第82話:狙った獲物は逃がさないのにゃ!【後篇】 (ゼフィEND )



 下水道から侵攻していた魔神皇の眷属:ローパーの大群を、ロイド率いる雷光烈火団は、その全てを駆逐していた。

彼らは支払われた多額の報奨金を使って、酒場へ繰り出し、飲めや歌えやの大宴会を催している。

 そんな中ロイドは一人席を立った。


「後はお前らだけで楽しんでくれ。一足先に本部へ戻っているぞ」

「わかりやした。おーい、団長がお帰りだ!」


 副官の叫びに応じて、数名の荒くれ者が宴会を切り上げて立ち上がる。

しかしロイドは手を翳して静止した。


「今日は良い。お前たちはゆっくり楽しんでくれ」

「い、良いんですかい?」

「ああ。今日は、なんだ、その……一人で帰りたい気分なんだ」

「はぁ……兄貴がそう仰るなら」

「あとはよろしく頼む」


 ロイドは団員の視線を振り切って店を出て行った。


 混沌とする城塞都市は夜を迎えても、まるで昼のように賑わっていた。

明日は月一度の奴隷市が開催されるためか、いつも以上に人が多い。

 そんな中でもロイドはずっと自分へ向けられていた“鋭い気配”への警戒を怠っていない。


 酒場の中でも、外へ出ても、その“鋭い気配”は付かず離れずの距離感で、ずっとロイドの後ろを付いてきている。相当な手練れと判断できた。そしておそらく対処できるのは雷光烈火団でも、ロイドただ一人。無用な血を流さないためにも、ロイドは団員の護衛を断っていた。


(そろそろ頃合いか)


 周囲の人波が少なくなったと判断した彼は走り出す。

予想通り背後の気配は、呼応するように歩調を強めた。

 左手に比較的広そうな路地裏を認めたロイドは、そこへ飛び込んでゆく。


 そして踵を返すのと同時に腰の鞘から、迷わず剣を抜き放つ。

 魔力で僅かに金色に輝く刃と、白銀の手甲がぶつかり合い、甲高い金音を響かせた。


(格闘家――ビムガン辺りか! 距離を置かねば!)


 懐に潜り込まれてしまえば、剣は拳よりも圧倒的に不利。

剣の有効距離へ相手を誘うべくロイドは後ろへ飛び退く。

しかし――


「くっ!?」


 襲撃者の拳が、剣のような刃を発した。ロイドは辛うじて、拳から放たれた“空気の刃”を剣で弾く。

そしてこの攻撃方法に、ロイドは覚えがあった。


(この拳筋はまさか!?)


 驚愕が油断を呼び、その隙に襲撃者は再びロイドの懐へと潜りこむ。

 彼女は拳を脇に構えつつ、八重歯を覗かせながら笑っていた。


「相変わらず良い動きにゃ。また一段と強くなったみたいにゃ。とっても嬉しいにゃ」

「お前は、まさか――がふっ!?」


 少女の拳がロイドの腹を打ち、彼をくの時に折り曲げる。

意識は一瞬で白く染まり、意図せずロイドは意識を失うのだった。



……

……

……



「にゃふふ~にゃふふ~」


軋みの音と、楽しげな鼻歌が入り混じっていて、奇妙だった。

霞む視界の中では、柔らかそうな何かが激しく揺れている。


「なっ――!?」


 意識を取り戻した途端、ロイドは今自分が置かれている異様な状況に息を飲んだ。


 彼はベッドの上へ、上半身を脱がされ横たえられていた。

腕は彼の頭の上で縛られ、一切動かすことができない。

そして、何よりも驚いたのが、


「久しぶりにゃ、ロイド! 良く眠れたかにゃ?」


 彼の腰の上へまたがっていたのは、最低限の肌着だけを身に付けた、たわわな胸を持つ少女――戦闘民族ビムガンの娘、ゼフィ=リバモワ。


「な、なんだこれは!? どういう状況だ!?」


「ふふん! ロイドは僕に負けたにゃ! 敗者は勝者のものになるのがビムガンの掟にゃ! それに前に言ったにゃ、ビムガンは攻めの民族にゃ。そして弱っている狙った獲物は必ず逃さないのにゃ」


「お前まさか魔神皇の!?」

「あー、それは違うにゃ。そこは安心してほしいにゃ。僕は今でも僕で、ロイドが欲しくてたまらないゼフィでしかないにゃ」


 ゼフィはゆっくりとロイドの胸へ身を寄せる。

二人の間でゼフィのたわわな胸がむにゅりと潰れる。


「逢いたかったにゃ。ずっと、ずっと逢いたかったにゃ。ようやくまた逢えたにゃ……」


 いつもは軽口ばかりのゼフィだったが、今耳元で囁かれた言葉は妙にしおらしく、そして切なげだった。

そんなゼフィの声にロイドの胸は高鳴りを覚えた。


「まだロイドはリンカのこと想ってるかにゃ?」


 ゼフィは再び、甘くそして切なげに囁く。


「そ、それは……」


 リンカのことを既に想ってはいない――そうとははっきりと言い切れない彼がいた。しかしもはや彼女(リンカ)と住む世界が隔てられた。彼女のことは諦めようと思った。だからこそソロモンへやって来て、戦いに明け暮れた。燻っていた冒険者を集めて、雷光烈火団を築き上げた。

 もしかすると、雷光烈火団の構成員の多くが“戦闘民族ビムガン”であるのは、ゼフィと共に過ごした時間があったからかもしれない。


「やっぱり僕じゃダメかにゃ? 僕はリンカに負けにゃいくらいロイドが好きにゃ。欲しいにゃ」

「……」

「かならず僕が忘れさせるにゃ。僕がロイドの中にいるリンカに勝ってみせるにゃ。いつかきっと、ロイドの中には僕しかいないようにしてみせるにゃ」

「ゼフィ……」

「いきなりじゃなくても良いにゃ。ゆっくり時間をかけても良いにゃ。僕も一生懸命、気持ちが伝わるように努力するにゃ。にゃからロイド、これからは僕と一緒にいてくれにゃ」


 ゼフィが顔を寄せ、ロイドは唇を奪われる。


 おそらくこれは愛情のしっかり籠った、これからもずっと一緒にいるという誓いのキス。


 一方的で、強引な契約と言わざるを得なかった。


 しかしそれでも、悪い気分でなかった。腕が縛られているためだけではなく、彼の気持ちがゼフィの想いを拒否してはいなかった。


「さっ、身体で愛し合おうにゃ。僕たちはこっからはじめようにゃ……」


 それからの記憶は少々曖昧だった。やがて腕の拘束を解かれたロイドは、貪るようにゼフィを求めた。ゼフィもまた、幸せそうに笑いながら、何度のロイドを求め、そして果て続ける。

 熱情の交換は延々と続き、ロイドとゼフィは身を寄せ合ったまま、暫しの眠りに就く。


 しかし安眠はほんのわずかな時間しか二人に与えられなかった。


外からの爆発音でロイドとゼフィはベッドから飛び起きた。二人仲良く窓へ張り付けばソロモンを闊歩する岩の巨人――フラン・ケン・ジルヴァ―ナが使役する、魔導兵器群の存在を認める。

そして、床に投げ捨ててあった、ゼフィに手甲に内蔵されている魔石が輝いた。


『ゼフィ、早く戻って! フランの侵攻が始まったよ!』

「オーちゃん、ごめんにゃ! すぐ行くにゃ! 代わりにとっても頼もしい仲間を連れてくにゃ!」

『仲間!? それっ――きゃっ!』


 それっきり手甲からオーキスの声が消えた。ゼフィが何度名前を叫んでも、応答はない。


「そういうことにゃ! ロイドも、雷光烈火団も手伝ってくれるかにゃ?」

「ああ! 勿論だ!」


 二人は素早く装備を整え、宿屋の一室を飛び出してゆくのだった。


 この戦いは後に”ソロモン攻防戦”と歴史に名を残す戦いとなる。

【三人の乙女】とソロモンに駐在していた物理攻撃特化の冒険者軍団【雷光烈火団】との共闘。

この戦いを機に、世界へは物理攻撃の有効性が知れ渡って行く。

 なによりも人であるロイドと、ビムガンのゼフィが手を取り合って戦ったことは、時代を動かす一因となった。


 のちにゼフィが女王として君臨する、流浪の民あったビムガンの初国家“トリントン”誕生の大きな要因となったのである。



●●●



――そして時は瞬く様に過ぎ去り、魔神皇討伐から10年の月日が流れた。



「パパお腹空いたにゃ!」

「どっちが強いか勝負にゃ!」

「いいにゃ! 勝負にゃ!」

「パパ~またバニアンがおもらししちゃったにゃぁ!」


 戦闘民族ビムガンの国トリントン。

その立派な白の中は、ロイドとゼフィの六子の兄妹でてんやわんやだった。

元雷光烈火団の団長ロイドも、今や忙しい妻の代わりに育児に奔走する、父親である。


「うにゃー!」

「こら、サイリス走るなっ!」


 ロイドは末っ子のサイリスを追いかけ、廊下へ飛び出す。するとサイリスは誰かに抱きとめられた。


「ちゃんと前をみなきゃ危ないよ?」

「あー! 大魔法使い様! 久しぶりにゃ!」


 末っ子で一番お転婆なサイリスは、元気よく挨拶をする。


 聖王国唯一大魔法使いリンカ=ラビアン。十年の月日が流れ、大人びた印象にはなっているものの、やはりまだ少女の頃のようなあどけなさが残っている。

 しかし、十年という月日と、ゼフィや彼女と設けた子供たちの存在は、ロイドの中にあるリンカの存在をすっかりと過去のものにしていた。


「すみません、リンカさん。うちの子供が迷惑をかけたようで」

「いえ、構いません。みんな元気で良い子達ばかりですね」

「ええ。特にサイリスは元気すぎて困っています」

「あの! あたしもいるんですけどっ!」


 と、唇を尖らせたのは、魔神皇を倒した英雄で、今は聖王クゥエル=ジムの妃となったオーキス=メイガ―ビーム。


「オーちゃん、どうしたにゃ? まさか浮気にゃ?」

「ち、ちがうって!」


 にゃひひと昔のようにオーキスをからかっているのは、トリントン初代女王ゼフィ=リバモワ。そしてロイドの愛する妻でもある。

女王自ら、聖王国からの来賓を接待しなければならないのだから、大変そうである。



 それなりの絶望と、無いに等しい希望――そう思っていたのはもうだいぶ昔のこと。


 相変わらず絶望はそれなりにはある。落ち込むことも多い。


 しかし希望はあった。


 忙しい妻に代わって、子供の面倒をみて凄く穏やかな日々。


 未来を、最愛の人との紡いでゆく平穏な日常にロイドは満ち足りていた。



「それにしてもロイドさん偉いですね。お子さんの面倒をちゃんとみていて」


 大魔法使いリンカ=ラビアンは微笑んだ。しかし少し寂しげに見えた。未だに独身を貫いているリンカに、ロイドは複雑な想いを抱く。

 するとゼフィはロイドへ駆けてゆき、腕を取った。


「そうにゃ! うちの旦那は最高な、良い男にゃ! 自慢の旦那様にゃ!」


 ゼフィはロイドへ笑顔を送る。


「いつも忙しい僕の代わりに色々ありがとにゃ! 愛してるにゃ! ダーリン」



 ★ゼフィEND


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