするのか、ほんとうに分かりませんわ!」


「領主に英雄、それに異能持ちならさ、もっと色々できるだろ。戦うことに関しちゃアンタいい線いってると思うんだけど、なんでこんなところでいつまでもお嬢様やってんの?本当に冒険者になりたいならさ、剣一本持って知らない森の中にでも行って来いよ。こんなところでおままごとしてる暇があったら、1人でサバイバルする方が100倍いいぜ?」


 “おままごと”という言葉を聞いて、ローズが激しい怒りの表情を俺に向けてきた。

 壁に押し付けられたまま、顔を殴ろうと、ローズが手を引いた。衝撃に備えた直後、英雄の拳を優しく、まるで綿でも使うような軽やかさでチョコチが止めた。


「では、決闘ですね!」


 最悪です。

 その後はあれよあれよと準備が進んでいき、何故かローズはパパんがセコンドに付き、俺のセコンドには当然の様にチョコチがいやがる。

 そもそもセコンドとかないんだけどね。


「私が勝ったら、ままごとと言った事、それとあの方を侮辱したことをお詫びなさい!」


 壇上から剣を突き付け、見下す様に言ってきたローズ対し、俺はニヒルな笑みを浮かべながら、固まった背筋の筋肉を伸ばし、言ってやった。


「ごめんなさい」


「え、えっと、それは、どいうことですの?」


「ままごとっていってごめんなさい、ばかにしてごめんなさい」


 隣で息を吹き出すチョコチを無視し、俺は頭を上げ、彼女を見た。 

 唇がわなわなと歪み、目には涙をため、顔を赤くしている。 


 あれれ、おかしいぞー、なんで逆にキレてんだ?


「こちらが勝ったら、この方をあなたの冒険者の師匠にします」


 聞いてない。全く聞いてない。というかそれさ、俺にメリット無くね?

 なんで小うるさいガキンチョを連れて回らねばならんのだ。


 もう何も分からないよッ!!!とか言って思考停止したい。


「あーはいはい、もう何でもいいから始めようや。それとチョコチ、ちょっといいか?」


 チョコチが俺の声に従って少しこちらに歩み寄ってくるのが見える。 

 うっわ、間近で見るとマジで綺麗になりやがったな。あのガキがこんなに………待てよ、そしたらローズも成長したらこんな感じになるのか? 

 こりゃ負けられないな。


「ちょっとさ、お前の娘ぶっ飛ばすけどいい?」

「もちろんです。ユーリ様にぶっ飛ばしていただけるなら彼女も本望でしょう!」

「少し違う。ニュアンスが違う。ただね、“冒険者”の戦い方を教えてやろうと思ってね」


 騎士と冒険者は全く違う。

 それこそ、騎士は対人に特化している戦いを見せるが、結局それは人対人が相対した状態で始まるフェアな戦いに特化しているというだけのこと。 

 野党の討伐、競合からの略奪、亜人との戦いなんかも仕事のうちに入る冒険者は、騎士に対しては滅法強い人種と言える。

 まあ、騎士の戦いって集団だからこそ生きるんだよね。個人個人ではどれだけ練度が高かろうと、一線で戦ってきた冒険者には勝てないのさ。

 まあ、一線で戦い続ける騎士にはボコられますがね!!!あの脳筋基地外集団みたいなやつらとかね!!!街中とかなら他の騎士にも有利だと思うけど。


「騎士の剣は、如何に冒険者であろうと抗うことができません!街中で冒険者が騎士に掴まるこがそれを物語っております。つまり、騎士の剣を持つ冒険者の私が、無名の冒険者に負ける可能性はありませんわ!」


「あくまでそれって三流の冒険者なんだよね。まあ仕方ない。先輩として見せてやるよ。これが本物の、二流冒険者だってところをな!!!!」


「い、一流ではないのですわね………」


「バカ言うな。俺をあんな人間やめた化け物と同じにすんな。こちとら採取と調査がメインでコツコツキャリアだけは積み重ねたド底辺だっての」


 まあ、ド底辺だろうと、さすがに経験があればどうにかなるって場面も多いのが冒険者だ。


「かかって来いよ、正々堂々勝負してやろうじゃねえか」


「その言葉、後悔させてあげますわ!!!!」


 特設会場のようなリングの上で、ギリッとローズのケリ足が地面をひっかく音が聞こえた。

 こいつの異能は嗅覚系、時空の覇者のような視覚系は五感系異能の中でも一際厄介なもんだが、嗅覚系は応用が利く分、弱点も多い。


「あ、屁こいた」


「うわっぷ………」


 姿がブレる様な速さで突っ込んできたローズが、剣を振り上げた瞬間、屁が出た。

 その臭いをすぐさま感じ取ってしまったローズが、その場で鼻を抑え、大きくバックステップし、俺との距離を開けた。


「おいおい、戦いの最中にそんなことしてていいのかよ」


「今のは少し、間合いが合わなかっただけです!う、運が良かったですわね!」


 泣きそうな顔になりながらも、しっかりと剣を握り、それを俺に向け威嚇してくる。


「ててててっててー、シャドウウルフの大腸~」


「ぎゃああぁっぁぁああ!?なんですのその激臭っ!?く、腐ってますわ!早く捨てなさい!その汚物を早く!!!!」


「何言ってんのよ。これはあれだぞ?そう、その、えっと、鞭?的なあれだよ」













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